1,000円あったらうまい棒が何本買えると思ってるんだよ
いつの日だ
ったろうか。頭のおかしな先輩に罵られた。
「お前なあ、1,000円あったらうまい棒が何本買えると思ってるんだよ!」
当時のうまい棒はまだ10円だった。今は一本につき12円する。
どうしてこんなことを言いはじめるのかと訊かれると、ワイはこの先輩、というか会社の体質にやられて今の状況にいるからだ。
ワイにも真面目に働こうとした時代があったよポイズン。だけど、社会の荒波は想像を超えてきた。
大学時代、ワイはそれなりに優秀だった。というか、成績は大体どの教科も「優」で、単位もこれ以上取れませんというぐらい取った。
別に「主席になってやろう」とか、そんな野心をこじらせたわけでもないけど、それでも受験勉強で鍛えたテストでいい点を取るコツを実践し、後は授業に出席していれば大抵の教科を落とすことはない。
ただ、ワイは他の生徒に「ノートを見せて」と言われても「うるせーな殺すぞ」とか言っちゃうタイプだったので、学内ではだいぶ浮いた存在になっていたよポイズン。
そしてそのズレというか、社会性を全く鍛えずに面接の15分だけ自分を繕って社会人デビューしたワイはまあひどいことになった。
まず挨拶ができない。やる気がないわけじゃない。だけど、挨拶しようとすると口の中がフリーズしてしまう。だから同僚だろうが先輩だろうが、まともな挨拶もできない不愛想な奴として認知されることになる。たったこれだけのことでワイは大きく後れを取ることになる。
挨拶ができない奴は出だしが最悪なので、まあ悲しいことに愛されない。先輩も挨拶もできない後輩などかわいくない。「学生気分が抜けていない」と言われたが、ワイに言わせれば「挨拶をすることなんて学校じゃ教えてくれねーじゃねーか」と思ったりもした。だけど、そんなことは言えなかったよポイズン。
研修期間を経て営業では逆に会社の看板に泥を塗ると確信されたワイは怪我の功名か内勤になった。営業になんかあった日には、会社の信頼を根底から覆す自信があった。
ただ、無能な奴が内勤になったというのは無能な奴が表に出て来なくなっただけの話であって、内勤になった俺はその才能の無さを遺憾なく発揮していた。
まずは在庫管理だけど、この一環としてやる棚卸しがワイは大嫌いだった。
なんでって、大体は数が合わねえ。物の数を数えるだけじゃねーかと言われるかもしれないが、商品の中には薄いベニヤで何枚もあるやつとか、ひどいと一枚ごとにビニールでコーティングされているやつもある。
――こ れ を ど う や っ て 数 え ろ と ?
そうは思ったけど、ワイのいた業界は建設業界だった。この業界は現場が近ければ近いほどガラが悪くなってくる。知っている人は知っているだろうけど、職人の中には元暴走族やらその筋だった人も少なくない。
そういう人たちとやりあっている営業がワイの先輩だった。期待を裏切らず、それなりにヤバい奴だった。とりあえず剛田タケシと呼んでおこうか。
まずこのアホが誰にも言わずに在庫を持ち出したりするので、それで在庫の数が合わなくなる。そしてやたらと数えにくい建材たちは、石膏ボードやらベニヤやらと多岐に渡る。
最悪なのは薄物のベニヤだった。2.5ミリぐらいしかない板が400枚とかで一束になっている。
こんなん分かるかwwwwwって言いたくなるけど、そこは剛田が許さない。なんかラノベのタイトルみたいになってしまったが、実地では全然ライトではない状況が待っていた。
殴るし、蹴るし、一発芸をやらされるし、大体は「つまんね」って裏拳を喰らった。鼻血が出ても謝らないし、社内で殴られても他の社員は見て見ぬフリだった。
やべーよこの会社って思ったけど、そう簡単に辞めるわけにもいかなかった。就活の面接ではうまいことごまかしてきたが、そもそもワイが通用する会社なんて世界に数か所あるか無いかだ。
ここで辞めれば再就職の道はアイドルのオーディションに受かる並みに厳しい確率になるだろう。そんな強運を持っているなら、今頃こんな目には遭っていない。
それは置いといて、剛田は見事なまでにジャイアニズムを発揮しつつワイを精神的にも肉体的にも痛めつけてきた。
図太いことに定評のあったワイだけど、さすがに毎日実況パワハラプロ野球という状況が続くと限界が来た。
ある日会社に向かう時、過呼吸が止まらなくなって倒れた。電車が止まった。きっと俺のせいで何人もの人が遅刻した。その時に悟った。ああ、俺はとっくに限界だったんだって。
過呼吸が起きた前日に、在庫管理と帳簿の金額が1,000円合わないので雑損で済ませようとしたら怒られた出来事があった。
恐らくその原因は剛田の無断持ち出し――勝手に得意先にサービスとして在庫を持ちだすのだ。あのアホは――が蓄積して発生した違算なのだが、奴は自分発で帳簿上の齟齬が生まれた事を決して認めようとしなかった。
「お前なあ、1,000円あったらうまい棒が何本買えると思ってるんだよ!」
そう言って剛田はワイを罵った。
結局奴の持ち出しも金額の差異も一切合切ワイのせいにされた。ワイはたかだか1,000円のために精神を病んで会社を辞めた。何もかもが小規模なワイにとってある意味相応しい最後だった。
会社をやめたワイは実家に戻り、このままニートでもやるのかなとか思っていたら配信がなぜかウケた。それで前職の倍お金が稼げているんだから人生っていうのは分からない。
そこでな、ネットニュースを見てたら剛田のアホが出てきたんや。
やっぱり調子こき過ぎたみたいで、色々と不祥事を重ねて会社をクビになったらしい。
皮肉なことにワイのハンドルネームを知らない奴は、ワイのマネをして配信で生きていこうとしているようだった。
それで「面白いことするから金をくれ」ってクラファンをやりだした。金額は一口1,000円からで、「1,000円ぐらい恵んでくれたっていいだろ?」とか抜かしやがる。
だからワイは言ってやったんや。
「バカ野郎。1,000円あったらうまい棒が何本買えると思っていやがる」
剛田はその一言を見て全てを察したのか、ネットから姿を消した。
クラファンで撃沈した剛田の行方を、その後、誰も知ることはなかった。
【了】