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夏の終わりの汚れたブルー
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2014.02.08 19:06
字数 : 2455
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夏の終わりの汚れたブルー
犬子蓮木
夏。海。僕は溺れて、そして助けられた。助けてもら
っ
た人と縁ができて、僕はその人と付き合うことにな
っ
た。その人は綺麗な人で、僕みたいな何にも才能もなく、容姿も悪いような人間からすれば、も
っ
たいないぐらいな人だ。
それなのに、僕の心の中には、わだかまり、も
っ
と言えば違和感のようなものがある。
僕はその人のことを嫌いなのかもしれない。
なんどか会
っ
て、それから告白されて、それで返事をした。助けて貰
っ
た人に対して、断るなんていう選択肢が選べなか
っ
たのだと自分でわか
っ
ている。
その人は僕のことを褒めてくれる。
「やさしいね」とか「ひどいことを言わないから」とか。それはいいのだけど、褒める言葉は僕を束縛するのだと僕は思
っ
ている。
褒められたならそうしなければならないと、僕は貰
っ
た言葉を大切にしまい込んで、心の中で繰り返して、そうして、ほんとうの僕からずれていくことを我慢しなければならない。
僕の中にはやさしくない一面がある。
僕の中にはひどい言葉を発する一面だ
っ
てある。
XXX! XXX!
そんな僕の我慢は命を救
っ
てもら
っ
たという恩だけを重みとしていつまでも海の底へとゆ
っ
くりと沈んでいく。光の届かないプレ
ッ
シ
ャ
ー
ばかり増えて行く海の中へと、深々と、暗く暗く。助けてもら
っ
たから。
二年後の夏。蝉がじんじんと鳴き、汗が顔をつた
っ
て落ちていく日中に、僕とその人は駅前の喫茶店にいた。僕の実家に行
っ
て、両親に挨拶をしてきたところだ
っ
た。
「緊張したね」
「そう?」僕は言う。
「それはするよ」
「あんまりそうは見えなか
っ
た」
その人はいつも明るく。まぶしくて、どんな人ともすぐに仲良くなれる。僕の両親もすぐに気に入
っ
たみたいで、僕になんても
っ
たいがないと笑
っ
ていた。
「僕になんても
っ
たいがないよね、ほんと」
「そんなことないよ」
その人は、ほがらかに笑う。
「明日は海にいこう」
「なんで急に?」僕はたずねた。
「忘れたの? 記念日じ
ゃ
ない」
「僕が溺れた記念の日」
「そう。だから会えたでし
ょ
」
その人は、あの日のことを笑
っ
て話す。僕が死にそうにな
っ
たときのことを。助か
っ
たから笑い話。それはそうなのかもしれない。僕も笑
っ
て話すことはある。だけど、そういう気分じ
ゃ
ないときだ
っ
てある。でも、僕は笑
っ
ている。
やさしく。
「はじめて私を見たとき、どう思
っ
た?」
「覚えてないよ、大変だ
っ
たんだから」
溺れて砂浜にあげられて、それからや
っ
と目をあけたときにたぶんその人の顔を見たとは思う。
「天使みたいとかないの? そのとき好きにな
っ
ち
ゃ
っ
たとか」
「ないね。でもそのあとお礼に行
っ
たときは綺麗な人だなと思
っ
たよ」
そういうとその人はまた笑
っ
てくれる。いつものことだ。
僕の頬から汗が落ちる。ふいに聞いてみたくな
っ
た。
「もし僕が嫌いだ
っ
て言
っ
たらどうする?」
「なにを?」
僕は声に出さず。その人を見つめる。いつもみたいな笑顔がくずれて壊れそうになる。
「なんでそんなこと言うの?」
「ごめん。ただもしいつかそうな
っ
たときどうなるのかな
っ
て。未来は保証できないし、結婚は墓場だなんて言うでし
ょ
」
「マリ
ッ
ジブルー
?」
またその人は笑顔を取り戻した。
僕が不安にな
っ
たら、僕を助けるのがその人の役目だ
っ
て、思い込んでいるんだ。僕は僕だけで生きていけるのに、ほんとうは助けがいるのは自分のほうなのに。き
っ
かけがあ
っ
たから、役割が決ま
っ
た。性格という表面的なものがあるから、周りから期待されて、束縛される。
「大丈夫だよ。私たちはそんなことにはならない」
「うん」
僕は笑顔を作
っ
た。精一杯に笑
っ
た。それが僕がしてあげられる唯一のことだから。僕はあのとき助けられたから、消えてしまうはずだ
っ
た残りの人生の使い道を目の前の人に委ねることにな
っ
たのだ。
「じ
ゃ
あ、明日は海ね」
「うん」
海。都内からすぐに行ける海は基本的にきたない。黒くて、ゴミが浮いていて、それでも大勢の人が我慢して楽しんでいる。
僕もその人もデー
トになんかふさわしくなく泳いでいた。僕はあの日、助けられたけど、実際のところ泳ぐのは得意だ
っ
た。あのときは足がつ
っ
て溺れたけど、普通に泳げば負けたりはしない。
もし、今、隣にいる僕の結婚相手が溺れたら、僕は全力で助けるだろう。そうすれば僕と相手をつなげる重く苦しい鎖の束縛は消えてなくなるかもしれない。
どちらが優位でというわけではなく。
対等に。
はじめて向き合えるかもしれない。
そんな切なる願いも当然、叶うこともなく、僕らは砂浜にあが
っ
た。
眩しい太陽が綺麗なその人を照らす。プロモー
シ
ョ
ンのポスター
みたいに美しい人間が真夏の海で輝いている。僕はそんな眩しい人を映すカメラで、記録する媒体だ
っ
た。
いつかその人が明るい過去を思い出したくな
っ
たときに僕というデバイスを動かして、「どう思
っ
た?」なんて僕のスイ
ッ
チをいれる。
そうして、僕はゆ
っ
くりと、美しい歴史の語り部となる。
僕の人生はそのために存在している。
僕が助けられたとき、そう決ま
っ
た。
恩がある。だから僕はそれで良いと思
っ
ている。ただ、僕はその人のことを好きではないのに、僕も好きだと錯覚したままなのは失礼じ
ゃ
ないかという葛藤があるだけだ。
それでいいのかはわからない。
たぶん近いうちに崩壊の瞬間が訪れるのかもしれない。
そうであればいいなと思い、そうな
っ
てほしくないとも思う。
「あついなあ」僕は思わず声をこぼした。
「もうい
っ
かい行こうか」
「うん」
僕らはまた海に向か
っ
て、僕はひとり内緒のお願いを神様にする。叶う確率はほとんどない。体にまとわりつく水分は海の水と罪悪感からの汗だろう。暑いからだなんて嘘は、内心でもつきたくはない。一番大事なところで嘘つきなくせに。
海に走
っ
てはい
っ
て、深くな
っ
たところで泳ぎ出す。僕はその人を追い抜いて、海の中で、汚い水に包まれて、孤独を感じる。ゴー
ルにしていたブイに辿り着いて追いつて来たその人のまばゆい笑顔を見る。
だから来月、夏の終わりに、僕らは契りを結ぶのだ。
や
っ
ぱり僕は、その人のことを、好きではないままなのだけど。 <了>
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