抽象記憶少年
「いた!」
夏。森の中。蝉の声がじんじんと響いていてる。草むらの中をさがしていたビ
ィが声をあげた。
「エイ!」ビィがぼくの名前を呼ぶ。「こっちこっち」
ぼくはいそいでのぞきこんでいた木のうろの中から顔をだした。それからビィのほうへ走る。もうぜんしん汗だくでシャツがからだにくっついていた。
「はやくってば」
「大声だすなよ、にげちゃうだろ」
「だいじょうぶ、寝てる」
「じゃあよけいにおきちゃうじゃん!」
ぼくもビィも声を出すことをやめずに騒いでいた。興奮してるんだ。ずっとさがしてたものが見つかって。
「わあー」
ぼくはビィの隣にしゃがんで、かきわけた草の影から見つけたアレを見て思わず声をだした。。
「かわいい」
「うん、かわいい」ビィもおなじく言う。
「なんかおなかうごいてるね」
「寝てるからでしょ。エイだってよくお腹だして寝てるじゃん。動いてるよ」
そうなんだろうか。寝てる人のことなんかよく見ないからわからない。ビィは兄弟がいるからそういうのよく見てるのかもしれない。
「行こう」ビィがもっと近づこうと提案する。
「だいじょうぶかな?」
起きて逃げちゃったりしないだろうか、不安になった。逃げられるぐらいならここでもっと見ているだけでいいような気がする。
でも、ビィはそれじゃあ我慢できないようだった。
「あんなふわふわだよ、さわってみないと」
「さわるの!」
さわっていいものなんだろうか。まったくそんなこと考えなかった。ビィはいつだって勇気がある。それで先生に怒られることも多いし、逆にぼくはそういうことしないから偉いってほめられるけど、やっぱりビィを羨ましく思うことがある。
「さわってもいいの?」ぼくが言った。
「誰に許可とるんだって」ビィが言う。「誰のものでもないよ。野生だよ野生」
「あぶなくないかな」
「かみつくぐらいはするかも」
ビィがぼくに言う。ぼくを脅かそうとしているのがわかって、逆に安心できた。
「いくぞ」
ビィがゆっくりと前に進んだ。
ぼくはビィのシャツをつかんで、同じスピードで進む。
少し歩いて、捜し物のすぐそばにまたしゃがんだ。
やっぱりかわいい。ふわふわしているようで、いろは白っぽい。けれどまっしろではなく、かといって汚れているわけでもない。
ねむっている。
息にあわせてからだがふくらんだり、縮んだりしている。
まだこどもだと思うけど、
おもったよりは大きい。
ぼくやビィと同じぐらいかもしれない。
ビィがおそるおそる手を伸ばした。ビィでもこわいのかな。もし、ぼくがさきにさっと手を出してさわったらビィは僕のことを認めてくれるかな、なんて考えるけど、そんなことをできはしない。
「やわらかい」ゆっくりとなでながらビィが言う。「ほら、さわってみ」
「う、うん」
ぼくはスローモーに手を出して、一瞬、さわってさっと手を引いた。
「なんだよ、それ」ビィが笑う。
「変なかんじ。つめたいよね」
「うん、つめたい。たぶん生きている動物じゃないんだ」
ぼくはなで続けるビィを見ながら、ぼくもそんな風にさわりたいと思って、もう一度手を伸ばした。今度はしっかりとくっつけて、背中を前からしっぽのほうへと撫でる。
ひんやりとしていた。
冷たいけれど氷ではない。
もう一度なでよう、そう思って手を逆に動かしたら、そしたらしっぽがいきなり動いた。
「ひぃい」
ぼくは手をひっこめて、その勢いで後ろにしりもちをついた。
「おどろきすぎだろ」
ビィが笑ったけど、そんなビィの笑いはすぐに止まった。
「起きてる。起きちゃったよ」ぼくが言う。
目が開いていた。その目はうちにいる猫のようだけど、色が綺麗で宝石みたいな赤色だった。じっとぼくの方を見ている。
「わかってる。静かに」
ビィはまだ手をくっつけたままだった。
「逃げる? 逃げる?」
「だいじょうぶだろ」そんなビィの声は震えていた。
ぼくは迷っていた。このままビィをおいて逃げちゃおうかって。だけどそうしたら、ビィが食べられちゃうかもしれない。明日からぼくは学校でひとりになってしまう。それは悲しい。
いっしょに逃げたいんだ。
でもビィはまだ逃げようという感じではなかった。そのとき、声が響いた。ぼくやビィのものではない。吠えたのだ。目の前のあれが。
「わー!」
ビィがびっくりして転がって、頭をふせて震えている。もうまったく前を向いていない。どうしよう、どうしよう。
アレがビィにゆっくりと近づく。
なんだか神様みたいだ。
見たことないけど。
聞いたことのあるものがこんな感じかなって。
神様って怖い?
人間じゃないから。
人間を嫌って殺したり。
罰を与えたり。
たべちゃったりする?
ぼくはダッシュした。全力で神様にぶつかって抱きしめておさえこんだ。ふわふわしてぜんぜん硬くないのにずっしりと重い。
「ビィ、起きてよ。逃げようよ」
ぼくは泣き声をあげていた。どうすればいいんだろう。ビィに助けて欲しか