第18回 てきすとぽい杯
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真の日
kenrow
投稿時刻 : 2014.06.14 23:44
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真の日
kenrow


 子どもの頃よく通ていた市民プールが取り壊されると姉から聞いて、僕は数日振りに外に出た。
 干上がた用水路には蛙も飛び込まない。セミの声だけが喧しく響いている午後一時、物置から折りたたみ自転車を取り出して走り出す。「どこに行くの」という母の声には、「ちとそこまで」と返してやる。大学の夏休みに久々に帰てきたものの、家族との会話は相変わらず弾まなかた。自分が無口というのもあるけれど、母の遠慮しがちな性格にも、きと原因はあるのだ。そこまで考えたところで、僕は自戒して雑念を消した。 今はプールに行きたい。ただそれだけを考える。
 市民プールは住宅街から少し外れた公園の敷地内にあた。家からは自転車で15分くらい。昔は子どもから大人まで集まる憩いの場だたが、子どもが減た今となては暇をもてあました中高年層の溜まり場と化しているらしい。
「あんた小学生のとき泳ぐの好きだたじない。ほら、誰だけ。伊藤くんとかとよく遊びに行てたし」
 姉はそう言ていたが、当時の僕に伊藤くんという友達はいなかた。たぶん千葉くんか杉山くんの間違いだろう。千葉くんも杉山くんも、今ではすかり疎遠になてしまている。元気にしているだろうかと少し考えて、首を軽く横に振た。今だて大学に友達はいるのだから、寂しがることはない。
 セブンイレブンのある交差点を左に折れる。そしてますぐ直進する。車は一台も走ていない。セミの声。廃屋。キリスト教の黒い看板。暇をもてあます大学二回生。
 この街は田舎だた。畑や牧場に囲まれているわけではないけど、そのかわり高層ビルも建ていない。片側一斜線の道路の脇を走り抜ける。昔はこの近くに喫茶店があた。もう少し先にはダイエーとハロークもあた。どれも今は存在しない。ハロークのあた建物には、よくわからない名前のイタリア料理店が入ている。この街でやていけるのかなと、人ごとのように心配している。心配しつつも、たぶん関心はあまりなかた。
 木陰に自転車を止めて、鞄からペトボトルを取り出す。
 あーあ、家に籠もていればよかたな。
 家には扇風機もあるし、姉が買てきたガリガリ君も冷凍庫に入ている。
 つまらない街のことなど、わざわざ考え直すこともなかたはずだ。「ここ」には何もない。何もないからこそ僕は、進学を口実に地元を離れたのだから。都会には人がいる。寂れているけれどアーケード街にダイエーも入ている。おもち屋だてたぶんある。興味はもうないけれど、行こうと思えば行ける。テレ東だて映るから、ポケモンも毎週見放題だ。天国のようじないか、あの日の自分。
 呼びかけてももちろん、答えは帰てこない。
 くだらない白昼夢に浸ていたことにふと気が付く。恥ずかしくなて汗をぬぐて、自転車を再び走らせる。
 河川敷を眺めながら橋を渡ると、公園の看板が見えてきた。誰もいないだろうと予想していた。けれど広場では幼稚園児の集団が、先生といにボール遊びをしている。すぐそばの小川では、小学生が水をかけ合いじれ合ている。
 僕はゆくりと自転車を止めた。家を出てから、ちうど15分が経過していた。
 砂利の敷かれた遊歩道を僕は歩く。
 千葉くんも杉山くんも、傍にはいない。あの夏の日の僕だけが、今ここを歩いている。
 プールは工事用の柵で覆われていた。シベルカーが更衣室のあたりをちうど壊しているところだた。しばらくぼうと、それを眺めていた。しばらくして「帰ろうよ」と、ふと袖を引張られたような気がした。セミの声は今は聞こえない。工事の音にさえぎられている。けれど僕はもう少しだけ、そこにいたかた。感傷に浸るというよりは、冒険心に近いものなのかもしれない。
 ああ、と僕は思い出した。自分は昔、冒険が好きな子どもだたのだ。
 三人で作た秘密基地は、今も残ているだろうか――

 汗でぐしぐしになりながら自転車で引き返して、例のイタリアンで昼食を取た。
 疲れた状態で食べるピザ、少ししぱかた。
 家に帰たら母と姉に、話してやろうと思た。
 壁に穴のあいた、市民プールの話とともに。
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