未来に猫がいない理由
ある日、俺の子孫を名乗る男が訪ねてきた。なんでもタイムマシンで未来からや
ってきたのだという。
新手の詐欺かな、という考えが脳裏を過ぎった。しかし詐欺にしては荒唐無稽に過ぎる。それに顔がどことなく俺に似ていて、初対面なのに他人とは思えなかった。
とりあえず応接間に通して、話を聞いてみることにした。男をソファーに座らせ、俺はコーヒーを二人分淹れた。
「それで、ご先祖様に何の用だね」
「この時代に猫カフェなるものがあると知って、ぜひ一度行ってみたいと思い、時を超えてやって参りました」
「ふむ。それで？」
「この時代については一通り調べてから来たのですが、やはり私一人で出歩くのは心細いので、出来れば一緒に行っていただけないでしょうか。ご先祖であるあなた以外に、この時代に私が頼れる人はいないのです」
「なるほど。だが俺も猫カフェには行ったことないよ。一度行ってみたいとは思っていたんだが、いい年をした男が一人でああいうところへ行くのは、何だか恥ずかしくってね」
「ならちょうどいい機会じゃないですか。二人で行きましょう」
というわけで俺は、自称未来人と一緒に近くの猫カフェに行ったのだが、そこで彼から、未来には猫が一匹もいないという話を聞いたのである。
「それはいったいどうしてなのかね」数匹の猫を周囲に侍らせて、俺は訊いた。
「それはですね」膝の上に載せた黒猫を愛おしげに撫でながら、彼は語った。
ある猫好きの科学者が、猫と会話したいという愚かな野望を抱いたという。そして猫に感染させると、その猫の知能を飛躍的に高めるウイルスを開発し、それを散布したのだそうだ。いわゆるマッドサイエンティストである。昔のSF小説にはよく出てきたが、現実的ではないというので、最近のSFではあまり見かけない。
「そのウイルスが、あっという間に世界中に広まって」
「知能を高めた猫たちが、人類に反旗を翻した？」
「いえ、人間は自ら猫たちの命令に従うようになりました」
「それはまたどうしてだね」
「だって猫は可愛いじゃないですか。可愛いものには誰も逆らえない。違いますか」
私は沈黙するしかなかった。
人間は猫の奴隷となってしまった。ところが、このままではいけないと考えた、ある猫嫌いの科学者が猫を殺すウイルスを開発し、世界中に散布した。どうやら未来はマッドサイエンティストに不自由していないようである。
「そして猫は絶滅しました」悲しげに彼は言った。
私は掛ける言葉もなかった。こんな可愛い猫たちが未来には一匹もいないなんて、何という悲劇だろう。
「今日、実物の猫と初めて触れ合って、やはりこんな素晴らしい生き物を絶滅させたままではいけないと確信しました」
彼の決意に満ちた表情を見て、私は嫌な予感に襲われた。
「君はいったい何をする気だ」
「この子達を未来に連れて行きます。今日は本当にありがとうございました」
彼はポケットから見慣れぬ機械を出すと、指先で操作した。
一瞬後には彼の姿は消えていた。彼だけではない。猫カフェにいた十数匹の猫たちも、一匹残らずいなくなっていた。
今まで聞こえていた、ニャアニャアという賑やかな鳴き声が一斉に消え、辺りは恐ろしいほどの静寂に支配された。