恒例!お盆スペシャル企画 掲示板は文学である大賞
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投稿時刻 : 2013.09.30 22:27
字数 : 2175
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草稿
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


 朝、目が覚めたら、胸にぷすりと穴が空いていた。
 胸に穴が空くなら普通はぽかりと表現するべきなのかもしれないけれど、僕は目覚めた瞬間、それがぷすりと表現すべき音を立てて空けられた穴なのだと確信していた。
「あなたがそう思うならそうなんじない」
 隣で寝ていた彼女はそう言うとにと笑た。薄紅色の艶のある唇はふくらしていて色ぽかた。
「でも、なんでぷすりなんだろう」
 と僕が言うと、彼女は何も答えずベドから抜け出してリビングに向かた。
 彼女の寝室にはほとんど何も置いていない。簡素でシンプルだ。無機質だけどそれも彼女らしい。唯一少し散らかているのは部屋の隅においてある小さなデスクだ。万年筆と原稿用紙が広げてある。彼女は大手商社に勤めるOLでありながら、売れ子作家でもあるのだ。その書きかけの原稿に何気なく目をやると同時、彼女が突然言た。
「左胸?」
 唐突な問いに僕が首を傾げると、彼女はもう一度問い直した
「穴が空いていたのは、左の胸なの?」
「うん、そうだね」
「痛い?」
「いや……痛みは特に――
 そう返しかけて、もう一度、僕の左胸からぷすり、という気配がした。今度は、ぷすり、という感覚がはきりとした。多少の痛みもあることに気付いた。胸に穴が空いたと思たけれど、よくよく考えれば、胸に穴が空くてどういうことだろうと思たし、でも僕はその瞬間、ぷすりと胸に穴が空いたのだと、なんとなく確信した。
「肋骨てさ」
 彼女は詩を詠うように突然そう言い放た。
「格子みたいじない?」
「え? あー、まあ、そうかもね」
「原稿用紙に似てる」

 その瞬間、僕は回想していた。目の前の彼女と会話をしていたはずなのに、突然に意識が、大昔へと飛んでいた。

 小学生の頃、僕はいじめられこだた。
 いじめて言ても、きうびニスで話題になてる、トイレで裸にひんむかれたとか、給食の牛乳にゴキブリを入れられたとか、そういう過激なやつじない。ただ、クラスでボス的なポジシンにいた男子が、子分に僕の私物を隠させて、それがなくなたことに気付いて慌てたりオロオロしたりする僕を遠巻きに似てニヤニヤクスクス笑うのだ。底意地の悪い嫌がらせだた。僕の心は毎日深く傷ついていた。残忍な悪意に晒されて、毎日胸がしくしく痛んでいた。
 折りしも当時、中高生がイジメを苦に自殺するのが流行ていて、テレビは連日そのことを取り上げていた。学校でもその対策に励んでいて、学級会なんかでいじめ問題を扱う機会が増えていた。
 いじめこのリーダーは、猫をかぶるのが得意だた。大人たちの前では完璧な優等生だた。勉強もできたから先生には特別気に入られていた。ある日の学級会で書かされた「思いやり」がテーマの作文が、学年優秀賞に選ばれ、図書室の掲示板に張り出されたのだ。
 あの日の夕方、図書室は閑散としていた。司書さんも他の生徒もいなかた。僕は怒りなのか悲しみなのか自分でもわからない気持ちを抱えて、張り出された作文を一枚一枚読んでいた。入賞した生徒達の思いやり作文はどれも陳腐でつまらないきれいごとの羅列だたけど、いじめこリーダーの作文はその中でも群を抜いてうそ臭さがひどかた。僕を毎日あんな風に嘲ているお前が、いじめは許されない、だて? 思いやりの気持ちは誰でも持てるはず?
 僕は怒ていたし、悲しかた。僕の苦しみは誰もわかてくれないのだ。こういう作文が書けるやつばかりが、嘘をつけるやつばかりが、悪いことをしては世の中を上手くのし上がていく。不公平だ。許せない。
 僕はいじめこの作文を引き剥がしてめちくちにしてやりたかた。思わず手が伸びた。だが情けなくも怖気づいた。負けるな、それでも男か。間違たものをこんな掲示板に貼らせてなんか置かない!
 自分を叱咤して、もう一度僕は手を伸ばした。乱暴に引き剥がす勇気はまだ起きなかたので、とりあえず目の前の画鋲を引き抜いた。右上の支えを失た原稿用紙が、かさ、と音を立てた。原稿用紙の右上の角が僕に向かてきた。思わず僕はのけぞてきた。原稿用紙に攻撃されたみたいだた。怖くなて、慌てて画鋲を指しなおそうとした。
 グリーンの少し柔らかい掲示板に、画鋲を刺しなおすと、ぷすり、という感触がした。不思議な弾力が金色の画鋲越しに指に伝わてきた。妙な気持ちのよさがあた。
 きもちいい!
 掲示板の画鋲を刺すのてなんて気持ちいいのだろう!
 僕は知てはいけないものを知てしまた。いじめ子リーダーの作文を留めている画鋲を引き抜いては、ぷすり、ぷすり、ぷすりと何度も掲示板を刺した。原稿用紙にはいくつもの穴が空いて、みすぼらしくなた。ざまあ見やがれ。僕はあいつの隠された本当の汚い胸の内を白日の下にさらしてやた気分になて、とても気持ちよかた。僕は放課後の図書室でいつまでもいつまでも画鋲を刺し続けた――

……思い出した……
 僕は震えながら呟いた。
「この胸の穴は、あのときの……
 顔を上げて彼女を見つめる。彼女は何故か、苦しそうに顔をゆがめていた。
「どうしたんだ?」
「違う……これは違う……あんまり掲示板がテーマの小説ぽくない……ボツだわ」
 彼女がそう呟いた瞬間、僕は、その世界から消えた。
 いや、僕だけじない、その世界そのものが、跡形もなく。
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