てきすとぽい
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第三回 てきすとぽい杯
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松原奇譚
(
茶屋
)
投稿時刻 : 2013.03.16 23:24
字数 : 2687
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松原奇譚
茶屋
その者達には尻尾があ
っ
たという。
これは大阪府松原市に残る伝説の話である。
伝説とい
っ
てもそう遠い昔ではない。戦後しばらくた
っ
てからのものであるから、まだ生き残
っ
ていて実際に見知
っ
ているものもあるかも知れない。だが、そこのところは曖昧で、やはりそれが現実であ
っ
たかどうか曖昧である点でやはり伝説たる所以とも言える。
例えば、一里塚耕助という者。
この者、耕助は、とにかく畑を耕すのが好きだ
っ
た。畑を耕すというのは正確ではない。畑を開くのが好きであ
っ
た。大和川の河川敷にあ
っ
てひたすら荒地を耕していた。彼の目的がなんであ
っ
たのかはよくわからない。何の見返りがあ
っ
たのかもよく知れてはいない。ただ、ひたすらに新たなる畑を開いてい
っ
た。おそらく彼はそうすることが彼の人生の命題であり、ある種の真理に達するための道であ
っ
たのであろう。仏道でひたすら禅を組む趣が
っ
たのかもしれない。彼はそれに習
っ
てひたすらに畑を耕した。作物を植えるわけでもなく、収穫を楽しむわけでもなく、ひたすらに畑を作
っ
てい
っ
たのである。
ひたすらに。ひたすらに。
あまりにも熱心すぎて、前の日に開墾した畑のことなど忘れてしまい別の畑を耕したほどである。
ただの阿呆に見えるこの者。
だが、一生懸命出会
っ
たのこの者の姿に、村人は同情的であ
っ
た。
果たして、その後どうな
っ
たのかわからない。
ただ、この者の耕した畑は今どうな
っ
ているのであろうか。もしかしたら、今も畑として使われており、千に一つ、あなたが口にしたことがあるかも知れない。あるいは耕助の努力は跡形も無く整備され住宅地や堤防に化けてしま
っ
たかもしれない。
耕助の残滓は今も残
っ
ているのであろうか。
例えばかんご池
おぼこという者。
おぼこは化粧上手であ
っ
たという。菱蔓のかんざしをつけ、オシロイバナで口紅をしたその姿はたいそう美しか
っ
たそうである。近隣の若い男は皆その姿にのぼせ上がり、若くなくともおぼこが通るたびに男たちはその姿に見とれずにはおれなか
っ
たというほどである。
化粧は魔性で、一種の变化である。人間が誕生して長い年月が経
っ
てしまい、女が化粧するのはさも当然とな
っ
たが、自然界ではそれほど見られない現象である。多くの動物は雄のほうが飾り立て雌を惹きつけるための美麗をこなす。人間の雌が化粧するのは自然界では奇
っ
怪と映るかもしれない。
さて、このおぼこ、伝説はそれだけしか知れない。
化粧をして男をたぶらかすには飽きたらず、恋をし、愛を知り、子をこしらえたかもしれない。野暮な想像であろうが、おぼこの素顔を知
っ
た若者がそれでもおぼこを愛すると誓い、めでたく結ばれたという物語もあ
っ
たかもしれない。
そう、物語が必要だ。
例えば、蛇の足や、人の尻尾のように。
最後に三ツ池
およしという者の話である。
下高野街道沿いにある籠池の近くに住んでいる、およしという若い娘があ
っ
た。
およしは美女であ
っ
た。
白い肌、美しい着物、麗しい唇の色。男を惑わすには十分な器量を持ち合わせたおよしはその界隈の若者にもてはやされるには十分であ
っ
た。
およしは外を出歩くとき、赤い笠をかぶ
っ
ていたが、その顔を見たい男たちは「べ
っ
ぴんの姿を見せておくれ」と囃し立てるのであ
っ
たが、およしはどうも恥ずかしがり屋な性分があ
っ
たようで、その姿を聞くとす
ぅ
っ
と煙のように姿を消してしま
っ
たと言われている。そのせいか、およしは周辺では「幻美人」と呼ばれていた。美人であるだけならば、と言
っ
ては失礼かもしれないが、その姿を拝もうとすると消えてしまう。なんとも典雅で、粋な、その噂はおよしの住む村だけではなくその近隣にまで広が
っ
てい
っ
たという。
あるとき、のことである。
およしは若い男と恋に落ちた。
道明寺の縁日の日、およしは三ツ池の土手に座り、ぼ
ぉ
っ
と池の水面を眺めていた。
祭の喧騒。
祭の明かり。
そんな賑やかな村の様子に、やや疲れていたのかもしれない。
本来の姿に戻り、ただ、ぼ
ぉ
っ
と水面を眺めていたのである。
そこへ、一人の若者がや
っ
てきた。この若者も喧騒に疲れていたのかもしれない。そして、およしの姿をみとめ、隣りに座
っ
た。
しばらく、二人の間に会話はなか
っ
た。
若者は何を思
っ
たかかんざしを取り出し、それをおよしに与えた。
およしは驚き、それを拒んだが、若者は笑
っ
て、かんざしを押し付けてしま
っ
た。およしはなおも拒むので、若者は笑
っ
てい
っ
た。
「ならば、明日の晩、私と散歩をしてくださいませぬか」
若者の戯れであ
っ
たかもしれない。だが、美女の姿ではないおよしがそんな事を持ちかけられるのは初めてであ
っ
た。
若者は本当のおよしの姿を知り、誘
っ
てくれたのだ。
そして、次の晩、およしは美女の姿となり、若者と会
っ
た。
若者は苦笑しながら、「もとの姿でも構わないんだが」と言
っ
て笑
っ
た。
楽しか
っ
た。
およしも若者もその晩を存分に楽しんだ。まるで、昔からお互いのことを知
っ
ていたかのように。
およしと若者が愛しあうのもそれほど長い時間は必要なか
っ
た。
毎晩のように邂逅を重ね、他愛もない話をし、心のなかで愛を交わした。
結婚の誓いをするのも当然の成り行きと言えた。
だが、およしはここに来て自分の正体を思い出した。
およしは人間ではない。
尾がある。
若者の喜びと反比例するように、およしは次第に憔悴していき、疲れ果てたような顔つきへと変わ
っ
てい
っ
た。
所詮は畜生の身、人間と結ばれることなどありえない。たとえ、結ばれたとしても、夫となる若者が、畜生と結ばれた男として世間から嘲笑を受けるのはなんともいたたまれない。
結婚の前夜、およしは死んだ。
池のそば、若者と出会い、かんざしを受け取
っ
た池の畔であ
っ
たという。
これが松原の狐たちの話である。
古来より日本では狐たちと密接な関係にあ
っ
た。
狐に化かされた、狐の嫁入り。
狐は昔の日本人にと
っ
て、身近な存在であ
っ
た。
だが、現在ではたぬきは見かけても、狐は見かけない。
彼らはどこへ行
っ
たのであろう。
日本人の幻想を連れ去
っ
て、彼らはどこへ去
っ
てい
っ
てしま
っ
たのであろう。
参考
松原の狐たち-Wikipedia
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ja.
wikipedia.
org/
wiki/
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A1
松原市
一里塚の耕助狐話-2
http:/
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www.
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matsubara.
osaka.
jp/
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21056,
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267.
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松原の狐達と三ツ池のおよし狐
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www.
city.
matsubara.
osaka.
jp/
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267.
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