死神の子
死神はいいました。
「いいかい、坊や。立派な死神になるにはきちんと人間の死に際を見極めなき
ゃいけないよ。間違って生きてるうちに刈っちゃあ、いけないよ」
死神の子は聞きました。
「でも、お母さん。お母さんはこの前、当たり前に生きている人を突然、前触れもなく刈ったじゃないですか。ぼくはこれまでにも何度も見たことがあります。お母さんはしあわせそうな人を狙って、心臓や脳の血管にスッと鎌の先を沿わせてます。死神に狙われたら誰一人、逃げられやしないのに、それはあんまりではないですか」
死神の母は答えました。
「違うのですよ、あれは仕方のないことなのです。人の命というのは生まれ持ってのものがあって、必ずしも、みなが同じように天寿を全うできるわけではないのです。私たち死神はただ、天の決まりに従って死に際に立つだけです。私たちが直接手を下しているように見えるけれど、それは儀式のようなものです。坊やにも見えるでしょう? 死神は心臓がいつ止まるのか知っています。そして心臓が止まるのと同時にそこに鎌の刃を添えるのが儀式というものです」
「それなのに、死神は嫌われるんだね」
「仕方ありません、天の定めに逆らうことはできないんですよ。ただ……」
死神は少し口ごもり、その先をいうのか考えました。
「ただ、なんなの? お母さん」
死神は「そろそろ、知るときでしょう」といい、いいました。
「いいですか、実はこの世には、天の定め以外にも人が命を落とすことがあるのです。……いえ、命を奪われる、というのが正しいでしょう」
「そんなことがあるなんて、知らなかったよ!」
「そうでしょうとも。これは人が生きている間に犯した罪によって決まることがあるのです。それは天の定めではない、天の呪いです。誰かを落とし入れたり傷つけたりしたものには、その分、重しが掛けられるんですよ」
「……どんな風になるの?」
「罪人たちは天の定めから放たれ、その命を刈る役目を与えられた死神に運命を任せられます。ある冷酷な死神は、家に火をつけた男を溺死させました。おもしろいものが好きな死神は、何人も人を殺めて反省もしない死刑囚を、死刑執行が告げられたわずかな後、まだ死ぬまで少しばかりあると冷や汗混じりにしているところを殺しましたよ」
「それはひどいや……」
「死神というのもそれぞれだから、役目に就いたものに任された以上、彼らのことに口出しはできません。彼らは「命を奪うタイミングを任せられた」だけだけれど、それに反することはしていないんですから」
恐ろしいことを聞いた、と死神の子は思いました。けれど、この話を聞いてしまったら、当然聞かないでは済まされない話があります。
「お母さんは……どんな運命を任されたことがあるの?」
死神の子は、お母さんがむごいことをしていないようにと願いながら、しかし不安な顔で聞きました。
「私がしたのはね、神様に背いたものの命を奪ったことだよ。ある男が天の巫女を愛したけれど、巫女は三年間の修行が済まなければ触れることも許さないといったの。男は巫女のことを愛していたから約束をしたわ。男は巫女にもらった酒を持って帰ったけれど、彼は酒に負けて巫女に会いにいってしまった、その日の夜に。初日に、第一の誘惑の修行にも勝てなかったことで、巫女は怒り、私を遣わしたわ」
「どうなっちゃったの?」
「天の巫女は死神の私にいうより先に、男にいいましたよ。『これから先、おまえはずっと下界で生きなければならぬ。どのように生きていくか、この死神が常につきそって見ているぞ。おまえが怠け心を見せたとき、死神はおまえを刈るだろう。しかし懸命に働いて成功したとして、そこで少しでも楽な生き方を選んだなら死神はおまえを刈る。そして死神は、それなら死んだ方がましだと自棄を起こしても、おまえを刈ることはない。最後に、おまえは天命を迎えることは出来ぬ。懸命に生きて怠けずに成功したとしても、思わぬところでおまえは死ぬのだ』」
死神の子は身震いしました。
「それで……いつ死んだの?」
死神の母は「ふふっ」と笑いました。
「まだ生きてますよ。考えているんです。寝ているところよりは起きているところを突然刈った方がいいでしょうし、幸せな瞬間を奪うこともいいかもしれませんが、不幸のどん底で踏んだり蹴ったりで終わらせるのも悪くありません。彼は死神に怯えながら懸命に生きていますが、これから上向くのかどうかはわかりません。……まあ、まだ刈り時ではないということです。死は死んでしまうそれより、もっと苦しいことがあると彼は思い知らなくてはいけないのですよ。ね、坊や?」
死神の子は背筋がぴんと伸びました。なんと恐ろしい母親か、そして冷酷さやいかにと思いました。そして、自分も早く立派な死神になって人の命を刈る役目に就きたいと思いました。
了