フレーバー・オブ・ラブ
第1話退屈な毎日が急に輝き出した
朝6時。ponziは目を覚ました。最近は睡眠薬もからだに合
っていて生活リズムはいい。しかしponziの気分は晴れない。悩み事が多いのだ。就職活動、恋愛結婚、文学賞受賞。何一つうまくいかない、思うようにいかない人生。50歳を迎えたが、いまだに独身子無しで仕事も障害者就労のグループホーム住まい。統合失調症持ち。実家が裕福で、亡くなった父上は東大卒の弁護士、母親は中規模財閥の令嬢であった。しかし、いつまでもその境遇に甘えていられるトシではない。
SNSをチェックするとLINEに親友の60歳男性、トミーさんからメッセージが入っていた。
「ponziさん。今日船堀で一緒に昼飯食いませんか?ともちゃんも一緒です」
47歳、ponziの元カノのともちゃん。トミーさんと3人で仲良しグループを形成している。
「分かりました。11時船堀で待ち合わせしましょう」
ponziが返した。
グループホームで提供される朝食を済ませ、ponziは朝活に入った。
動画配信サイト「ポコチャ」を開く。
「まこ」の枠に入室する。25歳公認心理師のまこだ。
「おはうー」
「ponziさん、おはよう!」
「高市早苗政権の積極財政政策を受けて日経平均株価は52000円台まで急進している」
「この「積極財政」論こそがponziさんが「イトー派経済学」において長年研究してきた成果であり、れいわ新選組を中心とした左派政権誕生の際の目玉政策としてあたためてきたものだ」
「故森永卓郎先生。中野剛志先生。飯田泰之さんなど。積極財政を支持する経済学者は左派が中心。右派の緊縮財政論と長年対峙してきた」
「飯田泰之さんは高市早苗首相の経済政策のブレーンであり、海城高校のponziさんの同級生でもある」
「積極財政論はほとんどが左派経済学者たちによって進めらてきたもの。その上澄みを旧安倍派で統一教会信者、裏金議員の高市早苗と麻生太郎らに掠め取られたのは慚愧の極みだ」
ponziさんのナラティブにまこはうなづく。
「赤っ恥をかかされた格好の右派。特に長年ponziさんと反目してきた緊縮財政派の急先鋒、維新の会と千葉6区衆議院議員F巻親子は殺したいほどponziさんを逆恨みしている」
「LGBTの研究、気候変動の研究、goki医学など。ponziさんの紡ぐナラティブはまだまだ続く。正直、あんな連中とかか患ってる暇はない」
「次の衆議院議員選挙がいつあるか分からない。高市人気にあやかっていきなり解散総選挙に与党は打って出るかもしれない」
「ponziさんは立憲民主党推しだ。次の衆議院議員選挙では麻生太郎の福岡8区、萩生田光一の東京24区などを含めすべての選挙区で本気で勝ちにいく」
「なにしろトランプ現象、参政党現象などなんでもありの時代だ。この傾向は当分続くと見ている」
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第2話病める時も健やかなる時も
2024年の衆議院議員選挙のとき、ponziの住むグループホームの近くでバタフライナイフをチラつかせた金髪の若者、おそらく10代、が数人たむろしてponziを睨んでいた時期があった。ponziのような生き方をしていればそれはいつ殺されてもおかしくはない。
2024年6月に府中刑務所から出所した反社のかつての親友ワタさんから手紙が届いたことがあった。
「ponziさん。今回は俺がむかし世話になった茨城の後藤田組の若頭に頼んで鉾を収めてもらいました。ponziさんが、すべての親類縁者家族友達から見放された獄中生活でも唯一、自分に手紙のやり取りや差し入れを続けてくれてたこと。周囲の人間に聞いてもponziさんの良い噂しか聞きません。あんな高潔な人間はいないと。あいつらもそれはわかってくれて、「上に言われてきたからどんないけすかねぇヤツかと思ってましたけど、普通にグループホームに住む障害者じゃないですか。俺たちでもあの人は殺せない」って言ってました。ponziさん気をつけてくださいよ。今回はうまくいきましたが次はやばいかもしれないですからね」
ワタさんからの手紙。ponziも少し気を使うようになった。なによりも「いのち」を大切にしなさい、というのは師匠の東大教授でクラシック音楽家の伊東乾(いとうけん)の教えでもあった。泥をかぶり地べたを這いつくばってみずから率先して現場で生きることによって市井のみんなからの理解は初めて得られる。ネットではしばしば誤解を受けるponziだが、実は言葉より行動の人間なのだ。
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第3話どんなに上手くいかないときだって人生捨てたもんじゃないって
政治を語ってるうちに少しむかしを思い出していた。ポコチャの「うみちゃん」の枠に移動する。うみちゃんは37歳ファイナンシャルプランナー。
「おはうー」
「ponziさん、おはよう!」
「うみちゃん。高市早苗政権の積極財政政策で株価はめちゃめちゃ上がってるけど。あれはponziさんたちの長年の研究の成果なんじゃ」
「うっそー。わたしの周りでも経済の専門家のあいだで話題になってるけど、ponziさんの名前なんて聞いたことないよ!」
「いいの!手柄は人に譲るのがponziさんの哲学なの!(´・ω・`)」
動画配信サイト「ポコチャ」を終えた。「ポコチャ」はponziの大事な研究の場であり、情報源でもあった。
10時近くなり、出かける支度を始める。歯を磨き、服を着替え、トイレを済ませて、10時30分にグループホームを出て徒歩で船堀に向かった。
船堀駅で、トミーさん、ともちゃんが待っていた。
「おはようございます!」
「どこ行きますか?」
「ガストかバーミヤン」
ともちゃんが、ガストがいいというので、
「じゃあ、ガストにしましょう」となった。
ガストでは999円セールをしていた。ともちゃんはステーキをトミーさんはミックスグリルを頼んだ。ponziは遠慮して少しだけ安いハンバーグを頼んだ。
「戦前の支配階級で生き残っているのは天皇家だけなんですよ!」
「三菱財閥創始者の旧岩崎家の邸宅が江東区にあります。一般公開しています。でないと維持できない!」
統合失調症のトミーさんはご飯を食べているあいだも口角泡を飛ばしてまくし立てている。
「そういうのって、全部亡くなったお父さんやお兄さんから聞いた話なんですか?」
ponziが合いの手を入れる。
「親父は東工大から日石の取締役でした。兄貴は開成高校から北海道大学中退、そしてブルックスブラザーズ。2人ともなんでも教えてくれた!」
現在のトミーさんは障害者就労と年金で生計を立てている。ともちゃんは障害者就労と生活保護だ。ともちゃんのお父さんも一橋大学法学部中退のインテリ任侠でともちゃん自身も明治学院大学英米文学科卒。2人とも幼少期は大変裕福な家庭で育ち、気位が高い。ponziを含め似たような境遇の3人であった。
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第4話flavor of love
ガストを出て3人で西葛西にあるトミーさんの家に向かった。トミーさんは92歳のお母さんと2人暮らしである。
トミーさんの部屋に入るとともちゃんは、
「あら、本棚が綺麗に整理整頓されている」と笑った。
「池田大作名言集!」
笑いながらトミーさんはponziに手渡した。かつてトミーさんは敬虔な創価学会信者であったが、ponziと出会って脱会した経緯がある。
トミーさんがデビッド・ボウイのCDをかける。
「歴史上、最高のバンドが、ビートルズかローリング・ストーンズか決着はついてないんですよ!」
トミーさんの持論が始まる。
「疲れてきたね。帰るか?ともちゃん」
ponziがうながすと、ともちゃんはうなずいた。
近くのバス停まで3人で歩いた。ともちゃんは足が不自由でびっこを引いている。
「トミーさんが創価学会に入ったきっかけはお兄さんの贖罪ですよね?若い頃、統合失調症で錯乱したお兄さんはナイフで人を刺した。でも、心神耗弱で不起訴処分になった。罪の意識に苛まれたお兄さんは、一番戒律が厳しい宗教を調べて創価学会に入信した。トミーさんはその残滓ですよね」
ponziが以前聞いた話をもとに要約してみせた。トミーさんはうなずく。
「本当は俺まで創価学会に入信する必要はなかったんです。だから、ponziさんと知り合って、創価学会幹部の目の前で「御本尊」をびりびりに破いても彼らは何も言わなかった」
葛西駅でトミーさんと別れ、ponziとともちゃんは錦糸町行きのバスに乗り換えた。同じバス停で降り、ponziはともちゃんと別れた。
「じゃあの。また明日の」
「うん。今日はありがと」
ともちゃんは手を振った。
帰りがけにひとりでスーパーに寄ったponziは見切り品440円のシャインマスカットを見つけ、ともちゃんに写メを送った。
「シャインマスカット食べる?持ってってあげようか(笑)」
ともちゃんも笑いながら、
「今からうちくる?(笑)」と返してきた。
「行く!」ponziはかつての恋人ともちゃ