【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 10
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融けない雪
茶屋
投稿時刻 : 2015.02.22 23:30
字数 : 2346
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融けない雪
茶屋


 僕は恋をした。
 これは恋の物語。
 けれどもこれは僕の物語ではない。
 友達の友達の話。
 そうだとすればこれはアーバンレジンド。いわゆる都市伝説てやつだ。
 だけどこれは友達の友達の友達の友達の友達の友達の話。
 六次の隔たりだ。
 スモールワールド現象の一つ。
 知り合いを6人介せば世界中の誰とでも繋がれるてやつだ。
 だからこれは世界中にいる誰かさんの話てわけだ。
 誰かの話。
 誰だかはわからない。
 だから、仮にこの物語の主人公のことを「僕」と指そう。
 そう。だからこれは僕の物語。
 僕ではない、僕の物語。

「融けない雪はなんてないんだよ」
 そんな風に彼女は言た。あれは雪の降り始めだたか、春の始まりだたか、蝉のうるさい夏の頃だたか、よく覚えていない。僕の記憶はいつも曖昧模糊としている。
 ちなみに模糊と言う字は10の-13乗をあらわすらしい。
 ずいぶん小さい。ピコ(10の-12乗)よりも小さいけど-1乗だけの差だから曖昧ピコと言ても大差はないのかもしれない。
 話がそれた。
 今後もそれる。
 僕の話はいつだてそれる。僕の話はいつだて迷子だ。
 だから、何で突然彼女の言葉を思い出したのか、そんな話に及んだのかはやはり僕の記憶は曖昧ピコだ。
 うん。正直ちと気に入ている。曖昧ピコ。
 今後使ていこうと思う。
 けど、多分もう二度と使わないだろう。
 話を戻そう。
 話を戻すには話を逆向きに辿るのが迷子にならないですむ方法かもしれない。
 で、何の話をしてたんだけ?
 そうそう。涅槃寂静は10の-24乗らしい。これはすごい。プランク長には及ばないけどだいぶ小さい。
 いや、また迷た。
 融けない雪の話をしようと思ていたんだ。
 つまり、彼女の言た台詞の話だた。
「永久凍土とかは、融けないんじない?氷河とか」
「融けるよ。ただ、たまたま今は融けてないだけ。環境が変われば融ける」
 でも実際融けない雪なんてものがあたら困る。雪が融けなければ、地球上の水分は雪になて堆積を続け、天候は激変し、飲み水にも困るようになるだろう。例えばアイスナインの物語。全ての水を凍らせてしまう危険な物質。SF小説「猫のゆりかご」に登場する物質だ。
「それを言たらどんな物質にだて言える。液体・固体・気体の相転移は万物に当てはまる」
 火星では二酸化炭素の雪が降るて話だ。何も雪は水だけに限た話じない。
 鉄の沸点は2,862°C、そんな物凄い熱い惑星では、もしかしたら鉄の雲ができて鉄の雨や鉄の雪が降るかもしれないじないか。
「でも、融けない鉄はないじ情緒てものがないじない」
「冷めないコーヒーはない」
「熱力学第二法則?」
 そんな会話があたような気がしている。あたかもしれないし、なかたかもしれない。失われない記憶はない。そんなところだ。
 万物のエントロピーが増大するように、情報のエントロピーも増大する。散逸して、不確かになていく。
 僕の記憶は散逸していく。 
「終わらない恋はない」 
 彼女はそんな風に付け足すのを、僕は漠然と聞いていた。それは別れ話だたのかもしれないし、ふと出てきただけの言葉だたかもしれない。
「だとしたら、全ての終わらないものは恋でない、が対偶になるわけだ」
 ヘンペルのカラス。全ての終わらないものの中に恋が含まれていなければ証明は完了する。
 全ての終わらないものを調べなければならない。
 そうしなければこの証明は終わらないのだ。
「だけど」
 そもそも終わらないものなんてこの世の中に存在するんだろうか。

 宇宙にも寿命があるとすれば、現実的なもので終わらないものなんてないのかもしれない。
 だけど、宇宙の寿命をどう定義するかにもよるかもしれない。熱死による終焉ならば素粒子が消失するわけではない。
 エントロピーが増大しきて相互作用が及ばなくなり、絶対零度に近い状態になる。
 宇宙は凍る。
 凍たまま永遠に存在し続けるのか。
 ビククランチは?
 特異点への収束。
 ビグバンへ向けた始まりへの回帰。
 素粒子はやはりリサイクルされるかもしれない。
 素粒子は永遠かもしれない。
 けれど、これは恋じないんじないかな?

 概念の世界では永遠に溢れている。
 もちろんその中に「永遠の愛」なんてものも存在している。
 でも概念なんてものはいくらでも作り出せる。実在ではないのだから。
 だから「終わらない恋」なんて概念だて作れるし、「終わるが終わらない恋」なんて概念も作り出せる。
 だけど所詮は概念だ。
 それが作り出せるからと言て、実在の証明にはならない。
 神と同じくして。
 
 神が死んで、恋も死んだのか。
 雪が降ている。
 手のひらに舞い降りては、じわりと融ける。
 僕らの恋も、こんな風に終わてしまうのか。
 でも僕は「終わらない恋」を求めて旅に出た。
 長く苦しい旅立た。
 それは空しくも壮絶な旅だたと、記録されている。
 春が過ぎて、夏が加速し、秋が去て行た。
 旅を終えて、僕はまた彼女の前に立つ。
「見つかた?探し物は」
 僕は黙て首を振たというのがその後の文献調査から明らかになている。
「そう、やぱり終わらない恋はないのね」
「その証明もできなかたよ。まあ、悪魔の証明みたいなものだからね」
 雪が降てきた。
 季節はもう冬だ。
「でも雪は降る。毎年、地域によるし絶対とは言えないかもしれないけど、大抵は」
「そうね」
「それでいいんじないかな。終わりが来るなら繰り返せばいい」
「つまり?」
「雪が融けてもまた降てくるように、恋が終わてもまた恋に落ちればいい」
 そんな適当な答えに彼女が満足したかは定かではない。
 だけど、僕は多分満足したと思うのだけれども、そこら辺は曖昧ピコとしている。
 まあ、今日もどこかで恋が始まて恋が終わている。雪が降て雪が解けるように。
 今日の天気は恋時々別れ。
 そんなもんさ。
 
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