◆hiyatQ6h0cと勝負だー祭り
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咲花とかえで
投稿時刻 : 2024.08.01 00:05 最終更新 : 2024.08.01 02:07
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- 2024/08/01 02:07:43
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咲花とかえで
ひやとい


 

 黒ぽく光て見えるブザーがたまに求愛音を発しているその下で、森下かえではつかのま涼んでいた。学校が終わり、グラウンドに向かう途中、あまりの暑さに思わず避難したのだた。
 かえでは中学2年生。地域で活動する女子野球クラブのジニアチームに所属し、日々練習を積んで、来たるべき未来に備えている。
 父親がテレビ観戦をしていた影響で野球が好きになり、小学校の頃から少年団で練習をするようになた。両親ともにその経験はなかたが、野球がしたいという意思を伝えるとすぐに承諾してくれた。そして中学へ進み女子の部活がないことを知ると、クラブチームをネトで見つけ、ほどなく入団した。
 酷暑で夏の音はとぎれとぎれに聞こえ、同じような調子で緑が少しざわめく。そんな様子を感じ、タオル地のハンカチで顔や首の汗を気持ちはたくと、つかのま安らぐ感じがした。そして以前から気に掛かていたことを思い出す。
 しかしそれに気に取られている時間が、かえでにはあまりなかた。一息つくと。かえでは練習場へ足を向けた。

 着くと、後輩の田中咲花がはちきれんばかりの笑顔で駆け寄てきた。すでにユニフムに着替えている。
「せーんぱい、やと来ましたね!」
 咲花は中学一年生。かえでとは近所で、練習後はいつも一緒に帰ている。
 母親の智恵がかつて少年団に所属していたことがあり、物心がついた頃にはバトを振るようになていた。だが中学で野球をあきらめたという経験をしたことのある智恵が本格的にやるのをしばらく反対していたので、チームに所属するのは中学になてからだた。
 そんなわけでかえでに比べるとまだまだ技量は足りなかたが、反対を押し切て来た分熱意はすごく、ソフトバンクホークスに所属していた松田宣浩の熱男にあやかて、いつか熱子と呼ばれたいと願い、日々練習に打ち込んでいる。
「新しい練習場に来てから、もう野球したくてしたくて!」
「咲花はホント、いつも元気だねー
「もう朝から待ち遠しかたですよ。先輩は?」
「そりあもう、今からでも練習したいよ?」
「そうですかー? 普通に歩いていたからそんな感じなかたですよ?」
「そ、そんなことないよー
 かえでは笑顔で返したが、気がかりが所作に影響していたのかと思うと少しシクだた。
 新しいグラウンドには2日前から来ていた。これまでの練習場は小さな運動公園で、少年サカーで使用されるような、高く囲われた金網が圧を感じるような場所だた。監督の馬鈴の尽力で手はずがつき、ようやく試合形式の練習も出来るようになたところだた。さすがに電光掲示板のスコアボードは望めなかたが、金網の圧迫感も薄れ、例えある程度の距離の飛球があても、女子野球のジニアのレベルなら心配することはなかた。
「まあそれならいかあ。じかえで先輩、待てますよ!」
 咲花はそう言うと、グラウンドのベンチへと走ていた。
……相変わらず元気だなあ。まあ、とにかく練習しないとね」
 ひとりつぶやくと、かえでは場内の更衣室に向かた。

 夕暮れまでにまだ少し時間がある時、森下郁子はネト口座にある残高を見つめると、少しためいきをついた。
 娘であるかえでのことだ。
 森下家はごく普通の家庭で、夫の年収であれば、通常なら心配はなかた。しかし気がかりは娘の今後のことだた。
 普通の子供のように塾に行かせるだけならわけはなかた。しかしかえでが野球で身を立てたいであろうことは、毎日クラブから帰てもすぐにバトを振る行為でも、痛いほどわかていた。
 問題は道具代や環境である。
 単にグラブやバトの問題だけではない。例えばユニフムも洗濯するうちに摩耗する。かといてツギハギだらけの服を娘に着させるわけにもいかない。
 それに女子野球のクラブチームジニアと言ても、ついこの間新しいグラウンドに移ることが決またほどなので、練習環境もそんなに整ていない。いずれ自宅練習に使用するであろうトレーニングキトもこのままだと必要になる。さいわい森下家は戸建てなので、庭に設置するのは造作もない事だたが、はたしてその環境を作るのにどれだけかかるのか……、さらに遠征費もかかるだろう。
 かえでに我慢をさせるのは、ためらわれた。郁子が高校時、女に教育はいらんが持論の父が大学の費用は出さんと言い張り、説得しても通らなかたのだ。
 成績がそこそこ優秀だたにもかかわらず、やむなく高校を卒業したのち、地元の企業に就職した苦い経験が、彼女をその気持ちにさせた。
 高校生にもなればバイトで少しまかなてもらうことは教育的にもいいことだと思うが、まだ時間が2年弱ほどある。その間まで辛抱してもらてもいいが、出来れば、娘のためにある程度のことはしてやりたい。そう郁子は思うのだた。
「いいパートでもないかなあ……
 つぶやくと、しばし気が遠くなていた。 
 しかしそうもしていられない。夫もかえでもいずれ帰てくる。
……とりあえず今はやれることをやらなき
 気を取り直し夕飯の支度をしようと、ソフのあるリビングから台所に行く。
 食材の用意をしていると、リビングから少し音が聞こえてきた。
「あ、テレビを消し忘れてた」
 持ていた食材をとりあえずカウンターに置くと、リビングに戻る。
 そしてリモコンをテーブルから手に取り消そうとしたその時、画が見えた。
「ムーバーフードで、いーんじなあい?」
――これだ!
 テレビを消すとスマホを取り出し、郁子は検索を始めた。

「みんな喜べ、ついに試合が決またぞ」  
 馬鈴が言うと、チームは色めき立た。
 新しいグラウンドになてから一週間が過ぎ、その間に一度紅白戦も行われチームの士気も上がて、さらに練習に励んでいた時期だた。
「いつですか?」
「相手は誰ですか?」
「どこで試合するんですか?」
「クーリングタイムはありますか?」
「近くにコンビニありますか?」
「クラスのみんなは見に来れますか?」
「b祖l;機blsjbtlkvsじ
「あーそう一斉に質問するな! 落ち着いて話を聞け! とりあえずメモ用意しろ」
 馬鈴は一喝すると、試合の日時場所移動手段などを噛んで含めるように告知した。選手たちはみな真剣にスマホのカレンダーへスリクしていく。
……ということで、みんなメモたか?」
「はーい!」
 一斉に帰てきた声が、グラウンドの向こうまで響き渡た。
 
 練習を終え報告を受けたかえでと咲花は、帰り道すがら、試合の事ですかり盛り上がていた。
「せんぱい、もう、もう今からでも試合したいですよ
「咲花ちんも力つけてきてるから、いきなりスタメンもあるかも?」
「出してもらえるようにがんばりますけど、かえで先輩とちがてまだまだ」
「たぶん今回は練習試合だし、咲花ちんもどこかで出してもらえると思うよ?」
「だといいんですけどね…んてそうだ先輩、これまた買いました!」
 言うが早いか、咲花がカバンから取り出して両手いぱいに広げたのは、1枚のタオルだた。
 「じああああああん!!」
  咲花がドヤ顔で広げたのは、彼女がフンであるソフトバンクホークスの牧原大成の”マキー”と書かれた応援用のマフラータオルだた。
「きああんマキさまこよ! かこよ!」
 体をフラワークのようにくねらせながら、両手を広げて歩く咲花のあまりにアホな姿に、かえでは多少引きつつも、ただ苦笑するしかなかた。
「歩きながらそんなにグネてたら、転んでねんざしちうよ?」
「えへへドヤりたすぎてつい……そういえばかえで先輩はどこのフンでしたけ」
「前は巨人が好きだたけど、いまは自分が練習するのに精いぱいだよー
「あははーかえで先輩がそんなー
「もうじき咲花ちん家だよ、家に帰るまでが……
「練習、ですよね? 遠足じないんすから、もう耳タコですよ
「変なことしてケガしたら、お母さん悲しむからさ、ほら、だからそれしまて、しかり歩いて!」
「はあい」
 しぶしぶ咲花がタオルをカバンにしまうと、かえでは自宅への道を歩き出した。
「じ咲花ちん、また明日ね」
「はーい、先輩、しかり休んでくださいねーおやすみなさーい」
「うん、じあまたね」
「はーい」
 浮かれた様子で家路につく咲花をちとだけ見ると、かえでは束ねた髪を振り、家路を急いだ。少しでも時間があれば、練習したかた。
「ただいまー
「おかえりーかえで、食事の前にまた素振りするの?」
「うん、ちとだけ」
 そう母にあいさつがてら、何気なしに門を見ると、何か様子が違う気が、かえでにはした。
  
 試合の日。
  チームの皆が待ちに待た日だ。
  さいわい場所も咲花たちの住んでいる地域からほど近く、最寄りの駅前からバスで行ける範囲だた。
「今日のスタメンを言うぞ、1番……
 馬鈴が発表し終わると、みなグラウンドに出てキチボールを始める。
 かえではスタメンで6番シトだたが、咲花は控えに回た。
「やぱまだスタメンは無理だ
「だてまだ1年だもんね」
「まあしあないすな。かえで先輩、しかりか飛ばしてくださいね!」
 おどけて咲花が言うと、かえでは少しだけ笑みを浮かべ、うなずいた。
  相手は県内の、これもクラブチームのジニアだたが、咲花らのいる市とは離れていたため、評判はわからなかた。そもそも県レベルのジニアチームの状況まで把握して告知するような媒体やSNSのアカウントがあまりないので、知る由がないのはもともなことだた。2人の見るところ、自分たちのチームとそう変わらないように見えた。
 試合が始また。咲花たちのチームが後攻だた。
 100㎞超えの球を投げるわけではなかたが、自軍のピはチンジアプとカーブで敵側をなんなく抑えた。
 相手のピもチンジアプを投げるが変化球は投げず、そのかわり球がホプするかのように威力があた。女子中学生で100㎞が出るのは県レベルではあまりいないはずだが、まるでその球速が出ているように思えた。咲花たちは1回、2回とその緩急に戸惑い、これまた抑えられた。かえでもフウルを何度か打ち粘たが、最後はフストへのポプフライで初回の打席を終えた。
「ああんせんぱい」
 咲花が嘆くが、粘ているうちにタイミングをつかんだかえでは、
「次は打つから!」
「か飛ばしてください」
そう笑みを浮かべ、咲花に返した。
 3回、4回と進み、両軍四球を一個ずつ出した他は、打ちあぐねるしかなかた。
 そして5回表に入た。
 ピは前の回から少し疲れが出始め、外野に飛ぶ回数がだんだん増えてきていた。
  そして4番をセカンドのポプフライで仕留めたあとの、次のバターの時だた。
  何度かの投球のあと、ピが投げ損ねたチンジアプを、その打者が強振した。快音が響き、打球はライトの方向に遠く飛んだ。ライトは懸命に追い、やがて追いつくとジンピングキチをした。空に挙げたグラブに白い光が見えた。
「あ……
 咲花が驚くほどの、ぎりぎりのタイミングだた。
 少しして、ライトの様子がおかしいことに皆が気付く。やがてそれは現実のものと知ると、馬齢はキの後ろから交代を告げた。ちなみに審判、と言ても一人だけだが、資格者を呼ぶと費用がかかてしまうので、両軍の監督が守備時にかわるがわる行ている。
……に代えて、ライト田中咲花!」
 出番がやてきた。 
……はい!」
 咲花は間を置きつつ返事をし、中学生らしく元気に走ていた。スタメンのライトは足をひねり、センターに肩を貸してもらいながら戻てきた。応急処置をひと通り取ると、馬鈴はまた審判に戻る。
――怪我した先輩の分まで、がんばらなくち……
 咲花は気合を入れ、普段とは全く違う真剣な顔つきになた。
 試合に戻ると、騒ぎで空いた時間で熱中症対策の水分を補給したピはうまく気分転換が出来たようで、相手のバターを手早く追い込んでいく。
――まだわからない!
 咲花はさらに気を引き締め、打者の方向を見据える。
「バターアウト!」
 結局交代あるあるは起こらず、バターはあえなく三振に終わり、自軍の攻撃に移た。
「ふう……
 とりあえず安堵し戻ると、咲花は負傷した先輩に声をかけ、そして監督の指示を仰ぎ準備に入た。打順は4番から、咲花の打順は8番なので三者凡退に終わればめぐてはこないが、先ほどのようなこともある。準備するに越したことはない。
 4番、5番が倒れ、かえでの打順になた。
――必ず打つ!
  かえでは初回の打席で、すでに確信を得ていた。
 1球2球とボールが続き、そのあとストライクが入ると、その確信はより強固なものになた。
  4球目が投げられた。
  ンジアプ。
 かえでは合わせると、快音を響かせた。
「やたあ、かえで先輩!」
 打球はシトとサードの間を速く抜けるとレフトにまで達し、シングルヒトとなた。シアなバングで鳴らすかえでらしい打球だた。
  そしてかえでの打球で調子を崩したのか、敵側のピの制球が大きく乱れ、7番にフアボールを与えた。
  そして待ちに待た咲花の打順。
――2アウト1、2塁……とにかく塁に!
 咲花はまた気合を入れなおし、バタークスに入た。
 相手の制球はさらに乱れ、4球目を投げたあとのカウントは3-1となり、追い込まれていく。
「思たよりやぱ速い、ここは見て行こう……
 咲花は力をつけては来ているが、まだ中学1年生。先輩たちに比べるとまだまだ非力だ。マン振り(思い切りバトを振り回すこと)は避け、じくりと対峙する方針に決めた。
「フアボー!」
 結局咲花、そして9番、1番に四球を与えると、先発のピは交代を告げられた。打たのはかえで1人、効率よく2点を奪うことが出来た。
  
 結局試合は2-0で、自軍の勝利となた。
「いやー自信があたんですが、やはりこの暑いさなか、先発1人では厳しいです」
「いやいや、うちのライトが負傷するほどの打球を食らたときはヒヤヒヤしましたよ」
……今度対戦するときは、負けませんよ! ……そうだ、試合が終わるころに間に合うよう、ムーバーでドリンクを頼んだんですが……お近づきのしるしにどうぞ」
「いやそんな、あのー、sktysbヴがlくえたsmn今度はあのdgsけrづあvにう」
という大人の通過儀礼が交わされる中、選手がベンチで休みを取ていると、ほどなくしてデリバリーが来た。
「あ
 かえでが目を見張た。
  配達してきた人物が、誰よりも見知た女性だたからだた。
 一塁側の内野の金網の向こうに見える陽炎が、乗てきた自転車を揺らしていた。

  
「びくりしましたよせんぱい」
……うん、ちとね」
「でも働いてる先輩のお母さん、ちとかこよかたなあ……
「何か……心境の変化かな?」
 電車から降り歩く帰り道、そんな軽口を言うのがせいぜいで、あとはいつもみたいに弾む会話を交わすことが、お互いに出来なかた。
……そろそろ咲花ちん家だね、じあ、ちと急ぐから!」
 かえでは、タイミングを計て、少しだけ重い場を逃れるべく咲花に声をかけると、早歩きで家路に向かた。
  そして、家に着いた。
「ただいまー
 戸を開けると、玄関の式台に。見慣れない、けれどもかえでにはなつかしい、かつてフンであたある選手のグズがぽつんと置かれていた。
「おかえりー
 郁子が姿を現した。
「お母さん……ごめん、ごめんなさい……
 母の顔を見ると、グラウンドに現れた母の懸命な姿が重なり、言たあと涙があふれるのをこらえるのが出来なかた。
「あら、勝たんでし? 今日はめでたい日だわあお祝いよー。なんで泣いたりするの?」
「だ……て、お母さんがそんなに苦労してた、なんて……
「ああ、試合後のこと? 母さんも最近運動不足だから、それも兼ねてちとね。1時間で数件回るだけだから、そんなでもないのよー
 言うと、郁子はかえでを抱き寄せ、耳元でやさしく言た。
「かえでは、何にも心配しないでいいのよ、母さん、好きでやてるだけなんだから……
「お母さん……
 言いながら二人は、しばしその場に佇んだ。
 玄関ドアの横にある自転車は、少しだけ泥がついていた。
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