第9回 てきすとぽい杯
〔 1 〕…〔 8 〕〔 9 〕«〔 作品10 〕»〔 11 〕
父のスーツ
投稿時刻 : 2013.09.21 23:43
字数 : 1351
1 2 3 4 5
投票しない
父のスーツ
鳥居三三


 「かつて我々は地球と戦ったのだ」と先生は言う。授業をうけている自分からすればあまり実感はない。
 ここが地球でないのはわかっている。「地平線」はここにはない。地面を辿れば目線は次第に上にいくことになり、雲は通り過ぎてはいくが、また戻ってくるところを確認できる。しかもその雲はある程度こちらの都合で調整可能だ。空の上に家や建物があって、さらに地面があってもそれはごく当たり前のことだと思っていた。
 ただ、自分はここ以外の場所を知らない。教科書のデータには、どこまでも広がる海の風景や、少し前までの独裁国家と威張りちらした国ともいえない主に地球の集団との「ケンカ」の話、そしてその「ケンカ」の中で生まれた新兵器のめまぐるしい活躍についての話がたっぷり詰まっているが、どれもそれを切羽詰まった話として実感することができない。
 特にこの場所は、いまでは大きな「船」の航路があるわけでもなく、ちっぽけな連絡船が忘れない程度にたまにくるぐらいのところで、自分でいうのもなんだかすっかり田舎だ。
 もうすこし都会に出てみればわかるのかもしれない。しかしながら牧場と廃品回収業と生業とする一家の長男、でも片親で母しかいないという、都会だったらすぐにややこしい家庭事情を探られそうな家の事情がある。結局のところ、あと2年もしたら大学なんぞには行かずとっとと家業をやってくれ、と宣告された立場では、将来仕事で出かけることはあっても、遊びに繰り出したまま4、5年ぐらい真の自由の探求のための放蕩、平たく言えば大学生活を送りたいといった類は体験させてくれないのだろう。前ならケンカして口をきかないでいる余裕もあっただろうが、若いなりには、データや書物からどうにか理解する「現実」やら家族愛やらにほだされる裏にある現実を考えると、心にブレーキがかかるぐらいには臆病であったり。
 まあ、あと、単純に遊びにいくなら、地球にいくより月面の都市で遊ぶほうがよっぽど近いし、それで事足りている。
 新兵器、と先ほど言ったが、具体的にいうなら人型のロボット兵器のことだ。中に人が乗り込んで殴り合いをする。たまに打ち合いをする。でもかなり遠くから狙うとか、電子機器を存分に使っての遠距離攻撃ができないといった有り様で、「結局人類は地球を離れて宇宙に来てまで、スーツを着て原始的な殴り合いをすることしかできなかったのだ」と、終戦時の独裁国家、つまりこちら側の「責任者」が発言を残している。総統も首相も将軍もすべて狩られてしまったので、最後に残ったのが「責任者」という名前になっている、とは何度も聞いたが、いつもそれを言う度に先生や親戚が、なんともみじめなことだという顔をしたり言葉を聞くので、正直この話が本当に苦手だ。うんざりする。
 先生は続ける。
「この人工居住地域にも敵はやってきました。その『船』の数は20隻から25隻と言われています。そしてそこから出てきたスーツは500体以上。それに対してこちらのスーツは10体しかありませんでした。しかし見事敵を殲滅したのです。そのスーツに乗り込んでいた10名の名前を、今日はもう一度復唱しましょうね」

この授業はうんざりだ。でも、復唱するところはそうでもない。
実は、少々照れくさい。

今はいない、父の名前がそこにはあるから。
← 前の作品へ
次の作品へ →
1 2 3 4 5 投票しない