てきすとぽい
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【BNSK】月末品評会 inてきすとぽい
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〔 作品7 〕
生まれ変わりの日
(
ほげおちゃん
)
投稿時刻 : 2014.04.01 00:16
字数 : 7097
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生まれ変わりの日
ほげおちゃん
誰かの前で服を脱いだのは、本当に久しぶりのことだ
っ
た。それもこんなに明るい場所で
……
人工的な灯りが一つもないにもかかわらず、何故こんなに明るいのか少し不思議だ
っ
た。足元や周りは完全に純な白さで
――
それは海岸で、真
っ
白な貝殻を見つけたときに似ていた。どうしてこんなに白くする必要があるのだろう
っ
て、手に取
っ
て十分かそこら眺めてしまう。例えば今だ
っ
て、し
ゃ
がみ込んで指先で床に触れて、少しでも粗がないか探したくなるところだけど。
「心の準備ができたなら、水に浸かりなさい」
はい、と小さく返事をして、そういえば敬語を使うなんて随分久しぶりだなと思
っ
た。最近は、そんな風に接さないといけない人と話す機会なんてなか
っ
たから。だけど今は自然と敬語にな
っ
た。どうやら緊張しているらしい。そんなもの、と
っ
くに振り切
っ
たと思
っ
ていた。ず
っ
とず
っ
と、これは望んでいたこと。
「冷た
っ
」
前に進むと、神殿の中央に水が張
っ
てあり、湖のようにな
っ
ている。その縁は階段にな
っ
ていて、真ん中に向か
っ
て深く降りていく形にな
っ
ているのだけど、つま先を浸けた瞬間、その冷たさに僕は思わず足を戻してしま
っ
た。
この場には僕を含め数人いるけれど、は
っ
きり僕と相対しているのはひとりだけだ。湖の向こうの壇に立つ、白装束に身を包んだ司祭。顔は皺々で、おまけに白い眉毛も髭もぼうぼうだ
っ
たから、どんな表情をしているのかよく分からなか
っ
た。こんな言い方はよくないかもしれないけれど、枯れているんじ
ゃ
ないかと思う。雑巾みたいに絞りに絞られて、人間が本来持つべき欲を全て出してしま
っ
たんじ
ゃ
ないか
っ
て。
僕は大きく息を吐き、今度こそち
ゃ
んと心の準備をして、足を水に浸けた。
浸水していく。冷たさが僕の体に染み込んで、一体にな
っ
ていく。
ああ、これなんだ
っ
て、僕は昔のことを思い出していた。
僕が生まれ変わることを決めたのは
――
―*―*―*―
「え、女になりたい?」
太陽に焼かれたような肌の色を持つ彼は、手にしていた本を床に落として素
っ
頓狂な声を上げた。青天の霹靂、ほんの十秒前までそんなことを言われるとは思
っ
てもいませんでした、
っ
ていう。
「うん」
そんな彼の反応は想定内だ
っ
たけれど、実際にこうして対峙するのと、想像とは重みが随分違うわけで。だから小さく返事した
っ
きり、僕は用意していた続きの言葉を口に出せなくな
っ
てしまう。それどころか顔を俯けて、頭がどんどん重くな
っ
てい
っ
て、疑問符を浮かべてこちらを見つめる彼の目を、真正面から見返すことができなくな
っ
てしま
っ
たのだ。
「そ
っ
か」と彼は言
っ
た。
それはどういう意味なんだろう、と僕が恐る恐る顔を上げる前に、彼は小さく「うん」と言
っ
た。
「まあ、なんつー
かその、人にはいろいろあるからな」
「変だ
っ
て、思わない?」
「思わないよ」
即答だ
っ
た。僕は思わず顔を上げた。
「思わない
っ
ていうか、お前がよく考えて今の言葉を言
っ
たんだ
っ
てことは俺にもわかるよ」
その言葉をどう受け取
っ
ていいのか、僕は戸惑
っ
てしまう。普段は多分鈍いほうだと思うのに、僕が言
っ
てほしいと思
っ
ていることをときどき直球で返してくるから、彼は実は普段から全部分か
っ
ているんじ
ゃ
ないかとか、そんなことを思
っ
てしまうのだ。
「それで、再洗礼の儀式を受けにいくんだ」
「
……
うん」
「そ
っ
か」
ほら、や
っ
ぱり全て分か
っ
ているんじ
ゃ
ないか
っ
て、僕は心の中で叫びたくな
っ
た。
僕が女の子になりたいというのは、単に外見だけの問題じ
ゃ
ないということ。本当に、生まれ変わ
っ
てでも僕は性別を変えたいんだ
っ
て。
その理由を彼が分か
っ
ていて、もし口にしてしまえば、僕は死にたくなる。人間の誇りを穢されたような気分になるんだ!
彼はしばらく真一文字に口を結んでいたけれど、やがて決心したように口を開いた。
「なあ。や
っ
ぱり、一つ聞きたいんだけど」
「
……
なに?」
「そのさ、怖くないのか?」
「
……
怖くないよ」
心配そうに見つめる彼の目を、僕は睨み返した。
「そんな決心を鈍らせる言葉、言わないでよ」
「悪い」
そして彼は申し訳なさそうに目を下に向けたのだけど、やがて決心したかのように大きく息を吐いた。
「一つ頼みがあるんだけど」
「なにさ」
「俺も着いてい
っ
ていい?」
「え
っ
?」
今度は僕が素
っ
頓狂な声を上げる番だ
っ
た。
「君も女になりたいの?」
「馬鹿、違うよ」
彼は即座に否定したけれど、まさか彼からそれを言うとは思わなか
っ
たから、僕は一体何を言えばいいのか分からなくな
っ
てしま
っ
たのだ。
―*―*―*―
彼は文学少年だ
っ
た。
一
~
二週間に一冊読むぐらいだから、そこまでデ
ィ
ー
プではないけれど。しかし全く本を読まない僕からすれば、彼は完全な文学少年だ
っ
た。
彼はいろんなジ
ャ
ンルの小説を読んでいたけれど、どうやら少し恋愛要素が入
っ
ているものが好みのようだ
っ
た。それは甘酸
っ
ぱい話ばかりじ
ゃ
なくて、愛憎入り乱れるものだ
っ
たり、騙したり、騙されたり。彼が読む小説の中ではさまざまな波乱万丈の物語が繰り広げられていたけれど、その中で揺れ動いている人の心に、彼は腹が立
っ
たり、心踊らされたりするらしいのだ。
「
……
何してるの?」
旅の途中、街で道具の買い出しをして宿屋に戻
っ
た僕は、ベ
ッ
ドに突
っ
伏している彼を見つけた。床に落ちている本はどうやら彼の片手から滑り落ちたもののようだ。
「俺の心は破壊された」
彼は両手で顔を覆うと、泣き出すように言
っ
たのだ。
「俺、女と付き合うの無理かもしれない」
「
……
前にもそんなこと言
っ
ていたよね?」
「だ
っ
て。エドガー
が、エドガー
が
……
」
彼の言い分はこうだ。富豪の息子でエドガー
という男がいて、最初はヒロインと結ばれ仲良くしていたけど、ヒロインにはエドガー
よりも大事な人がいたのだ。その大事な人が彼らの前に現れたのだけど、あの手この手でエドガー
を陥れようとする恐ろしく悪い奴だ
っ
た。エドガー
はそいつとの関わりを断とうとするのだけどヒロインは許してくれなくて、「じ
ゃ
あ離婚だ!」と言
っ
た矢先、ヒロインからとんでもない仕打ちを受けたらしい。
「好きな人からあんなことされたら、もう生きていけないよ」
「
……
全ての人が、そんなだとは限らないんじ
ゃ
ない?」
「いや、違うんだよ」と彼が両手を広げ、ベ
ッ
ドから身を起こした。
「き
っ
とスイ
ッ
チがあるんだ」
「スイ
ッ
チ?」
彼がこくんと、首を縦に振る。
「好きな人を傷つけるスイ
ッ
チだよ! ヒロインはエドガー
のことが嫌いというわけじ
ゃ
なか
っ
たんだ。むしろエドガー
のことも好きで、大事な人とエドガー
が仲良くなれれば、なんていう都合良すぎで自分勝手な幻想を思い浮かべていたわけだけど、エドガー
が『離婚だ』
っ
て言
っ
た瞬間に切れてしま
っ
たんだよ。今までの愛情がい
っ
ぺんにひ
っ
くり返
っ
てさ、こいつを思い
っ
きり打ちのめしてやろう
っ
て
……
ああ、こわー
」
そう言
っ
て彼は両手で自分の肩を抱き、ぶるりと震えたのだ
っ
た。
本当に震えているのか、それとも冗談なのか分からないけれど、そんな本見なければいいのに。
僕は今思
っ
たことをそのまま彼に伝えようとしたのだけど、口にする直前でやめた。その代わり、別のことを口にする。
「だけどさそれ、女だけだとは限らないんじ
ゃ
ないの?」
ん、と声を上げた彼を無視して、僕はベ
ッ
ドの空いているスペー
スに腰を落ち着けた。
「だ
っ
てさ、僕らの間にもあるはずだよ。そんな言葉が」
軽口で言
っ
てしま
っ
たけど、今でもあれは失敗だ