更新履歴
- 2014/02/20 11:42:40
- 2014/02/20 11:33:23
- 2014/02/20 11:24:23

　
「たいへんだ。はき忘れた」
　朝からスカートを叩いて、ハルカは愕然とした。
　パンツをはき忘れてきたのだ。
　まだ寒い朝の空気を受けて、スカートの中がスカスカする。

　いかなる作為の賜物か、ハルカは県内でも屈指のお嬢様高校、ブルジョワジ女子高等学校へ通っているのだけれど、まさかパンツをはき忘れるような日が来ようとは、想像もしていなかった。

　ハルカは男なのである。

　別にハルカは、性同一性障害を悩んで、とか、幼い頃の虐待のトラウマがあって、とかいう理由で女子校へ通っているのではなく、単に女子高生になりたかった、女子高生へ混ざりたかった、女子高生とふれあいたかったというだけで女子校へ紛れ込んだだけの、言わばただの助平根性の持主に過ぎず、したがって、世の中に、かわいくない女子高生というのがこれほど多いのかとあきれることもあったにせよ、日々、女子高生ライフを満喫していたのであった。

　然るに、パンツをはき忘れた。
　普段から、スカートというものはスカスカとして、股間がやたらとスースーするものだと思っていたから、正門前の長い階段――ここは、先を行く女子高生たちのパンツを下から仰ぎ見ることが可能で、しかも駅構内その他の階段とちがい、女子高生たちがもはや防御することもしない最高ののぞきスポットである――、ここへ来るまで、ハルカはパンツ忘れに、気がつかなかったのである。

「まずい。下から見られる」
　どちらかといえば、ハルカの股間にぶらさがる物は大きい。
　スカートは膝丈を維持しているから、覗き込まれる心配は少ないにしても、風がある。段差がある。足運びでスカートは揺れる。
　これを人に見られたらどうなるか。

　社会的に抹殺――どころでは済まされないだろう。

「おはよーっ、ハルカ！」
　と、うしろから抱きついてきたのは、厳島コロミ。同じクラスのテニス部員。
　こいつは、ハルカのことが好きでたまらないと公言する、百合的な存在。
　愛らしい短い髪の毛を、銀のヘアピンでとめている。
「おはようございます、ハルカさん」
　と、続いて階段のやや上方で、三途川リリアンがおだやかな挨拶とともに微笑んだ。
　真性のお嬢様で、この子もハルカのことが好き。

　だいたい、このブルジョワジ女子高校において、ハルカはもてまくっていた。
「男っぽいところが好き」
「何か秘密を持ってそう」
「ていうかかっこいい」
　と、実際ハルカは男なので当然なのだけど、とにかくもてまくりで、ハルカは、入学して以来、パラダイスを生きてきたのである。

「はやく行こうよ、ハルカ」
「遅刻しますよ、ハルカさん」
　左右から手を引かれる。
　普段なら、内心のにやけを隠すのに精一杯となる朝の風物詩。
　だが今朝ばかりは。

「ああ。うう……」
　と、とりあえず階段を二段ばかりのぼったところで、


　一陣の風が、

　　　さっと、

　　　　　吹き渡って、

　　　　　　　ハルカのスカートをめくりあげた。



　……目撃したのは幸い、コロミと、リリアンと、階段の半ばで仁王立ちして挨拶していた、生徒会の三方原ヨシノ、の三人だけであった。


（つづく）

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