第7回 てきすとぽい杯
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足音の存在証明
茶屋
投稿時刻 : 2013.07.20 23:15
字数 : 1772
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足音の存在証明
茶屋


 現実とは何か。
 夢とは何か。
 悲劇とは何か。
 あるいは草の海原で眠る羊の
 あるいは濃密な空気で泳ぐ魚の
 あるいは金貨を貪る虫達の
 
 夢想家は現実の辛さに耐え切れず
 リアリストは理想の重さに耐え切れない。
 見ているものが違うのだと、あるものは諦め
 戦うことに疲れたものは、他者の夢を呪う。

 そんな現実の中を、僕は生きている。友人たちは既に諦めてしまたこの世界で、僕は生きている。

 足音が響く。
 こつ
   こつ
     こつ
       こつ
         歩くタイミングに合わせて。
       こつ
     こつ
   こつ
 こつ
 自分の足音とは思えぬほど、明確に、しかりと、響く。
 自分が確かに存在していることを確かめるように、耳に刻んでいく。
 ただ、自分の意志で歩いているのだけれども、何だか自分の意志に反して足が動いているような気がする。
 立ち止まてみようか。
 ふとそう思たが、そんなことは出来なかた。
 怪しげな行動は出来ない。僕は支配されていない数少ない人間でなのだから、気取られてはいけないのだ。
 監視されているかもしれないという恐怖は絶えずつきまとているし、その危険性は常に存在する。
 だから、足音が自分のものであることにも本当は自身が持てない。
 プロならば、もしくは足音をさせず追跡してくるかもしれない。だから僕は人混みと人気のない路地を交互に通て行く。
 絶対に安全というわけではないが、今までこうすることで危険を回避してきたのだ。
 「カルタヘナ・デ・インデアス党に清き一票を」
 選挙カーが横を通り過ぎていく。
 まがい物だ。
 本当は選挙なんて存在していないのだ。もちろん選挙というシステムは存在しているし、投票も数え上げられるだろう。けれどもそれは政府やメデアに操られた結果なのだ。政府は既に結果を知ている。その結果に達するように国民たちを仕向けるのだから。要は茶番なのだ。
 だが、だれもそれに気づかないふりをしている。
 そりそうだ。
 政府になんて勝てこない。
 歯向かた人間は皆、なかたコトにされる。皆の記憶から消され、記録も残らない。
 そう、皆消えていた。
 エルナンドも、カミーロも、エドアルドだてそうだ。
 皆、消えてしまたんだ。
 ガブリエルが消えた晩の事は今でも鮮明に思い出すことができる。僕は行きつけの飲み屋で、一人で琥珀酒を煽ていた。時刻は九時。いつもならガブリエルが陽気な歌声でカウンターにつき、ビールを煽りだすのだが。不思議に思て、僕はマスターにガブリエルは今日は来ないのかな、と聞いた。けど、マスターはこう答えたんだ。

「ガブリエルて誰だい?」

 その時、僕は全てを悟た。
 ガブリエルは消されたんだて。
 そうして、幾人もが僕の目の前から姿を消していた。
 人を消し、記憶も記録も消すほどの力を持ているのが政府のどこの組織なのか、僕は知らない。
 僕は、孤独なのだ。ある意味では孤独だからこそ消されずに生きていられるのだ。
 多分、反政府組織のようなものもこの世には存在するのだろうと思う。
 入ろうかと思案したこともある。
 けれど、思たのだ。そんな組織の存在を、政府が見逃すはずがないと。
 罠なんだ。
 おそらく反政府組織は政府が作たものだろう。僕のように政府に疑問を抱く人間をおびき寄せるための。
 そんな罠におびき寄せられるものか。
 だから僕は人との接触を避け、どこにも属さず、怪しまれぬように生きていく。
 生き残るために。
 
 生きていく。
 
 これからも、ずと。

 この、現実という世界で。

 例え、僕だけにしか見えなくなても。





 考え事をしていたから、前から走てくる子供に気が付かなかた。
 ぶつかて初めてその存在に気付いた。
 ふと、振り返ると男の子は申し訳なさそうに僕を見上げていたので、大丈夫だよというように笑顔で答えた。
 子どもたちは純真だ。
 政府の洗脳もこの子たちにまでは及んでいないだろう。
 男の子は笑顔を返してきた。
 そして手を突き出してきた。何か、白いものが握られている。
「消しゴム!」
 そう、大きな声で言た。屈託のない笑顔で、思わずつられて笑てしまう。
 けれど、その笑顔も長くは続かなかた。
 僕の右腕は、忽然と消えていたからだ。
 ない。
 ない。
 何度見ても、何度触れてみても、そこには何もない空間だけがある。
 はとして、男の子のほうを見やる。
「なんでも消せるんだよ!」
 男の子は自慢げに言た。
 僕の顔は恐怖に歪む。
 嫌だ。
 嫌だ。
 こんなところで僕は消えるわけにはいかな
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