第7回 てきすとぽい杯
 1  10  11 «〔 作品12 〕» 13 
投稿時刻 : 2013.07.20 23:44
字数 : 3711
5
投票しない
不戦勝
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


 目が覚めた。胃が重たくて、喉がひどく渇いていた。
 二日酔いだ、と自分の体の状態を判断し、腕をもそりと伸ばした。目覚まし時計は、午前八時半を指している。
 一人暮らしのワンルームマンシンの一室。カーテンの隙間から洩れ入る光で、部屋の様子は一望できた。俺は長袖のシツにジーパン姿のまま、ベドに横たわていて、ベドの下にはジトやトートバグが放り出され、脱いだ靴下が左右ばらばらに丸まて部屋のすみに転がていた。
 昨晩、どうやて部屋まで辿り着いたのか覚えていない。
 目覚まし時計のすぐ横に転がていたiPoneに触れた。今日の予定……所属している軽音サークルの話し合い。
 めんどくせー。口の中で呟いて、だが体を起こした。さすがにサボたら、色んな奴に怒られそうな気がする。今日はそういう話し合いの日だ。
 ベドから降りて冷蔵庫にあた水のペトボトルにそのまま口をつけて一気に飲んだ。冷たい軌跡が体に刻まれ、目が覚める。胃はまだ重いが、のろのろとシワーを浴び、何も食べずに部屋を出た。
 大学までは徒歩五分。近い。サークル棟の地下にある部室を覗くと、メンバーは半数以上が揃ていた。集まているメンバーは全員、俺と同じ二年生で、あと一月で三年生になる。今日は、二年生の会員十五人で集まて、次期会長を始めとした役員を決める日なのである。
「お前、よく来られたなー
 Fenderの青いエレキベースを抱えて俺に声をかけたのは、俺と同じ経済学部でもある大橋だ。
「潰れて起きられないんじないかと思てたわ」
「そうなてたら、お前、むちくち怒るじねーか」
 ははと笑う大橋は、気さくではあるが根はものすごくまじめだ。そして、大橋の彼女、南田もまたしかり。ギター担当の南田とベース担当の大橋は、うちのサークルの名物カタブツカプルだた。
 午前十時になり、定時になた。揃たメンバーは十四人。まさかの南田の姿がなかた。あ、あいつは。大橋が口を開いた。
「今日は急用だて。昨日の結果で問題ないから、話進めといてくれて」
 メンバーの間に瞬時に動揺が走たのがわかた。が、俺は事態がいまいち飲み込めていなかた。
「昨日の結果て?」
 俺の質問に、さして広くはない部室がしんとなた。
……ま、ある程度予想はしてたけど」
 大橋がそう前置きをして、続けた。
「お前が次の会長な、有賀」
 ちなみに、『有賀』というのは俺の名前である。

 話し合い、という名目で集またはずだたのに、結論はほぼ決まていた。俺が会長で、副会長は大橋で。おかしいだろ! と俺は今までのないくらいのテンシンで突込んだのだが、ま、なんて大橋はにこやかに笑んだだけだた。
 話し合いはもはや話し合いではなかた。抵抗する俺とそれをいなす大橋の掛け合いであという間に一時間が過ぎてしまい、ここらで休憩でもするか、ということになた。
 俺は部室を飛び出し、すぐさま電話をかけた。相手はもちろん南田である。
 もしもし? 電話口の南田の声は明るい。
「お前、なんで今日来ないんだよ! ていうか、なんで俺が会長なんだよ!」
 南田はしばしの沈黙のあと、答えた。
「どこかでお茶でもする?」

 俺はそのまま話し合いをとんずらし、大学を出て南田に指定されたフストフード店に向かた。電車で一駅先。
 窓ガラス越しに、南田はにこやかに俺に手を振た。ジスのストローをくわえ、カウンター席を陣取ている。フストフード店に入た瞬間、油の匂いで二日酔いの胃がもだえそうになるのを堪え、注文もせずに俺は南田の隣のスツールに腰掛けた。
「どういうことだよ」
「有賀くん、昨日の記憶、ほんとにないの?」
 言われて、考え込む。重たい胃がピクリと動いた。
 昨晩は、サークルの同学年のメンバーで飲み屋にいた。サークルの次期役員を決める前に、ざくばらんにみんなで飲もうぜ、と言いだしたのは大橋だたか。ともかく、まそういうことで飲み会だたわけである。
 軽音サークルというと、その名のとおり軽そうなサークルに思われがちだが、うちのサークルに限て言えば半分はそうでなかた。半分、というのは名物カタブツカプル、南田と大橋の二人を中心とする練習熱心なグループのことを指す。残りの半分は、俺を筆頭とする、楽器とかやてれば女の子にモテたりするんじね? という軽いノリのグループを指す。
 とま、そんなわけだから、次期会長は南田か大橋がなるのが妥当だというのが当然の流れだた。大橋は表に立つタイプではなく、裏でメンバーのサポートに徹するのが常だたので、そうすると自然に次期会長は南田で、となるはずだた。
 だから、まくばらんに話そうぜという会だたわけだけど、俺はビールのジキを傾けることに注力していたわけだ。ぐびぐびぐびと飲んで、もう一杯! なんてのを繰り返していたら、少し経てから南田にジキを持つ手を止められた。
 ――有賀くんも次期役員のこと話しようよ。
 南田の細くて白い手を見た。ギターの練習のしすぎでかたくなた指先。ふわとしたブラウスの腕、細い首、目は大きいのに小さな顔。生真面目すぎなければ、もと大々的にモテるだろうにと思わずにはいられない。までも、大橋ていうカタブツで顔もそこまで悪くはない彼氏がいるしいいのか。こいつらどこまで進んでるのかな、なんて下品な俺は考える。
 ――別にいいじん、どうせ南田が会長になるんだから。
 ――そういう問題じないでし。ちんと話合わないと――
 ――、俺が会長でもいいわけ?
 ――その気があるなら、別に私はそれでもいいと思うよ。
 俺は立ち上がた。そのときには、はきりいてかなりでき上ていた。
 ――今回の選挙では、この有賀に! 有賀党に清き一票を! あ、有賀党でありがとうだ! なんちて! カハハハ!
……でも、だからてそれで本当に俺がやるわけないだろ!」
「そうかな? みんなも面白がてたし、それはそれで面白いんじないて話にもなてたし、じあ有賀くんにやらせてみるかて話になたんだけど」
 南田はそう笑んだ。そこで、気づいた。いつもの毅然ときりとした雰囲気の南田らしくない、なんだか疲れたような顔。
……何かあたのか? だて、おかしいだろ。南田だて、会長やりたかたんじ――
「実は、ちと前に別れたんだよね、大橋くんと」
 絶句。
……みんな、知てるの、それ」
「一部の人は。だから、みんな有賀くんが会長やるて言て反対しなかたんだよ」
「でも……なんで? お前ら、うまくいてたんじないの?」
「面白くないて言われた」
 失礼しちうよね、自分だて面白いわけじないのに。そう南田は笑て、ストローを再びくわえる。手にしていたカプの残りをずずずとすすた。

 フストフード店を一人で出て、大学に戻る気にもならず、自宅マンシンに戻た。寂しそうに笑んだ岡島の顔が頭から離れなかた。
 生真面目で、近寄りがたくて、面白みがなくて損してる女、南田。
 そんな彼女も、なんだかんだで普通の女子なんだと知た思いだた。

 南田はそれから一週間、サークルに顔を出さなかた。大橋に気を遣てか、誰もそのことに触れない。それがまたもどかしい。あんなに一生懸命練習してきた南田なのに。
 南田の顔が脳裏から離れなかた俺は、その日、とうとう南田を大学から二駅離れたところにある練習スタジオに呼び出した。
「どしたの?」
 なんて言いつつ、南田は来てくれた。表情は、一見すると明るかた。
「センしよう」
 セン? 南田は少し困惑したように俺を見返す。
「ギターないよ」
「スタジオでレンタルできるだろ。金は俺が払う」
「ま、いいけど……有賀くんて、センなんてできるの?」
 センというのは、テンポとコード進行だけ決めて、アドリブで楽器を奏でることをいう。適当にしかギターの練習をしてこなかた俺としては、はきりいて大の苦手でもあた。が。
「やる!」
 二人でスタジオに入り、六畳ほどの小さな防音室でギターのセングをした。俺がテンポを決め、南田がコード進行を決めた。準備は? OK!
 1、2、3……
 カウントをして、二人同時にギターをかき鳴らした。

 開始一分も経たず、南田にダメ出しされた。
「コード違てる!」
「拍取れてない!」
ていうか、ギター弾けてない!」
 ひどい言われようだが、十分もやていたら段々と形になてきて、楽しくなてきた。南田も小さく体でリズムを取り、必死にギターをかき鳴らす。
 三十分ほどやて、どちらともなく手を止めた。わずかな余韻と共に、防音室は静かになた。
「あのさ」
 自分の手の中にあるギタークを見つめたまま、南田に声をかける。
……辞めるとかいうなよ、サークル」
「どうかな」
 顔を上げると、肩からギターを下げた南田は笑んでいた。どうしてこうやて、いつも笑てられるんだ。
「突込んでくれる奴がいないと、寂しくなるだろ」
 南田はゆくりと腕を上げ、そして勢いよくピクを振りおろした。無茶苦茶なコードが、狭いスタジオの中に鳴り響いた。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない