第14回 てきすとぽい杯〈オン&オフ同時開催〉
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夏の終わりの汚れたブルー
投稿時刻 : 2014.02.08 19:06
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夏の終わりの汚れたブルー
犬子蓮木


 夏。海。僕は溺れて、そして助けられた。助けてもらた人と縁ができて、僕はその人と付き合うことになた。その人は綺麗な人で、僕みたいな何にも才能もなく、容姿も悪いような人間からすれば、もたいないぐらいな人だ。
 それなのに、僕の心の中には、わだかまり、もと言えば違和感のようなものがある。
 僕はその人のことを嫌いなのかもしれない。
 なんどか会て、それから告白されて、それで返事をした。助けて貰た人に対して、断るなんていう選択肢が選べなかたのだと自分でわかている。
 その人は僕のことを褒めてくれる。
「やさしいね」とか「ひどいことを言わないから」とか。それはいいのだけど、褒める言葉は僕を束縛するのだと僕は思ている。
 褒められたならそうしなければならないと、僕は貰た言葉を大切にしまい込んで、心の中で繰り返して、そうして、ほんとうの僕からずれていくことを我慢しなければならない。
 僕の中にはやさしくない一面がある。
 僕の中にはひどい言葉を発する一面だてある。

 XXX! XXX!

 そんな僕の我慢は命を救てもらたという恩だけを重みとしていつまでも海の底へとゆくりと沈んでいく。光の届かないプレばかり増えて行く海の中へと、深々と、暗く暗く。助けてもらたから。

 二年後の夏。蝉がじんじんと鳴き、汗が顔をつたて落ちていく日中に、僕とその人は駅前の喫茶店にいた。僕の実家に行て、両親に挨拶をしてきたところだた。
「緊張したね」
「そう?」僕は言う。
「それはするよ」
「あんまりそうは見えなかた」
 その人はいつも明るく。まぶしくて、どんな人ともすぐに仲良くなれる。僕の両親もすぐに気に入たみたいで、僕になんてもたいがないと笑ていた。
「僕になんてもたいがないよね、ほんと」
「そんなことないよ」
 その人は、ほがらかに笑う。
「明日は海にいこう」
「なんで急に?」僕はたずねた。
「忘れたの? 記念日じない」
「僕が溺れた記念の日」
「そう。だから会えたでし
 その人は、あの日のことを笑て話す。僕が死にそうになたときのことを。助かたから笑い話。それはそうなのかもしれない。僕も笑て話すことはある。だけど、そういう気分じないときだてある。でも、僕は笑ている。
 やさしく。
「はじめて私を見たとき、どう思た?」
「覚えてないよ、大変だたんだから」
 溺れて砂浜にあげられて、それからやと目をあけたときにたぶんその人の顔を見たとは思う。
「天使みたいとかないの? そのとき好きになたとか」
「ないね。でもそのあとお礼に行たときは綺麗な人だなと思たよ」
 そういうとその人はまた笑てくれる。いつものことだ。
 僕の頬から汗が落ちる。ふいに聞いてみたくなた。
「もし僕が嫌いだて言たらどうする?」
「なにを?」
 僕は声に出さず。その人を見つめる。いつもみたいな笑顔がくずれて壊れそうになる。
「なんでそんなこと言うの?」
「ごめん。ただもしいつかそうなたときどうなるのかなて。未来は保証できないし、結婚は墓場だなんて言うでし
「マリジブルー?」
 またその人は笑顔を取り戻した。
 僕が不安になたら、僕を助けるのがその人の役目だて、思い込んでいるんだ。僕は僕だけで生きていけるのに、ほんとうは助けがいるのは自分のほうなのに。きかけがあたから、役割が決また。性格という表面的なものがあるから、周りから期待されて、束縛される。
「大丈夫だよ。私たちはそんなことにはならない」
「うん」
 僕は笑顔を作た。精一杯に笑た。それが僕がしてあげられる唯一のことだから。僕はあのとき助けられたから、消えてしまうはずだた残りの人生の使い道を目の前の人に委ねることになたのだ。
「じあ、明日は海ね」
「うん」

 海。都内からすぐに行ける海は基本的にきたない。黒くて、ゴミが浮いていて、それでも大勢の人が我慢して楽しんでいる。
 僕もその人もデートになんかふさわしくなく泳いでいた。僕はあの日、助けられたけど、実際のところ泳ぐのは得意だた。あのときは足がつて溺れたけど、普通に泳げば負けたりはしない。
 もし、今、隣にいる僕の結婚相手が溺れたら、僕は全力で助けるだろう。そうすれば僕と相手をつなげる重く苦しい鎖の束縛は消えてなくなるかもしれない。
 どちらが優位でというわけではなく。
 対等に。
 はじめて向き合えるかもしれない。
 そんな切なる願いも当然、叶うこともなく、僕らは砂浜にあがた。
 眩しい太陽が綺麗なその人を照らす。プロモーンのポスターみたいに美しい人間が真夏の海で輝いている。僕はそんな眩しい人を映すカメラで、記録する媒体だた。
 いつかその人が明るい過去を思い出したくなたときに僕というデバイスを動かして、「どう思た?」なんて僕のスイチをいれる。
 そうして、僕はゆくりと、美しい歴史の語り部となる。
 僕の人生はそのために存在している。
 僕が助けられたとき、そう決また。
 恩がある。だから僕はそれで良いと思ている。ただ、僕はその人のことを好きではないのに、僕も好きだと錯覚したままなのは失礼じないかという葛藤があるだけだ。
 それでいいのかはわからない。
 たぶん近いうちに崩壊の瞬間が訪れるのかもしれない。
 そうであればいいなと思い、そうなてほしくないとも思う。
「あついなあ」僕は思わず声をこぼした。
「もういかい行こうか」
「うん」
 僕らはまた海に向かて、僕はひとり内緒のお願いを神様にする。叶う確率はほとんどない。体にまとわりつく水分は海の水と罪悪感からの汗だろう。暑いからだなんて嘘は、内心でもつきたくはない。一番大事なところで嘘つきなくせに。
 海に走てはいて、深くなたところで泳ぎ出す。僕はその人を追い抜いて、海の中で、汚い水に包まれて、孤独を感じる。ゴールにしていたブイに辿り着いて追いつて来たその人のまばゆい笑顔を見る。
 だから来月、夏の終わりに、僕らは契りを結ぶのだ。
 やぱり僕は、その人のことを、好きではないままなのだけど。      <了>
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