【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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近未来「次世代整形」オムニバス
muomuo
投稿時刻 : 2014.09.06 23:54
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近未来「次世代整形」オムニバス
muomuo


1.転生倶楽部 「人工記憶」の章

 俺は誰からも愛されていない。
「もちろん、惚れ直し、出会い直しをお求めの方もおられます。その場合は、アンチエイジングと一時的な記憶喪失処置だけでもいいので大変安上がりですが……お客様のように一度も出会いを経験されていない方には、多少値は張てもこちらをおススメしております」
 だから、生きていくのに、誰を愛する必要もない。
「端的に言てしまえば、記憶変換処置付きの整形手術と申しますか、証人保護プログラムを受けていただくようなものですな。お客様はこれまでの記憶をなくされ、手前どもでご用意したお顔と人生の物語を持て生まれ直します」
 これは自殺のようなものだ。すべて仮初めで構わない。新しく生き直す自分はもう、今の俺じないのだから。
「大変好評でして、実はもうすでにご利用のお客様は数千人……の規模に達しております。公的な記録の改竄なしには生活の維持が困難なステータスの方もおられますよ」
 人生はリセトできない。そんなことは分かている。俺は投げ捨ててやるんだ。この糞みたいな人生……運命てヤツを。
「ありがとうございます。……あ、因みに、マチング・オプシンはどうなさいますか? 同じようにプログラムをお受けになる異性の中から、それぞれの好みを合わせられる組み合わせを見つけだし、最初からお相手を確保した状況で生まれ直せるオプシンとなてございますが」

  ◆

 私は誰も好きになれない。誰も信じられない。特に、男なんて。
『身近すぎて見えなかたあの人。同級生を好きになてみませんか?』
 さんざん振り回された。高望みしたつもりなんてないのに、禄な男がいなかた。でも……どうしても一人はイヤ。寂しくて、寂しくて……そこにつけ込まれてしまう。
「いらいませ。新規の方でいらいますね? さあ、こちらへどうぞ……
 駅前で受け取たチラシの匂いと手触りが昔懐かしくて、ネトの情報に踊らされ続けた自分と縁を切るには寧ろふさわしいかもしれないと、ろくに下調べもせず店に飛び込んでしまた。
「出会い直しコースをご希望……承知いたしました。お相手は同級生の方、ですか」
 どうせ相談できるような友人は誰一人いないし、半分自棄になているのも分かている。唯一の遊び友達ヤコも、九州にもらわれていてしまた。贅沢は言ていられない。孤独に押し潰されたくない。もう時間は限られているのだ……
「個人情報を直接当方が扱うことはできませんので、お相手の顔写真など必要なデータはすべてお客様ご自身の持ち物として、お持ちいただく必要がございますが……あ、すでに準備されていましたか。失礼いたしました」
 別に恋愛感情はなかたけど、決して嫌いなわけじなかた。高校の頃にはもうダメ男に引かかり始めていたから、まだ男が信じられていた頃に知り会ている独身男性というと、中学以前の彼くらいしか残ていない。向こうが嫌がる可能性もなくはない……いや、かなりあるのは覚悟のうえだ。今からじどうせ、何をするにも賭けになる。
「これは見事な……十分な情報量です、お客様。これでしたら、さそく明日にでも施術できますが……いかがなさいますか?」
 整形オプシンは要らない。正直、整形する覚悟ができていたなら彼なんかで妥協していない。改竄というほどの記憶移植も必要ない。外見ばかりで中身の酷いダメ男と付き合た無駄な過去……嫌な記憶を打消して、一つ二つ「彼」を好きだたというエピソードを植え付けてもらうだけだ。実際のエピソードだけでは恋愛感情にまでは育たなかたけど、もう少し何かあれば、そして再会すれば、十分好きになれるだろう。要は、ちとしたトキメキだ。彼は飛び抜けていいところがないだけで、悪い癖などは決してない。興信所でも、そう確認済みだ。

  ◆

「すみません、この人知りませんか?」
 尋ね人の紙切れを渡されたが、一瞥して捨てた。同窓会で再会した男が忽然と消えたという。そこに写る男の顔に見覚えがあるような気もしたが、正直どうでもいいことだた。恋の神とは残酷なものだ……こちらは恋人を待たせているのだから。


2.ARマスク 「情報技術」の章

「決して素顔を覗かないでください」
 ……それが、結婚の条件だた。さしずめ、現代の『鶴の恩返し』といたところか。
 無理やりタクシーに相乗りしてきた女……なぜか大きなマスクで顔を隠した女を、ひんなことから助けるはめになたのが事の始まりである。 初めの出会いからして顔をマスクで包んでいた女なのだから、一生、ARマスクを通して一つ屋根の下に暮らすというのも運命というものかもしれない、と変に納得して承諾したのだた。傍から見ればそこに真実の愛情なんて育たないように思えるかもしれない。だが、俺のように独り身で死ぬために生まれてきたような容姿の男にとては結婚ができるということそれ自体が奇跡なのだから、最初で最後の女性がどんな素顔の持ち主であろうと、それは紛れもなく唯一無二の真実の愛となるに違いないのだた。文句は言わせない。たとえ事実婚でも結婚は結婚だ。
 まあ、ARマスク……拡張現実マスク自体は初体験でなかたことは大きいだろう。あれは未だに、初心者には抵抗感が拭えない形態と機能を有する商品だから。「スペース・ビ社」によて開発されたARマスクは、通常のマスクとは逆に口元だけが覆われていない。AR技術によて「顔」の映像データをリアルタイムにレンダリングし、マスク上に「仮想的に貼り付けていく」ことで、バールに何度も「整形」を繰り返すことができるサービスだ。「顔」のデータは、実在の有名人からバール・ヒロインまで各種取り揃えてあり、それらを全方位から撮影のうえ多様な光源・環境のもとでデータを編集してあるため、どんな動きや変形も再現できて決して不自然に見えないのだ。マスク単体でもカーボンナノチブを応用した優れもので、表皮の構造に似せて織り込んだ素材がどんな形状にでも完璧にフトし、しかも長期の連続着用でも肌を清潔に保つことができるらしい。一つ欠点を挙げるとすれば、専用のメガネかマスクを通して見ないかぎり、傍目には「首なし人間」に見えても不思議がないということだろうか。特に夜間に黒のマスクの場合には。
 元々は、昔流行た「スト○ートビ」の三次元版である情報技術を下地にしたものである。当初は「顔」ではなく路地や建物の上に「広告」を貼りつけることも念頭に置いており、「電脳メガネ」を通してそれらを見ながら生活できるというものだた。メガネを通して「見る」側よりも、「見られる」側に焦点を当ててマスクを開発したことで、サービスは爆発的に普及したのである。それゆえ、GPSやジイロセンサーなど、他にも複数の技術が関わるらしいが、どう組み合わさて作用しているのかまでは知らない。空間データを収集して提供するネト上のサービスも未だに続いており、ストリートだけでなく、すべての公共空間と「撮影」を許可された契約空間がネト上に再現されている。「スペース・ビ社」は表向きには否定しているが、マスクを通して必然的に送ることになる「顔の形状」や「位置情報」などの個人情報は秘密裏に紐付けされ、ビグデータとして活用されているに違いない。

 とにもかくにも、俺たちの奇妙な同棲生活、事実上の結婚生活は始また。マスクの向こうにどんな不細工が隠れていようとも、専用のメガネさえかけていれば好みの女と同居できるのだ。少子化対策が不要になたのも頷ける。静かな場所に行きたいという彼女の要望で、賑やかなテーマパークなどとはかけ離れた神社仏閣が行き先になるような遠出なら結構したものだた。俺の自宅以外には泊まりたくないとかで、常に日帰りしかできないのがもどかしかたが。
『悪い男たちに追われていたのです』
 彼女は、俺との結婚を決意した理由をいつもそんな空想で説明した。俺のほうはマスクをつけていないので、どうしてこんな男と暮らす気になたのか訝しく思うこともあた。しかし、生まれて初めてのあんなことやこんなことを前に、そこで引き下がらずにいれてしまうほど幸福な青春を俺は送ていなかた。文句は言わせない。結局、生涯たた一度のキスを経験しただけで終わたが。

 そう、幸せの日々の終わりは、割と早くに突然やてきた。特殊機関の役人を名乗る男たちが、複数の外国人を引き連れていきなり「調査面談」にやてきたのである。外国人の正体は隠されていたが、後から考えれば推測は容易だ。対テロ犯罪を任務とする某国の特殊機関に近い人物たちだたのだろう。
『テロ実行時の振る舞いが偶然スペース・ビ社の録画記録に収められていた、世紀の大悪女……というわけですよ』
 現実離れした現実のほうが、意外にリアリテに乏しいという話は本当だた。
『我が国では不可能な通信傍受でも、それが海外のサーバーを経由していれば適法な場合もあるということです。事が事だけにね……
 数千人の命を一度に奪た未曾有のテロリズム。その実行犯の「顔認証データ」と、ARマスクを通してネト上に送信していた「妻の顔の3Dデータ」とが相当な精度で一致したというのだ。念のため指紋やDNAなどの資料を採取して検査させて欲しいという。
『また安全のため、あなた自身の身柄も一時預からせてください』
 しかし異変を察知したのか、彼女は二度と帰らなかた。すべてが信じられないほどのスピードで収束していたのである。つい朝方に交わした“今生の別れ”など、もう内容を思い出せなくさえなていた。

『もう一緒にはいられませんね。心の休まる生活が私に許されるとは思いませんでした。短い間でしたが、本当にありがとう。迷惑をかけてごめんなさい。さようなら』
 拍子抜けするほど普通の三行半に見えて、発見された置手紙を当局から返された今でも、それが凶悪犯の残した言葉とは到底信じられずにいる。
『すみません、相乗り宜しいですか?』
 大罪人と知ていたら、俺は彼女を愛せただろうか。無駄に正義感を抱えて生きてきたこの俺が、愛のためと言て今さら180度急旋回の前言撤回をやらかして。……それは分からない。だが、彼女は決して極悪人の性悪女というようなタイプではなかた。確信犯なのか何なのか、強い信念を持て行動する女性のように感じられていた。マスクでは隠せないもの。データの編集技術では加工できないもの。そこにこそ俺は惹かれたんだ。だから、どんな素顔でも愛せるように思えたのに。
『あなたのような笑顔を、あの日あの場所の私も、見ていたのかしら……
 彼女にも、いずれこの日がくることは分かていたはずだ。ARマスクの危険性も知ていて使わなかたはずである。何がそうさせたのか、しかし彼女は俺の前に現れた。
……私、どんな顔をしてると思う?』
 鶴は人とは暮らせなかた。見てくれの違いなんて浅い溝じなく、種の違いという深い谷で引き裂かれていたからだ。俺と彼女は、きとそういう渓谷を前にして出会てしまたのだろう。……そんな運命の出会いをしたことがあるか? 別れることまで決まている壮絶な出会いを経験したことのある人間が、今この世界にどれだけいるんだ? 
『いつか……私たぶん、●●駅であなたを待てるから』
 人類史的には、それは最も忌まわしい類の災厄の地の記憶。しかし俺は、俺だけは今日も、少しだけ違う思いで彼女の残像に会いにいく。電脳空間に遺された、テロ実行犯としての彼女の立ち居振る舞いのなかに、あの幻の日々の、稀代の悪女が見せた“仮初めの真実”を写し取るために……


3.クローン詐欺 「再生医療」の章

 恋人を喪た。永遠に。眼が覚めると病室の天井をただ眺めていた。
「姿形だけなら、そくりの子を連れてこられますよ」
 テロに巻き込まれたという。理不尽な話、ただ理不尽な世界だ。そして男が現れた。
「まあ、ちと違法ではありますし、倫理的にも問題がないわけじないんですがね……無法者に地獄を見せられた貴方なら、多少は許されてもいいんじないですかい?」
 お為ごかしのセールストークに衝き動かされたわけじない。ただ許せなかたからだ。自分が。世界が。犯人が。すべての悲劇をなかたことにしなくては、私自身が引き裂かれて極悪人に成り下がりそうだた。
「では、いいんですな……?」

 ◆

 約束の日が来ても男は現れなかた。相変わらず病室から外の景色を眺めているだけの暮らしが続いていた。
『次に来るときには、ちんとこの娘に会えますぜ』
 人間のクローン技術……そんな眉唾な話に乗た自分が愚かだたということか。悲劇の主人公を気取る興奮状態につけ込まれ、新手の火事場泥棒というか、詐欺の被害を被たというわけだ。
「失礼、以前○○という男がここに来たと思うのだが」
 ノクもなしに男が闖入した。別の男だ。見るからに裏稼業の人間……それも、他人を生かすよりは殺す仕事に手を染めてきたような、憎むべきテロ実行犯に近い……
「非常に言いにくいんだが……
 男は無表情に事務的に、冷酷に言い放た。
「依頼主の恋人が、無事元の姿で戻てきたらしくてね……。再生医療の進歩は表の世界でも目を見張るな」

 ◆

 奇跡だた。恋人が完全に元の記憶と容姿で戻てきた。両方揃えて戻てくるとは嬉しい誤算。これ以上の話はない。どちらかを喪わせねばならないとするなら、私の場合は断然記憶喪失のほうだたから、オリジナルの彼はもうとくに諦めていたのに。永遠に。
「いやあ、よかたですね。あのテロの悲劇の中での、数少ない吉報ですよ」
 ……問題はクローンのほうだ。早々に始末をつけなくては。悲劇のヒロインがただの大罪人に成り下がてしまう。
『ほう……そいつはよかたですな。しかしそうすると、こちのほうはキンセルですかい?』
 裏のルートで“保険”をかける必要などなかたということだ。表の医療技術だけで……寧ろこちらのほうが“保険”とさえ思ていた再生医療のほうで、また元の暮らしが戻てきた。
『では後日、上の者がキンセル料だけいただきに上がりますんで……

 ◆

「同じ顔の人間が同時に存在していては、違法な事業の決定的な証拠になてしまうんでね」
 銃口がこちらを向いている。そういうことか。俺には恋人などいなかた。俺こそがクローンだたのだ。テロに巻き込まれたという記憶を植え付けられ、テロに巻き込まれた女に差し出されようとしていただけの、哀れな羊……
「無論、依頼主があんたの“養育費”を払てくれるなら違う結末もあたんだが」
 俺は捨てられたということだ。ペトのように。……しかしドリーのようには安楽死させてもらえないようだた。
……で、モノは相談なんだが。……復讐したくはないか?」
 だたら黙て死んでやる義理もない。“赤の他人”に押しつけられた悲劇だ。あのテロとは違て犯人も特定できている。
「君が本物になりすましてくれれば、財産はすべて君の自由だろ。こちらとしては、本物より少し多めに払てくれさえすればいいんだ」

 俺は彼女と別れ、オリジナルの全財産を手に入れた。オリジナルがどうなたかは知らない。もしかすると最初から死んでいたのかもしれない。
 ……そうだ、いそ彼女もクローンに取り替えて、オリジナルは処分するとしようか。嫌な記憶も捨ててしまえば済む話。寄りを戻すことだて、そう難しい話じない。
「いらいませ。転生倶楽部へようこそ。ご新規の方でいらいますね?」

                         <了>
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