時間と空間を書き換える男(未完)
「ねえ、今の人だれ?」
娘を助けられた母の厚い「ありがとう」を受けた青年は、「どういたしまして」と笑顔を返したが、しかしすぐに走り去
ってしまった。
親子は彼のことをまったく知らない。それなのに、青年は身をていして、ほとんどひかれるかというところから女の子を救い出した。彼の行いに母も娘も名前くらいは聞きたかったのだが、しかし何も教えてくれなかった。
青年は何者なのか、話は八十年ほど遡る。
およそ八十年前、少年は戦争で焼け野原になったところをひとり歩いていた。靴はとっくに千切れ、手も足も擦り傷だらけ、三日ほど何も食べていなかった。最後に食べた握り飯は兵隊さんからこっそりわけてもらったものだった。
その兵隊さんとは数日前に出会った。土手を歩いているところを名前を呼ばれて止められた。そして「実はおまえのお父さんから頼まれて、きみを一週間だけ預かることになっている」と言われた。
「そんな話は聞いてないよ!」
そう言ったが、兵隊さんはぎっと睨み、握り飯を分け与えたとは思えない手で少年の手を引っ張っていった。戦時下、抵抗などできるわけもなく、少年は連れていかれた。しかし、兵隊さんは決して乱暴することもなく、戦争の大変さについて愚痴っても怒らなかった。「この街から少し離れたところにちょっといくだけ」と言うだけだった。
夜中、少年は不安になって逃げだそうかと思った。兵隊さんの方を見ると、兵隊さんは火の番をしていたものの、きりっとした真剣な目をして眠る気配はなかった。
そして少年が起きているのを見て「眠れないか?」と声をかけた。少年はあまり眠れそうにもないと思ったが、兵隊さんの目が怖くて「大丈夫」と言って眠った。
翌朝、兵隊さんの姿はなかった。どこにいったのだろうと思ったが、とにかくその小屋の中にはいなかった。
そして、八月六日午前八時十五分、少年の家のほぼ真上で爆弾が爆発した。少年は家族を失ったが、兵隊さんのおかげで彼だけは生き残ることができた。
兵隊さんは何者なのか。そして話は、さらに三百年ほど遡る。
地方の小さな町の殿様であった黒鳥十郎は、そのあたりで一番の名手である最中家の宴会の席に呼ばれていた。家臣の老中浅黄は、黒鳥十郎に「この話は気が進みません」と何度も注意するように話していた。
「ほかの家のものたちも呼ばれている。ただの酒の席だ」
「しかし、最近は京から越後で動きが慌ただしく、それを読んでのこともあるかと……」
「ないな、考えすぎだ」
老中の浅黄は何度となく考え直すように願ったが、ついには殿を怒らすことになってしまった。
「殿には困ったものだ……が、しかし、このまま見ているわけにはいかぬ」
漏らしているところに、ひとりの家臣がやってきて、浅黄に言った。
「差し出がましいようではございますが……考えようにございます。殿の身に何かあれば、浅黄さまも最中さまに取り立てていただくことができるやも、しれません」
浅黄はかっとなった。
「おまえ! 黒鳥家を何と心得るか!」
刀に手を伸ばし斬り捨てようかと思ったが、しかし気づけば家臣の姿はなかった。
「けしからん……待て、今のは誰だ?」
さて、浅黄は黒鳥の殿様を止めることはできず、酒の席へ行かせることになってしまった。散々に怒らせてしまった浅黄も同行させることはなかった。
そして、黒鳥は討ち死にした。やはり、罠だったのだ。
「黒鳥家も終わりだ、浅黄家も最中家に見つかればどうなるか」
けれど、あの家臣が言ったことが的中したのか、浅黄は最中家に仕える気はないかと言われた。あの家臣はそれきり姿を見ることはなかったが、しかし、こうなると何か、物の怪が何かを吹き込みに来たのかもしれないとも思え、背筋が震えた。
後日、最中家に近い殿様が町にやってきて、黒鳥氏にかわった。新しい殿様は城のことを浅黄に任せると言ったが、浅黄は「武家を辞める」とし、以後は土地の農民の代表格として生きることになった。
それから数度、町は合戦の舞台となり、新しい殿様も、最中家も滅んでいった。浅黄家は江戸に入っても生き続き、農家から商家へと道を進めることになった。
家臣は何者であったのか。話は未来に進む。
「今、ぼくらは二十一世紀のご先祖様まで助けることができました」
「あと、何回の介入でターゲットの生成までたどり着ける?」
「現代への影響は徐々に現れ、世界は修正されつつありますが、少女の子の誕生は確認しています。世代間を三十年~四十年と見ていますので……回の介入は必要になるかもしれません」
「」
未完
※追伸
浅黄家を出したがばかり、浅黄家世界の命運を握るかのような話になりそうになり、恥ずかしさで筆が止まってしまいました。浅黄家は実在しますが、黒鳥家、最中家は架空の武将です。