【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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若者たち
投稿時刻 : 2014.08.30 23:49 最終更新 : 2014.09.01 13:47
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- 2014/09/01 13:47:19
- 2014/08/31 16:18:03
- 2014/08/30 23:49:31
若者たち
すずきり



 夏の朝、始発の列車に乗り込み私は東京駅を出た。
 私は空席を見つけ、旅行鞄を網棚に放り投げた。学生帽を脱ぎ、立襟のボタンをいくらか開けると車窓から入る風で涼む事が出来た。空は藍染めのような青さで、入道雲が絵の具を零したように広がている。からりと気分のいい暑さだた。私は懐から半折れになた洋雑誌を取り出して読み始めた。何しろ実家までの道のりは長い。暇をつぶすために出来るだけ読みづらい本を選んだというわけだ。
 大学の課題を終えた私は、実家に帰る事にした。毎年夏になれば必ず帰省する習慣であたが、父からいつになたら帰てくるのかと再三催促の手紙が届いたから、むしろ呼び出されたような気分であた。何の事情があて催促していたのかはわからない。手紙には詳しいことは何も書いていなかたから、直接会て話さなければならない重要な事なのかもしれない。
 翻訳に疲れ車窓に目をやると、列車は既に都市部を抜けてしまていて、田圃の群れが一杯にどこまでも広がていた。しばらく田舎の原風景とでも言うべき景観が続いたが、一山抜けると、徐々に天候が怪しくなて来た。空は薄灰色に濁り、太陽も姿を消した。私は雨にならなければ良いがと思いながら、雑誌に眼を戻した。
 私の父は山や田畑をいくつも持つ資産家だ。ほとんど先祖代々から守て来た土地なので、特に父が何かを成し遂げたわけではないが、名家の主として故郷では名高い。私が東京の大学に通う事ができ、また仕送りだけで自由気ままに生活できたのは父のおかげと言わなければならない。一部の同級生が勉学の合間を縫て労働しなければ立ち行かない中、私は賃金を頂くということをついぞしたことがない。散財するような趣味がなかたというのも一因だろう。私にとり趣味と言うべきものは読書であり、勉強だた。同級生の中には女遊びに湯水のごとく金を使て金欠になている者がいたが、私はそうした事に興味を抱かなかた。知的好奇心を満たす事だけが私の悦びだたのだ。



 列車が故郷に近づくにつれ、段々と空の暗さが増していた。外を見ていると、とうとうぽつりぽつりと降り始めてしまた。雨が土砂降りになた頃に列車は実家最寄りの駅に停車した。私はあと少しで読み終わる雑誌を懐に戻し、学生帽を脇に挟んで駅に降り立た。雨は駅の屋根を耳が痛いほど激しく打た。そのくせに気温は高く、じとりと空気がまとわりつく。遠くが霞むほどの雨を睨みながら、軒下でどうしたものかと旅行鞄をぶらつかせていると、雨の中を小走りに駆けて来る者があた。どうやら実家の女中らしい。大振りなコウモリを畳みながら彼女、石は息を切らしきらし、軒下までやて来た。
「お帰りなさいませ。ひどい雨ですのでお迎えに。さ、帰りましう」
 私は言われるままに着いていこうとしたが、はたと違和感に気がついた。
「あれ、コウモリは一本しか持て来てないのかい」
「あ
 石は今気がついたとばかりに目を見開いて口に手を当てた。まだ十代の石はこうした間抜けをよくやた。石が奉公に来たのは数年前のこと。私が彼女に世話してもらうのは実家に帰る長期休暇の間だけなのだが、その都度なにかしでかすのだ。しかし何となく愛嬌があて、不思議と怒る気にならない。
「いや、一緒に入れば大丈夫だ。一本で充分。少々狭いが、これだけ雨脚が強ければどうせ濡れてしまうだろうし」
 私はコウモリを石から取り上げ、広げた。
「あ、私が持ちます」
 彼女はそれは自分の仕事だと奪い返そうとしたが、私はそれを制した。これは若い女中への気遣いではない。
「石は私の鞄を持てくれないか。本が入ているから、できるだけ濡れないように気をつけてくれ給え」
「へい」
 彼女は私の鞄に気がついて、両手で受け取た。存外重かたらしく、腕で抱くように持ち替えた。
「じあいこうか」
「へい」
 石は生真面目に頷いた。
 駅から実家まではそう遠くない。屋敷は駅の近くにあて車に乗る程の距離は無い。それでも父や母はわざわざ車をだすのであるが、私は帰省する場合、必ず駅から家まで歩く。久々の故郷の空気を吸いながら、徐々に見慣れた風景になじんでいく感覚を味わうのがなんとも心地よい。久々に帰郷しても、依然として生家が鎮座しているのを見ると、なんとも安心するのだ。今日の豪雨ではそれほど気持ちは落ちつかないが・・・。
 人気の無い町を石と並んで歩く。石は私の鞄をかばうあまりに、肩が雨の下にさらされてずぶぬれになていた。私は鞄を持たせた事を後悔した。
「やはり鞄は私が持とう。もと中へ入りなさい」
「そんならコウモリはわたしが持ちましう」
「いいやどちらも私が持つから構う事は無い。そら、着物が水浸しじないか。見ていられないよ」
 私は遠慮がちな石の肩をひて雨に濡れないようにした。身を寄せたために歩きにくくなた。
「か、堪忍してくださいね・・・」
 と石は恥ずかしそうに呟いた。雨音にかき消されそうな声量だた。石をちらと見るとうなだれて表情は見えなかたが、耳が赤くなているのが見えた。
 私は石の汗ばんだうなじを不意に意識した。



 実家に着く間に私と石は結局ずぶ濡れになてしまていた。鞄の中は無事だたが、懐の洋雑誌は頁と頁がくついてしまて参た。続きは乾くまで読めそうも無い。
 私は文机が残ているだけの六畳の自室に荷物を降ろし、木綿の単衣に着替えた。雨に濡れた着物は石が部屋まで受け取りに来てくれたが、なんとなく目を合わせることができなかた。石も恥ずかしそうにささと出て行てしまた。蒸し暑かたので窓を少し開ける。雨は勢いを失ていて、耳に心地良いくらいの雨音がした。私は雨の匂いを嗅ぎながら、コウモリが一本だけで良かたななどと思た。
 広い屋敷だが、普段住んでいるのは両親のみである。兄弟はいない。しかも母は今、体調の悪い祖母の見舞いのために泊まりがけで出かけているらしい。家の中はとても静かだ。
 帰宅報告ついでに、今の内に何故父がやいの催促で私を実家に呼び出したのか聞いておこうと思い、私は父の書斎に早速出向いた。
「父さん」
 襖を開けながら言う。父は机に向かて何か書き物をしながら、しかし驚いた声音で返事をした。
「おお、帰ていたのか。もうそんな時間か」
「まだ夕飯には早い頃合いですがね」
「うん、そうか、来たか・・・」
 そこでやと父は筆を置いて、私に顔を向けた。口ひげをにこりと持ち上げてみせたが、どうも緊張しているような風だ。
「ちと入りなさい。襖も閉めて」
「はい」
 私は父の対面に正座した。それを見て取ると、父は扇子で首を扇ぎながら言た。
「大事な話があてな」
 そうだろうと思い、私は首肯して先を促した。
「お前の結婚相手が決また」
「は?」
 私は耳を疑た。
「それはいつの話ですか?」
「今年の頭に見合いの話が来ていた。市議の娘さんだが・・・」
「それは断る事が出来る話ですか?」
「いやいや・・・断るかどうかというのはまだ決めることではないだろう。まず見合いをして、それから」
 論点はそこではない、と私は机を叩いた。
「そんな勝手な!」



 それから夕飯が出来上がたことを女中が知らせに来るまでたぷり一時間ほど、私は父と話し合た。話し合いと言うよりも、実際は口論だた。私はほとんど感情的なことばかり言た。理性的な交渉の糸口を見つける事が出来なかたのだ。というのも、父の言い分は実に真当で、正しかたからだ。
 父は家の責任ということを言た。この家では何人もの奉公人が暮らしている。管理しなくてはならない財産がある。町の運営にも一枚噛んでいる。それをいきなり、父の代でほぽりだすわけにはいかない、という。
 私はすぐさま石のことを思た。この家を継ぐ者がなければ、彼女を始め女中達は路頭に迷うことになる。それは簡単に想像できることだた。しかし、私にも私の権利というものがある。私は大学で、個人の自由とか権利とかいう言葉を学んだ。それは封建的な田舎には無い、海の向こうから渡て来た新しい概念だた。私は親の金で個人主義を学び身につけたが、皮肉にもそれは親とは相容れない思想なのである。
 自由ということについて私はいくらでも論ずることができる。自由主義の歴史を語る事が出来る。しかし、現実問題ではそのような知識は何の役にも立たない。私が「私は自由だ」と東京にとて帰り、好きな人生を過ごせば、そのしわ寄せが故郷に及ぶことになる。それを無視することが人の自由だとは、私には思えなかた。ついに父の言われるままに、その結婚相手に会う事になてしまた。
 それから数日後、見合いの日が訪れた。見合いといても、格式張たものではなく、両人とも一度会て一寸話してみようじないか、という砕けた顔合わせみたいなものだ。
 場所は我々の屋敷で、晩餐会という形だた。普段は使わない応接間で、特に良い食器や食材を振る舞う。相手の女性は石と丁度同じくらいの娘だた。
「宝積スミと申します」
 彼女は言た。肌の色白い、いかにも温室育ちという外見だが、しかし太く凛々しい眉だけが田舎らしからぬ利発さを放ていた。
「よしなに」
 スミは眼を半月のように細めて柔かに言た。年下とは思えない落ちついた声音だた。まるで私の方が年下であるかのようで、この年頃の娘に有りがちな浮ついた所が全くなかたことに私は感心した。見合いなどまぴらだと、腹を決めていたはずなのに。私は心惹かれるものをスミに見いだしてしまたのである。
 晩餐会は概ね、父とスミの父との会話に終始した。父は私に話題を振てみせるが、私は一言で返答しては、もくもくと上等な食事を掃除していくばかりだ。スミは少し気を遣たのか、大学はどんなところか、どんなことを学ぶのかなどを聞いたりした。私が簡単に答えると、スミは熱心に耳を傾けてくれた。スミは姿勢正しく、まるで舞のような手さばきで食べた。私はその姿に一寸見蕩れた。スミは私の視線に気がつき、ほんの少し口角を上げてみせた。私はそのつややかな唇にどきりとする。
 食後、親達は別室に消え、私とスミだけが広い応接室に取り残された。
 私は茶の水面ばかりをじと見つめ、彼女は掛け軸の方をじと見つめていた。どこか遠くから父達が談笑する声が聞こえる。私は沈黙を破た。
「掛け軸が気になりますか」
「ええ。・・・字が砕けすぎていて、何と書いてあるのか」
 スミは困たような笑顔を浮かべた。
「あれは電光影裏斬春風と書いてあるんです。禅語なのです」
「へえ・・・」
 彼女は興味深げにじとその文字を見つめる。私は間を保たせるためにその知識を披露した。
「無学祖元の言葉でして・・・」
 無味乾燥とも言える退屈な仏教の知識を長々話しつつ、私は自らに疑問を抱き始めた。何故私は、必死に話そうとしているのか、彼女の機嫌をとろうとしているのか。結婚するつもりはないのだと、父がいない間に話しておくべきではないのか・・・。
 私が一通り話すと、彼女は茶を飲んでから、大きな瞳で私をみつめて言た。
「お見合いのこと、どう考えていらいますか?」
「・・・」
 再び室内はしんと静まる。ほとんど不意打ちのような質問に、私は口をつぐんだ。今する返答が、どれほどの重みを持つのか、計りかねた。元々、私はこの家を継ぎたくはないし、結婚もしたくはない。さらに欲を言えば洋行し、海外を見て回りたい。そして翻訳家か外務省で働くかして、外国語を常に学びたい、というのが私の夢だ。そのためには、まだ妻を貰うわけにはいかない。理性的な私はそう言た。しかし、本能的な私はそうでなかた。あの凛々しい眉、白い指先、薄い唇が私のものになたら・・・。そう考える自分が確かにいるのだ。家を継いでも、いつか機会を見て洋行できるかもしれない。翻訳なら家でもできる。そうした妥協はいくらでも可能なのだ。じと沈黙していると、先にスミが口を開いた。
「あの、もしお嫌でしたら、わたくし、父に言て説得致します。きとこのお話はなかたことにしてみせます。大学まで通われて、大変学ばれた方と存じます。そのような方が、わたくしのような者と結ばれるいわれはありませんもの」
 スミは、これまで見せなかた強い感情らしいものを発露した。それは悲痛な声だた。眉は堅く寄せられ、申し訳なさそうな、哀れぽい表情をしていた。
 心臓がほんの一瞬、大きく脈打つのを感じた。理性の天秤が傾き、心が本能に従て働き始めた。思わず私は言た。
「いえそんなことはありません」
 さらに続けた。
「この見合いを、私は好意的に受け取ております。・・・つまり、あの、是非にと」
 途中からスミの顔を見られなくなり、俯いてしまた。だから私は、この時スミがどんな表情をしていたのか、見る事が出来なかたのである。
 それから宝積一家は屋敷を去た。
 私は深い疲労を感じた。父は酒の飲みすぎで居間で眠ていた。私は、ことの首尾を報告する必要がなくなたことに安心して、さたと眠た。


 目が覚めたのは昼頃だた。
 というより父親に叩き起こされた。私は寝ぼけ眼で一体何ごとかと驚くばかりだた。
「スミさんがいなくなた!」
 青い顔をして父は言た。
「お前どこへ行たか知らないか」
 勿論私は何も知らない。急いで服を着替えながら父に聞いた。
「何があたんですか?」
「今朝まではお父上と共に家にいたそうなんだが、さき宝積家に駅から連絡があてな。それが、駅員がスミという方から手紙を渡されたと言うんだ。詳しい内容はわからないが、見合いは断るということ、町を出て行くということが書かれていたそうだ」
 私は違和感を覚えた。
「見合いを断る・・・?」
 むしろ私が見合いに乗り気でないのを見てとり、彼女は悲痛な表情を浮かべていたはずだ。だから私は昨日最終的に「是非」と答えた。私は何か重大な事を勘違いしていたのだろうか・・・。
 その後私は父と、スミの父に昨日の面談の様子を一々隅々まで語た。語るべき事はほとんど無かたから、それはすぐに終わた。それから私は、彼女の父に、面談の後の事を聞いた。スミは私と結婚することに納得し、またそれを望んでいたという。父は満足し、私の父と同様にすぐ眠たらしい。そして今朝、朝食を共にしてから一度も見ていないという。駅から例の知らせが入るとすぐにスミの部屋に向かたが、いくらかの服や本といたものが旅行鞄と共に無くなていた。さらに後からわかたことには、宝積家の女中たちは、昨日の夜からスミの部屋に入る事を禁じられていたという。その間に、こそり荷造りをしたのだろう。
 夕方になり、宝積父はいよいよ警察に通報した。状況から考えればスミが自らの意志で家を出て行たのは明白だが、しかしそのことを認められないのか、攫われたかもしれないと彼は警察に訴えた。
 この事態に、父は相当に動揺していた。無論、私たちの屋敷に来て昨日の今日で関係者が行方不明になたのだから、動揺するのは普通だが、それ以上に宝積家との関係が悪くなることを恐れているようだた。
「お前本当に何も知らないんだろうな。もし、もしこの失踪にお前が関わていたりしたら・・・」
 恐ろしい顔で父は私に詰め寄た。脂汗をかき、上等に生えそろえた髭はわなわなと醜く歪んでいた。
 父は、優秀な政治家でも経営者でもなかた。ただ先祖から受け継いだ財産を細々と食いつぶし、土地を守るために町の権威者にへりくだることしかできない。あわよくば良い家と関係を築き、財産をわずかながら増やす・・・それが父の人生であた。
 私は父の抱く恐れを哀れに思た。自ら学び、新しいことを創造することを父は知らないのだ。この町での人間関係に腐心する生涯なのだ。
 スミが家出してくれて私は内心ほとした。危うく、この父と同じ事に身を捧げるところだたのだから。



「スミさんはどこへ行てしまたんでしうね」
 その晩、石が私の部屋に布団を敷きに来て、なんとはなしに言た。
 私は窓際でぼんやりと本を読んでいた。スミには確かに惹かれるものがあたが、しかしたた一度の邂逅では感情移入もあまりできず、私は対岸の火事、他人事と認識していた。
「さあ・・・東京じないかな」
 私もなんとなく答えただけだたが、石はぴたりと手を止め、じとこちらを見る。
「どうして東京なんでしう」
「いや、わからないけど」
 しかし石は熱心にこちらを見つめている。ただならぬ雰囲気に気付いた私は、本を閉じて石の方を見た。
「一体どうしたい」
「いえ・・・」
「言てご覧」
 石は、再び手を動かし始めた。
「実は、御尊父に秘密でスミさんと東京で暮らすつもりだたりしやしないか、なんて」
「私が?そんな馬鹿な」
 突拍子もない石の想像に私は驚いた。適当に「東京」と答えたから、誤解を与えてしまたのだろうか。私は石の想像を自分でも膨らませてみた。家業を継げと迫る親元を離れ、若い二人が都会の片隅で自由に愛を謳歌する、逃避行の物語・・・。
「面白い話じないか。婦人雑誌に連載できる」
 私は少しからかいを含めて言た。石は耳まで赤くして黙てしまた。布団を敷き終え、何の感情表現のつもりか、私の枕をぽんぽんと二度も叩いた。
「そんなら失礼致します」
 石は一礼して部屋を出て行く。しかし襖を閉じる途中で、その手が止まる。
「本当にスミさんとご結婚なさらないの?」
 襖の間から、顔を半分隠して石は言た。その様子がおかしくて私は愉快な気持ちになた。
「しないよ。もうスミさんがどこへ行たかもわからないし、ご破算だね」
 石はそう聞くや否やさと襖を閉めてしまた。部屋から遠ざかる彼女の足音は軽やかだた。



 翌朝早くに、またしても私は父に叩き起こされた。
「スミさんから手紙が届いた!」
「居所がわかたんですか?」
「手紙は東京駅から投函されたが、今はどこにいるのかわからない。これを見ろ、お前宛の手紙だ」
 スミからの手紙は二通あたという。一つは彼女の実家宛で、もう一通は私宛だた。上等な封筒にはきちりと封がなされ、私の名前と、私以外は決して読まないこと、という注意書きが書かれていた。実際、封はまだ解かれていなかた。
 父からはなれるように私は窓際に近づいて、その封を解いた。一枚の便せんが丁寧に折り畳まれていた。その文章は、女性が書いたとは思えなかた。
 内容はこんなことだた。

 私の勝手でご迷惑をおかけする事を謝罪致します。私との見合いに好意を抱いてくだすた貴方にはより一層の罪悪感を感じている次第です。なので父にも言わない事情を、貴方には伝えなければならないと思い、個別に手紙を書きました。どうか、他の方には秘密にお願い致します。
 初めに、私は貴方に不満があて見合いを拒み、家を出たのではないということを明記しておきます。元より見合いには反対だたのです。私の不満は、この町で一生を過ごすという事実にあたのです。私は自らの生涯を片田舎の屋敷に閉じ込められて終えたいと思いません。そのような人生を貧しいと考えます。これは私の父の生き方も、貴方の御尊父の生き方をも侮辱する言葉でしう。しかし、私は、外の世界を知りたいのです。一度得た好奇心には逆らえないものです。私は折り折りに本を買い集め、いろいろの事を学びました。きと大学で学ぶ貴方にしてみれば大した知識ではありません。しかし十分に私の知識欲を育てたのです。そうなれば、あとはこの家に生まれた自分を恨むばかりでした。この世界が広く、想像もできないほど深く広がていることを知てしまた私は、この家を出る決断をしました。しかしそんな時に、見合いの話がやてきたのです。もはや後が無い状況に追い込まれてしまたのです。ですが、貴方が私の見合いを拒めば、私はまた時機を待て父を説得し、順当に家を出る事ができる、と考えました。まだ希望がありました。しかし貴方は、そうしなかたのです。貴方は私を受け入れてくださたのに、私はそれを無碍にする他なくなりました。こればかりは心の傷むところです。私は貴方の気持ちを無視し、父を欺き、孤独に旅立つしかなくなりました。九州に教師をしている親戚がいるので、そこに向かいます。ですから心配は無用です。全て私の自業自得のためです。本当に心より謝罪申し上げます。
 どうか父には、手紙を見せないでください。父は人生に誇りを抱いています。だから私の言葉はきと父を傷つけるでしう。
 草々不一

 スミの父も私の父も、手紙の内容を知りたがた。私は、見合いを反古にしたことの謝罪が書いてあるばかりだ、と答えた。
 一方宝積家宛の手紙には、例の親戚の家を訪れるつもりであるということ、父への謝罪などが書かれていた。私宛のものより数枚多く書かれていた。何よりも彼女が無事であることが明らかになり皆安心した。
 私は、スミの手紙を何度も読んだ。驚くべき事に彼女の気持ちは、全く以て私と同一だたのだ。ただ違うのは、彼女は決意し、行動に移したということ。一方私は考えてばかりで、父に訴えもしなかた上に、流されるままに人生を決める所だたのだ。そしてその決断がスミを家出に追いやたのである。私は自らを情けなく思た。一方で彼女を賞賛した。その決意を見習わなければ・・・。
 スミの父はあたふたと親戚の連絡先なり、彼女が使う線路などを調べに自宅へ帰た。私の父は騒動が一段落つき、また自らの家に責任が無いのを確信して、ほと息をついた。



 結局見合いの話は、先延ばしになた。母も実家に帰て来て、口添えしてくれた。
 出立の日。見送りはいらないと言たが、石が駅まで着いて来た。まぶしいほどの快晴だた。
 私の荷物を持て、石が横に着いて歩いている。
「石はこの町が好きかい?」
 私はなんとはなしに聞いた。
「好きです」石は言た「石はここで暮らせて幸せです。ここより良い町なんて想像もつきません」
「そうか。そうかもしれないね」
 石は列車が遠ざかるまでずと手を振ていた。私はその姿が見えなくなるまでその姿を見つめた。
 私は実家に洋雑誌を乾かしたまま、置き忘れてしまた事に気がついた。
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