*――創文板 将棋祭――*
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人間将棋
(茶屋)
投稿時刻 : 2013.11.10 22:58
字数 : 5120
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人間将棋
茶屋


 ふと、何もかもが馬鹿らしくなって、会社とは反対方向に向かう電車に乗りました。行き先など決めず、気の向くままにできるだけ遠くへ。どこへ行きたかった、そういうのものは当然ありません。強いて言えば、どこかへ、遠くへ。最初のうちは会社へ行かなかったことの罪悪感が波のごとく寄せては返していきましたが、次第にそれも消え去っていき、まっさらな心で車窓に見える風景を眺めることが出来ました。
 紅葉の時期は過ぎてしまいましたが、それでも窓越しにみる山々の姿はどれも新鮮に見えて心に響くもがありました。休みの日には旅行に行くこともあるのですが、休みの日はストレスを発散せねば、楽しまなければという切迫感に追い立てられて、景色が綺麗だとか、とても楽しかったのだとか無理やり自分に言い聞かせていたような気がしないでもありません。そんな、快に感じることを義務付けられて景色を見るのとは違い、ただ、そこにある景色を何も考えずにぼんやりと受け入れていると、ほんとうの意味で景色を感じ、楽しむことができるのだと知りました。
 電車は北へ北へと向かっていきます。山の色合い、空気の質感が変わっていき、どこか冬の息遣いも感じられるようになってきます。晴れ間の覗く空模様でしたが、その光はどこか冷たく、温かい車内とは隔絶された、窓を一枚隔てての異世界がそこにはあるような気さえしました。
 ゆるやかな微睡みの中で、私は、どこかへ。どこかへ。

 降り立ったのは「あめのわらべ」という面白い伝説でもありそうな名の駅でした。
 そろそろ電車に揺られるのも飽き飽きし始め、腰も痛くなってきたので、電車での旅は終わり、今度は徒歩での旅に切り替えることと相成りました。
 息が白くなるほどではありませんでしたが、冷たい風に身震いしながら町の中を歩いてゆきます。どうやら温泉街のようで、道の両側には土産屋が並び、店先で田楽のようなものを茹でる鍋から立ち上る湯気がどこか旅情を誘う光景となっているのです。
 しばらくすると私はあることに気が付きました。将棋の駒が、土産屋の店先に並び、町の至る所、例えば橋の欄干の柱の上に飾られているのです。どうやらここは将棋が盛んな町のようです。しかしここまで将棋の駒ばかりだと、どこか滑稽で、可笑しみさえ感じます。でもどこかその背後に不気味さが何故か感じられました。もともと将棋はインドのボードゲームが元になっていると聞いたことがあります。そのゲームはある僧が戦争をやめさせるために王に献上したのが始まりとされています。そのゲームもやはり将棋と同じようにそれぞれが王や兵の役割を担っているのです。
 戦争の代替物としての将棋。
 兵の代替物としての駒。
 そこに込められた意味合いは、どこか不気味で呪術めいているような気がします。だから、将棋の駒がそこかしこ飾られているこの町は兵士達に監視されているような不気味さを感じ取ったのかもしれません。もちろんそれは考え過ぎというものですし、その考えが私が直感的に感じた不気味さの原因なのかも定かではありません。とはいえ、不気味さは時折垣間見える程度で、それほど気になるものでもありません。
 歩くのにもやや飽きてきた時、バス停にバスが止まっていたので何となく乗り込みました。やや古びたバスでエンジン音が煩く、揺れも大きく感じられます。
 落葉を散らし尽くした木々の間を抜け、小高い山へと登っていきます。乗客の顔はどこか陰鬱で、不安が掻き立てられましたが、考え過ぎでしょう。客の顔が陰鬱だからといって、これと言って何か影響があるわけでもありません。せいぜい居心地が悪いというぐらいなものです。
 ですが、不気味なのはそれだけではありません。いつまで経っても停留所に止まらないのです。普通のバスだったらもう一箇所目ぐらいの停留所は通りすぎてもいい頃合いなのですが、いつまでたっても止まる気配がないのです。普通のバスではないのだろうか。高速バスではないと思うだけれど。そんな不安を抱いていてもバスは止まることはありません。
 やがて、バスは開けた高台の広場に止まりました。どうやら公園になっているようで、何か催し物が行われているのか、幟が立ち並んでいます。
 人間将棋。
 幟にはそう書かれていました。将棋の町ならではのお祭りといったところでしょうか。他の乗客が続々と降りていくこともあり、興味を覚えた私もそこで降りることにしました。
 見物料はいくらぐらいだろうと考えながら、見学者の列に並びます。やけに背の低い、張り付いたような笑顔を浮かべたような男が客達を振り分けていました。入り口が二つあるようだが、振分の規則性がわからりません。それほど混雑しているわけでもないのに、わざわざ列を分けている意味もよくわかりませんでした。それでも誘導されるがままに進んでいくと、行き着いたのは観客席ではなく、控室のような場所です。そこでは数人が甲冑を着ているところでした。何かの間違いだろうと思って案内の人間に聞いてみても、要領のある答えは得られず、とにかく着替えてくださいの一点張りで、仕方なしに着替えることになりました。
 甲冑を着てみると意外と楽しいもので、何だか不思議な気分でした。無意味に歩いて甲冑をカシャカシャと鳴らしてみたりしていると、案内の小男が呼びに来て、会場へと連れだされました。
 公園の中央部に据えられたマス目。そこには椅子が並べられていて案内された私達はそこへ腰掛けていきます。私達と対面するように、別の色合いの甲冑を纏った人たちが座っていきます。
 ああ、これが人間将棋というものかと感心していると、最後に軍師のような格好をした人が両軍の背後の櫓にそれぞれ現れました。どうやら、棋士のようです。太鼓が打ち鳴らされるとともに観客席から拍手が巻き起こります。皆笑顔です。甲冑に身を包んだ司会の男が時折冗談を交え、二人の棋士を紹介します。どこか気の抜けた、和やかな雰囲気に私はほっとしていました。何かの手違いで将棋の駒として参加することになったものの、これはこれで楽しめそうだと思い始めていました。
「7六歩」
 拍手がまばらになったのを見計らって相手方の棋士が言い放ちます。するとちょうどのその面にいた歩にあたる人が指示された場所へと動きます。
 なるほど人間将棋というわけです。人間を駒に見立てて、実際に将棋をするということなのでしょう。
「8四歩」
 後手となったこちら側の棋士もまた将棋をマイクに向かってしゃべり、指示されたものが動きます。私は9七歩の位置にいます。動けるのは9六歩。そういわれれば動けばよいのでしょう。もし気づかなくとも、誰かが教えてくれるに違いありません。将棋のことはよくわかりませんが、これならばなんだか楽しめそうな気がします。
 時折棋士や司会の冗談が混じり、終始和やかな雰囲気で対局は進んでいきます。5五歩に進んだ歩とそれに向かい合った歩。向かい合った瞬間、二人の歩は刀を抜き放ちます。模倣刀とはわかっていますが、臨場感があってどきどきしました。
 同歩。
 次の手で私の側の棋士が歩を取る手を打ちました。
 すると、我々の側の歩は刀を振り上げ、相手方の歩に切りかかります。キーンという刀の音。相手方は刀でそれを防ぎます。素直には切られないというわけです。演技とはいえ二人とも力のこもった熱演で非常に緊迫感があります。見ているだけのこちらも手に汗を握る、真剣な殺陣です。徐々に押される相手方、刀を弾かれ最後には、バッサリ。
 血しぶきが舞いました。
 これまた手の込んだ演出。
 悲痛な叫びが響きます。
 これまた迫真の演技。
 追い打ちがかかります。
 また血しぶき。
 首を貫通する刀。
 いったいどういう仕掛けなのでしょう。
 相手方はこぽこぽと音を立てて、口いっぱいに血を溜め込んでいます。
 ついには事切れ、盤上に果てます。
 時折、ピクリピクリと動きます。ずいぶんとリアルなものです。ここまでとは思ってもみませんでした。それでも観客から歓声が上がっており、とても盛り上がっている様子です。
 いやはや、ずいぶんと血なまぐさいイベントです。町おこしとはいえ、よくここまでのものが行政から許可されたものだと思います。
 同角。
 すると今度は相手側が角で血まみれの歩を取りに来ます。
 槍を持った武者が獣のような咆哮を上げながら歩に向かって突進しました。鈍い音がして、歩は抵抗する間もなく槍に鎧ごと貫かれてしまいました。刀を取り落とし、膝を突きます。
 力任せに槍が引き抜かれると、血の他にどろりとしたなにかも腹に空いた穴から流れ出しました。死んだ目でそれを眺めていた歩でしたが、やがてどさりと倒れます。
 死体役の者が二人倒れこんでいる桝目に角が入ります。二つの死体を踏みつけながら。
 どうも、死体役の者は動く気配はありません。ふつう、外にはけていくものなのではないでしょうか。そもそも将棋は相手の駒を取った場合、自分の駒となるのではなかったでしょうか。不思議に思って後ろを振り返ってみると、盤の外側に甲冑を来た者が控えています。一応は、駒を取ったことになっているようです。ただ、戦場のリアルさ重視とか言ったところでしょう。
 リアルだけなのです。
 あくまで、リアルなだけ。
 対局が進み、またこちら側の歩がやられます。刀で切られ、悲鳴を上げて倒れます。
 リアルです。
 とても。
 同角。
 槍で首を突かれた武者は声も上げずに首から血を流して、倒れます。
 まるで本物のようです。
 何故だか、嫌な汗が流れてきます。スプラッタ映画も割と平気な方でしたが、どうやら臨場感がありすぎると駄目なようです。あまりにリアルで、あまりに本物のようで、怖いのです。
 それからしばらく、人が倒れるような動きはなく、淡々と両者が陣を固めていきます。司会が何やら解説していますが、私にはよくわかりません。
 また、歩が倒れました。
 観客は歓声を上げており、手を叩く音も聞こえます。残酷な観客たちですが、これが本物ではない証拠のはずです。
 本物のはずがありません。
 本当に人が切られているはずがありません。
「9六歩」
 私の目の前です。私は震えながら、足を進めます。
 本物じゃない本物じゃない本物じゃない。
 そう自分に言い聞かせながら。
 前のマス目に進み、相手側最もぶつかる可能性が高いのは、一つ先のマス目の歩。
 大丈夫、と言い聞かせながら、心を落ち着かせようとします。
 その間にも対局は進み、血しぶきは上がり続けます。
 本物なわけがない。マス目に倒れている死体を見ながら、そう自分に言い聞かせます。濁った眼を全く動かさず、呼吸を挙げている気配もなく、時折痙攣したようにびくっと動くだけですが、きっと死体の演技がうまいだけなのです。
 盤上はどんどん血の色に染まってきて、血に似た臭いが立ち込めます。飛び散ってきて頬についた赤い液体は鉄のような味がしました。
 ああこれは、やっぱり本物かもしれない。
 そう思うと震えが止まらず、鎧がカチカチとなります。
 頼むから、頼むから私を動かさないでください。私に向かってこないでください。
 恐怖が私を苛んでいきます。
 非常にも対局は進んでいきます。形勢は全くわかりません。ただ、このまま何もなく終わってほしいと願うばかりです。
 まだ、死にたくはないのです。こんなよくもわからぬ町で、よくもわからぬイベントで死にたくはないのです。死ぬわけにはいきません。こんなこと許されるわけがありません。これが終わったら警察に行って訴えてやるのです。こんな残酷な殺し合い、現代にあって良いはずがありません。
「参りました」
 救いの声が、盤上に響きます。
 どうやら我々の側の棋士が破れてしまったようです。詰みのようです。
 あまりの安心感に私は思わず膝を突いてしまいました。するとそれに合わせるように我々の側の駒たちが皆膝をついて正座のような格好になるではありませんか。残酷な人間ばかりが参加しているものと思っていましたが、皆安堵しているのでしょう。皆甲冑を脱ぎ始め、短刀を抜きます。はてな、と思っていると相手方の駒たちが我々の駒それぞれの背後に立ちます。
「皆、すまぬ」
 棋士の声が聞こえ、振り返ってみると、短刀を腹に突き立てているではありませんか。そして背後に控える武者が、刀を振り上げ首が、ごろりと。
 切腹。
 負けたものは切腹をしなければならない。
 そんな馬鹿なことがあるわけ……。
 ごろ、ごろ、ごろ。
 次々と首が転がってきます。
 盤上を転がる、首、首、首。
 いやだ。
 そんな、私は、まだ。
 逃げ出そうにも立ち上がれません。這って逃げようにも、敵の駒に押さえつけられています。
 そして、白刃が振り上げられ、太陽に光を受けて、煌びやかに輝きました。

 
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