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- 2024/04/13 23:38:41
- 2024/04/13 23:36:19

　10円玉を拾った。
　その瞬間、トラックに轢かれた。
　例によって異世界に転生した私は、与えられたスキルを駆使して、大活躍し、元の人生よりもはるかにすばらしい人生を送ろうと思った。
「それでスキルはどんなものですか？」
　ここは町の酒場、向かいに座っているのは、森でさまよっていた私を助けてくれたやさしい冒険者だ。
「10円玉を出す能力」
　手を開いて前に出す、10円玉が手のひらの上にでてきた。
「なんですこれ？」
「私が元いた世界の硬貨」
「わかってると思いますけど、この世界では使えませんよ」
「でしょうね」
　異世界からの転生者は、それなりにいるらしく、特に驚かれたりはしない。それぞれ特殊なスキルを持っているため、優れたスキルの持ち主は王宮に招待されたりするらしい。豪勢な食事、高給な役職がもらえるとか。
　10円玉を出す能力、だめですかね？
「これ素材は？」
「銅」
「せめて鉄なら働き口もありそうですけど……。別の種類の硬貨は出せませんか？　金貨とか銀貨、ミスリルなら最高です」
「出せない」
　どうも私が死んだときに、ものすごく大事そうに10円玉を握りしめていたため、そんなに好きならと神様だかが気を利かせてくれたらしい。スキルというのは、その人のそれまでの人生が影響して与えられると言われている。私の人生はいったいなんだったのだろうか。
「でも、でもさ。いくらでも出せるんだよ」
「上から出せますか？　モンスターの頭の上にどさーっと」指で天井を指す。
「私がモンスターの上にいけば……。あと出すペースはぽろっ、ぽろっとみたいなぐらい」
「普通の就職先探しましょうか」
　いや、いやだ。なんで転生までして、こんなネットもなにもない世界で働かないといけないんだ。絶対やだ。スキルで楽々左うちわしかしたくない。スキルで大活躍して、またなにかしちゃいましたか、みたいな顔したい。趣味に時間を使いたい。
「そんな顔をされましても。とりあえずわかりましたからこの10円というものをしまってもらえますか」
「しまえない。出したものを消したりはできない」
「……」
「待って、聞いて。この銅というのは私が元いた世界では、金と同じと書いてものすごく価値のあるもので、これ一枚で人生三回遊んでくらせる」
「嘘ですよね？」目が細い。
「嘘です」
「こうして、転生してきた10円スキルさんは、真面目に働いて生きていきましたとさ」
「勝手に終わらせないで！」私は叫ぶ。「こうなったら金貨を握りしめてもう一回トラックに……」
「それ、たまに聞ききますけど、この世界にトラックとかいうのないですよ。あと死んでスキルが変わって戻ってきた人もいません」
「一度、転生できたなら次の世界がある可能性も」
「あるかなあ」
「あるかも」
「ないと思いますねえ」
「可能性はゼロじゃ……」
「可能性に賭けて死にます？」
「死ぬの怖い」
「じゃあ、就職先探しに行きましょうか。大丈夫ですよ、そんな悪い世界じゃないですから」
「いやー」


　　　10年後

　私は王様になった。
　この国では、私が日々スキルで作り出す10円玉が貴重な硬貨として流通している。およそ元いた世界の1万円ぐらいの価値だ。
　私がどうやって国を興し、王様にまでなったか、多くは語らない。
「まさか、こんなに強いとは思いませんでしたよ。スキルとか関係なしに全部倒してしまうなんて」
　そう、スキルはほとんど使わなかった。
　元いた世界で、私はとても体を鍛えるのが趣味だった。体を鍛える時間のために仕事を辞めたらお金がなくなって、10円玉を拾って喜んでいたらトラックに轢かれた。せめてお腹がいっぱいなら、トラックぐらい押し返せてたのに、と思う。
　どんな食べ物に必要な栄養があり、どう鍛えれば強くなるかを、科学に裏打ちされた知識として持っていた。
　そうして鍛えた体は、体の鍛え方がわかっていないこの世界の冒険者たちとは、まったく強さが違った。
　ちょっと才能に恵まれただけの冒険者をのして仲間に入れ、鍛えて、戦わせる。
　いくらか繰り返したら、集団ができあがり、鍛えるために仲間になりたいというものが集まってくる。
　最初は仲間の証として配っていた10円玉が、いつのまにか仲間内で使える通過となり、いつしかそのときの国内でも取引されるようになった。こうなればやりたい放題だ。私は10円玉をこの世界の10円以上に価値があるものとして扱い、適度に生産していろいろ揃えた。
　そうすると怒った国が挑んできたので、いろいろ揃えたもので、返り討ちにしたら、国が手に入った。
　隣に立っている大臣は、昔、私を森で助けてくれた冒険者だ。優秀で、脳筋な私のかわりにいろいろやってくれたので、とても助かっている。ただ、いつか裏切られないかと怯えている。1対1なら負けないが、策を使われるとなにされるかわかったものではない。糸目なのが怖い。絶対、裏切るタイプの顔だ。
「では、王様、今日も執務をお願いします」
「働きたくないのだけど」
「王様が働かないと国滅んじゃいますよ」
「でも、私、高価な硬貨出し放題だし、もう遊んでくらすでよくない？」
「なにも考えないとインフレで価値なくなってしまいますよ。ちゃんと量を考えているんですから」
　洒落は無視された。
「私、王様だよね？」
「王様です」
「偉いんだよね？」
「偉いですよ。そうは見えませんが」
「王様の命令には逆らえないでしょ」
「逆らいますよ。変な命令ばかり出すんですから」
「王位を、王位をゆずりたい」
「この国の法律では、王様にタイマンで勝ったら譲るですからね。当分、無理だと思いますよ。最近は、挑戦者も減りましたし」
　鍛え上げたこの体が憎い。
　でも筋トレを辞めたくない。
「こうして、転生してきた10円スキルさんは、真面目に働いて生きていきましたとさ」
　　　　　　　    　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<了>　

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