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第16回 てきすとぽい杯
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 投稿時刻 : 2014.04.05 23:41 最終更新 : 2014.04.05 23:45
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- 2014.04.05 23:45:08
- 2014.04.05 23:41:39
僕らの終点
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


「お客さん、終点ですよ」
 今さき電車に乗り込んだばかりだというのに、アキホは僕の肩をつついてそう言た。ちと低めの声で、車掌さんの真似でもしているつもりなんだろうか。細くて丸い目がくりと動くかわいらしいアキホに、それはまたくもて似合わない。
「終点はまだまだ先だよ」
 アキホはじと目で僕を睨んだ。
「ほんとに面白くないよね、ヨシて。もと面白い返しができないわけ?」
「僕は大阪人じない」
「大阪人が全員芸人だと思たら大間違いなんだから。人種差別もたいがいにしろ」
 千葉県生まれの千葉県育ちのくせに、アキホは知たような顔でダメ出ししてくる。ヒドイ。とはいえ、アキホが僕に対してヒドくないことの方が珍しいので、もはやなんとも思わないけど。アキホに罵倒され続けてはや一年とちと。彼女の罵倒は、僕の生活におけるBGMみたいなものだ。
 午後三時過ぎ。房総半島の下の方に向かう四両編成の車両は、かろうじて空席がないくらいの乗車率だた。僕らは閉またばかりのドアに並んでもたれかかている。アキホはお正月に買てもらたという自慢の赤いエナメルのポーチを肩に斜めがけしていて、そこから取り出したオレンジ色ののど飴をおもむろに口に放た。
 きんかんの甘酸ぱいような匂いが僕の方まで漂てくる。
「それで? なんで終点なの?」
「ヨシの人生が行き詰てそうだから」
 この世に生を受けて今年で十二年目。早くも僕の人生は行き詰ているそうです。
「どう行き詰ているのか、説明してもらえると嬉しいんだけど」
「そんな頼み方で人に教えてもらえると思てんの? まずは土下座して足をなめるところから始めなさい」
「悪いけど、僕、やれて言われたらそれくらいできるよ?」
 車内にアナウンスが流れた。もうすぐ次の駅に到着する。
「それと、僕ものど飴ほしい」
「人にものを頼むときは――
 電車ががくと揺れて、バランスを崩したアキホは僕の肩に掴また。アキホはこの一年で身長がぐぐと伸びて、僕と同じか僕より少し高いくらいになた。男子の中でも背の順は前の方から数えた方が早い僕ではあたが、それは本当に残念だた。いつまで経ても、僕はアキホと対等になれない。
「セクハラ!」
 アキホに肩をつかれた。自分から僕に掴まてきたくせに、ヒドい言い草である。
 音を立てて、電車は次の駅に止また。開いたドアから一歩離れて、僕らは二つ並んだ空席を見つけて腰を下ろした。ほれ、とアキホが差し出してくれた手の中には、オレンジ色ののど飴の小袋。
 アキホのこういうところが、僕は好きだ。

 最寄駅で一駅分の乗車券を買て、当てもなく電車に乗て、飽きたら帰てくる。そんな遊びが、今の僕らのブームである。
 僕もアキホも、自分たちの街にいるのが嫌いだた。小学校というのは狭い世界である。同じ町内の子供たちが集められているというのがまずよくない。学校を出ても、誰かと遊ばなきいけない。誰かと遊んでなくても、道端で会うかもしれない。一人でいるとアイツはまた一人だて言われるかもしれないし、誘いを断たのに町でばたり出くわしたら翌日からハブにされるかもしれない。面倒だ。ちなみに今のは、前者は僕の話で、後者はアキホの話だ。つまり、僕らは小学校というコミニテにほとほとうんざりしていたわけである。
 僕とアキホは、そういう部分の考え方がきわめて似ていた。少なくとも、僕は似ていると思ている。アキホもそう思ているかどうかはわからないけど、でも似たようなことを思ているからこそ僕と一緒にいる、はず。ちなみに、僕らは去年通ていた英会話教室で仲良くなた。英会話教室は、二人そろて半年でやめたけど。
 そんな僕らが、この狭苦しいコミニテから抜け出すために考えたのが、この遊びである。お金はちとだけかかるけど、ペトボトルのジスを一本買うのと同じくらいだと思えば大したことはない。空になたペトボトルに家で麦茶を詰めてくればいい。
 週に一度か二度、僕はアキホと一緒に電車に乗る。狭苦しいコミニテにおさらばだ。適当な話をして、車窓を流れる景色を見て、無為な時間を過ごす。
「この電車の終点て、どれくらい遠くにあるんだろう」
 唐突な僕の言葉に、窓の外を見ていたアキホがこちらを振り返た。
「房総半島の端こでし
 アキホはリアリストだ。
「それて、どれくらい遠い? 三日くらいかかる? 帰れなくなたりするかな」
 僕とアキホの小さな旅は、いつも二時間くらいで終わていた。一時間くらい電車に乗ていると、段々と不安になてどちらともなく、そろそろいいかな、て空気になて、引き返す。
「あんた、地図とか見たことないの?」
 アキホは嬉々として僕をバカにする罵詈雑言を並べ立てた上で、数時間もあれば終点まで行けることを教えてくれた。
「終点まで行たら、帰れなくなるかな」
「そんなことないよ。世界は狭いんだよ、意外と」
「じあ、行てみようよ」
 アキホはちらと車内を見回した。停車するたび、電車からは少しずつ人が下りていて、少しずつまた人が乗てくる。でもなんとなく人は減ていている気がする。向かいのシートに座たずと眠ている中年のおじさん、車両の端こを占領している女子高生のグループ、なんだか幸せそうに喋ているおじいちんとおばあちん。僕らがこの電車に乗て、三十分以上が経ていた。
 いいよ、と少し強がるようにアキホは言た。
「じあ、目指すは終点ね」
「帰れなくなても、僕はアキホと一緒ならかまわないからね」
 僕は精一杯、アキホの不安をカバーするつもりで言たのに。
「悪いけど、私はそれは勘弁」
 つれない。

 電車に乗て、一時間が過ぎた。窓から見える景色は緑が増えてきて、やがてそれは海の青に変わた。東京湾。落ち着いた濃いブルー。南国の海はどうしてあんなに明るくてテンシンが上がる常夏ブルーなんだろう。東京湾は差別を受けてるんだろうか。
「終点までは、まだまだかな」
「まだまだだね」
 アキホは携帯電話で地図を表示してくれた。僕らの乗ている電車の終点は、館山駅というらしい。房総半島は意外と下に長くて、まだ僕らはようやくその半分を過ぎたくらいの位置にいるらしい。
「ずいぶん、遠くまで来たね」
 アキホは神妙な面持ちで頷いた。
「未知との遭遇に備えないといけないかもしれない」
 アキホの言葉に僕も気を引き締める。僕は布製のトートバグを持ていたのだけど、こんなことならランドセルを持てくればよかたと思た。ランドセルの方が頑丈そうな感じをするし、武器とか詰めるにはぴたりに思えた。
 僕は、ふと向かいのシートに目をやた。この車両にいた女子高生グループやおじいちんとおばあちんはどこかの駅で降りてしまてもういなくなていて、顔見知りなのは眠り続けている中年のおじさんだけになていた。くたびれた薄手のコートは前が空いていて、七福神の太た神様みたいなお腹が灰色のズボンに乗ていた。日焼けしたみたいに赤黒い顔色で、頭はつると禿げ上がていて、口は半開きになている。でもいびきは聞こえない。僕のお父さんはこのおじさんよりももう少しお腹は引込んでいたけど、夜中のいびきはひどいものだた。ちとはこのおじさんを見習てほしいものである。
「あのおじさん、ずと寝てるね」
 いつの間にか、僕と同じようにアキホもおじさんを観察していたらしい。
「どこから来たのかな」とアキホに顔を覗き込まれて首を振た。
「僕が知てるわけがないよ」
「ちとは面白いこと言えないわけ?」
「何を言ても、僕の答えじアキホはきと満足しないよ」
「そうだね。でも、あんまり自分を卑下しない方がいいよ」
 アキホはむき出しの膝の上に肘をついて、おじさんを凝視する。
「そんなに見たら、起きちうよ」
「視線で人は起きないわ」
 そうだ、とアキホはいいことを思いついたみたいに言て、口元に笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
「今は教えない」
 電車は加速と減速を繰り返す。もうすぐ、次の駅に着く。

 途中から単線になたのか、上り方向の電車の待ち合わせのために駅に停車する時間が増えた。『単線』ていう言葉も、この遊びを始めるようになてアキホに教えてもらた。アキホは僕が知らないことをたくさん知ている。
 段々と日が傾いてきて、夕方になたなと思ていたら、あという間に外は暗くなた。夜だ。午後五時半過ぎ。四月になて長かた冬が終わたと言ても、日が沈むのはまだ早かた。冬が春の足を引ているみたいな感じがする。
 僕らの目指す終点、館山駅が近づいてきた。車両はすかりガラガラで、僕らと眠り続けるおじさん、ほか数人て感じになていた。
 車内アナウンスが流れたのを機に、アキホは立ち上がた。
「どうかしたの?」
「ずとこれ、言てみたかたんだよね」
 アキホはためらうことなくおじさんに近づいた。そして、肉厚そうなおじさんの肩をぽんぽん、と叩いた。
「お客さん、終点ですよ」
 アキホが企んでいたのはこれか。ていうか、どんだけこの台詞が言いたかたんだろう。
 アキホはにまにましておじさんが起きるのを待ていた。が、おじさんは動かない。
 ちと焦れたように、アキホはおじさんの肩をゆする。
「お客さん、終点ですよ!」
 次の瞬間。
 音を立てて、おじさんの体が前のめりに倒れた。

 おじさんは亡くなていた。
 終点の駅に着いて、同じ車両に乗ていたほかのお客さんが駅員さんを呼んでくれた。おじさんは目立たケガもしていなかたし、心臓か何かの病気じないかと駆けつけた救急隊員の人が言ていたけど、詳しいことはわからなそうだた。
 救急車に乗せられ、運ばれていくおじさんを僕とアキホは黙て見送た。
 おじさんがいつ終点に到着したのか、僕らにはまたくわからなかた。

 それから僕らは駅員さんに事情聴取されて、ちとだけ怒られて、家に電話をされて、僕らの町に向かう電車に乗せられた。僕らの駅に、僕とアキホのお母さんが迎えに来るらしい。どれくらい怒られるのか、想像しただけでげんなりである。
「帰りたくない」
 ぼそと呟いたアキホに僕も大賛成である。
 しばらくして、アキホは僕の肩にもたれて眠てしまた。窓外を流れる景色は夜の黒色ばかりで、緑も海の青ももうわからない。ただ、僕らの町に近づくにつれ、白々しい明かりが増えていくような気がした。
 すぐそばにあるアキホの顔。その口元に、そと僕は手を当てて、彼女が確かに呼吸をしていることを確認してちとだけ安心した。僕はアキホと一緒に終点に行て、戻てきた。そのことがちとだけ誇らしい。
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