第三回 てきすとぽい杯
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ピー Part2
投稿時刻 : 2013.03.16 23:01
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ピー Part2
伝説の企画屋しゃん


 その国には大勢の神が住まうという。聞いた話によると八百八。鍋や箸にまで宿ているらしい。人々の信仰心が篤いのだろう。妖精のピーは朝食のパンケーキを食べながら、そろそろその東方の国へ出掛けてみようかと考えていた。楽しいことがあると、尻尾が反応する。竹とんぼのようにくるくる回る尻尾を見て、ピーは貯金を全部使いこむにした。
 三月中に訪れたのは、四月に水かけ祭りがあるからだ。妖精がいる国では数々の祭りが催されるが、この水かけ祭りがもとも賑やかで規模が大きい。この時に風邪をひいたり、怪我をして休んでしまうと、土着神としての権威が失墜する。それだけは避けなければならない。権威が失墜すれば信仰心も衰え、妖精が持つ力も半減してしまう。二年前も歯痛で寝込んでいたら、国中が大洪水に見舞われてしまたのだ。ピーは長老に大目玉を食らた。罰として受けた額の「肉」の字は、鏡を見ると痣のように未だにうすらと残ている。

 あの手この手の水面下交渉を行い、ピーは有給休暇を取得した。そして彼方では桜の開花宣言がされた三月の三週目に、LCCを利用して東方の国へと降り立た。
 空港を出てまず向かたのは東京だた。さらに具体的に言えば、すり鉢上の地形の底に駅がある渋谷と呼ばれる街である。そこにハチという犬の妖精がいるという。聞くところによると映画にまでなたらしい。妖精界のレジンドだ。しかもすり鉢の底にいるというのがいい。妖精はたいてい木の上や、屋根裏に住んでいるものだが、よほど謙虚な性格なのだろう。
 けれども、悲しいかな渋谷はタイ族の街とは勝手がちがう。ピーはスクンビトあたりでよく見かける、難しい文字の看板が並ぶ路地で道に迷た。すり鉢の底へ向かえばいいだけなのに、建物や信号が多すぎる。
「すみません。道を教えてください」
 ピーは通りすがりのブーツをはいた若い女に声を掛けた。優しそうな感じがして、尻尾がくるくる回る。
「道? つーか、君かわいいね。名前なんていうの?」
 両膝を折り曲げ、若い女はピーの頭をなでた。タイ族では侮辱に当たる行為だが、ぐと堪えることにする。
「名前はピーです。ハチという妖精に会いに行く途中なんです。駅へ行く道を教えてください」
「ピー? 背中にきれいな羽があて、お尻にもかわいい尻尾が生えてるのに、大きな声では言えない名前なの?」
「大きな声で言えますよ。ピーです。ハチがいる場所を教えてください」
「じあ、そのピーに入る名前が分かたら教えてあげる。そうだなあ」
 女はピーの耳に手を当てて、恥ずかしそうにある言葉をささやいた。あまりの驚きで、ピーの尻尾は逆回転した。
「ち、ちがいます。僕の名前はピーです。ハチのいる場所を知りませんか?」
「あれ、外れちた。じあ、これかな」
 女はまた耳に手を当てた。次の言葉を聞いて、今度はピーが恥ずかしくて気絶しそうになた。
「や、や、やめてください。僕の名前はピーです。どうか、ハチのいるところを教えてください」
「えー。ざんねーん」
 女は光沢のある唇を尖らせると、また耳に手を当てた。囁かれるたびにココナツの匂いがする。ピーはタイ族の村に帰りたくなていた。
「ど、ど、ど。どうして、そんなことを言うんですか。い、今は昼間ですよ。僕の名前はピーです。ハチに会いに来たんです」
 ピーはめまいがしてきた。つつましいタイ族の村では考えられないことが起きている。この人間の女は何なのだろう。この国には八百八の神がいると聞いたのに。
 ピーの尻尾は、くるくる回ることをやめていた。いつもお腹をすかせている、寺院の野良犬の尻尾のように垂れていた。
「あー、ちと待ちなよー。そちじないしー
 ブーツの女の言葉も耳に入らなかた。ピーは109と書かれたビルの先にある坂道を上ていた。
 この国には神はいないのだろうか。
 じあ、僕が神になれば、唯一の神なのだろうか。
 神になれば、もう額に「肉」と書かれることもないのだろうか。
 坂を上るピーの尻尾が、再び回りはじめる。けれども、それは今までに見たことがない回り方だ。
 右に左に回り、後ろに前に激しく動く。ピーの尻尾の先端は、いつの間にか矢じりのように尖ていた。

(次のてきすとぽい杯につづく)
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