【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 12
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いばらの女王
投稿時刻 : 2015.06.11 03:29 最終更新 : 2015.06.11 15:14
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- 2015/06/11 15:14:05
- 2015/06/11 03:43:01
- 2015/06/11 03:37:05
- 2015/06/11 03:29:04
いばらの女王
古川遥人


 泉中高校テニス部は練習が厳しいことで有名だ。練習を始める前に男子は四〇〇メートルのグラウンドを一〇周。女子は五周。走り終わた後に、荒い息を吐きながら、顧問の前で円陣を組み、学校中に響くような大声で今日の目標を言わなければならない。その目標も、曖昧なものだたり、弱気なものだたり、心がこもていなかたり、少しでも声が小さかたりしたら、顧問にボールを投げつけられて、お前今日は練習が終わるまでずと走てろと言われる。練習の時も同様だ。少しでも気を抜いたり、声が小さかたりすると足を蹴られ、お前やる気あんのか、とヤクザばりに怒鳴られる。そして胸元に向かて、顧問が手に持ているラケトを投げつけられる。はきり言て理不尽だ。まるで監獄のような環境だ。それでも県内では一番の強豪校だた。全国大会の常連校でもある。今の顧問になてから、部は確実に強くなている。だからこういう練習にも耐えなければいけない。
 しかし俺はくじけそうにもなている。顧問にはよく怒鳴られ、ラケトで腹を何度もド突かれる。その度に心臓が縮み上がて、今すぐに逃げ出したい気持ちと、理不尽に対する悔しさが湧き上がてくる。俺はどうしようもない気持ちになる。だからお前は実力があるのに二年生で二番のままなんだ。皆にそう言われているような気がして、言外に顧問に責められているような気がして、俺は少し泣きたくなる。
 泉中高校には絶対的なエースがいる。俺と同じ二年の村田昴流。中学の時に軟式のダブルスで全国ベスト8まで進んだ奴だ。どんなに相手が強かろうとサーブが早かろうと戦略的に攻めて来ようと、ベースライン上で粘りに粘て、相手の隙が出来た瞬間に攻撃を仕掛けて前衛に決めさせる。とても粘り強く、どんなに不利な状況でも諦めない、メンタルが異様に強い奴だた。お互いに別の中学校から偶然にも同じ高校に入り、村田も俺も硬式テニスを始め、同じシングルスを任されることになた。でも、やはりと言うべきか、現在じあいつがシングルス3に入るレギラーで、俺はレギラー候補のベンチに過ぎない。技術は俺の方が上かも知れないが、テニスにおいてメンタルに差があるということは、大きな意味を持つ。競い合ている重要な場面での得点に関わるし、少しの気持ちの差が試合に大きな影響を与えてしまう。俺と村田では、村田の方が選ばれるのは正しい。もちろん、そう理解しているけれど猛烈に悔しいとも感じる。
 俺はうだうだと考え込んでしまう性質だた。ミスを引きずりやすいタイプだた。練習だて顧問に怒鳴られてばかりで、毎日のようにラケトを投げつけられる。その度に俺の心はくしくしになて、惨めな気持ちばかりが増大していく。それをずと引きずてしまう。俺はだから、村田には勝てないんだ。村田はすぐに切り替えることが出来るのに、俺はいつまでも悪かた点を悩んでしまう。
 
 練習の最後に、校舎へ続いている一〇〇段ほどの階段を全力ダで昇降する『階段ダ』を三〇往復やらされる。これは死ぬほどキツイ。三時間半の練習で足も腰も疲れ果てているのに、一番きついことをやらなければならないのは地獄だ。もちろんここでも手を抜くと、顧問のラケトが飛んできて怒鳴られ、回数を増やされる。一年生なんかは死にそうな顔をして、足をがくがくと震わせながら走る。俺は足には自信があるから、誰よりも早く昇り降りするのだが、顧問は決して一番になても褒めてくれない。村田が粘りのあるプレイをすれば褒めるのに、俺の良い部分は決して褒めてくれない。まあ、そういうことを期待してしまうから、俺はメンタルが弱いままなのかもしれない。コートの中では誰も褒めてくれないのに。褒めてもらいたがてる時点で、俺は甘いのかもしれない。

 練習が終わた後で、今日の反省点と良かた点を順番に大声で叫んでから、コートに礼をして練習は終了。やはりこの部は超体育会系だ。が、メンタルが弱い俺にとてはこういう部活の方が強くなれるかもしれないと思う。その分、毎日半泣きになるほど怒鳴られて走らされるわけだが。
 礼をした後で、顧問が大声で「岩野!」と俺を呼んだ。声の感じから、あまり良くない話題だとは分かたが、俺は疲れた足を走らせて顧問の元に向かた。他の部員たちは何事かと俺をちらちら窺ている。なんでしうか、と言おうと口を開いた瞬間に「お前、まだわかてねーだろ」と凄まれてボールを顔面に投げつけられる。当たた部分が熱を持て、痛みを感じる。俺はいきなり怒られて訳の分からぬままに驚く。心臓がキと縮こまるようなあの感覚がやて来る。皆の見ている前で怒鳴られる自分。辱めを受ける自分。顧問は俺の腹をグーで突きながら「今日の練習でな、お前が一番、声が小さかたんだよ、お前、やる気ないんなら部活辞めろ、なあ、変な時にドロプシト打てたの俺見てたぞ、自分は走らないで、相手ばかりを走らせて、楽して、そういう部分がお前のメンタルの弱さなんだよ、お前さ、明日はずと走り込みな。しかりと声出せよ。お前が一番大きな声出せなかたら、明後日も走らすからな」そう言て、顧問は俺の頭を叩いて去ていく。俺は心が折れそうになて、自分の惨めさに涙が出そうになた。

 うちの部活は練習が終わた後に制服に着替えて、校舎の前に集まて先生の講評を聴いてから帰るという決まりがある。俺はふらふらと歩きながら、泣きたいのに泣けない気持ちで、制服に着替える。隣にいた村田が「ちとあれは酷いね……」と声を掛けてくれるが、俺は短く首を振る事しか出来ない。お前に俺の気持ちなんて判らない。そうやていじけるくらいしか俺には出来なかた。そんな惨めな気持ちの時に、一番来てほしくない奴が現れてしまた。
「修吾
 とても甘い声で、奴は可愛らしい女子グループの中から手を振てくる。華やかな群れの中から一人脱け出し、俺の元に小走りで駆け寄てくる。そして俺に抱き着いてくる。ストロベリーのような甘い香りがして、俺は少しだけいい気分になて、それからすぐにうんざりした。
 彼女は吹奏楽部に所属する、クラスメイトの赤城瀬理花だ。同じ中学校に通ていた同級生で、そこでもクラスが一緒だた。中学でテニス部のエースだた俺と、吹奏楽部で普門館に出場した彼女とは、なんとなくお互いに近くにいるような雰囲気があた。とびきりの美人でプライドが高い、でも自分に釣り合うような人となら対等に接する彼女は、クラスの中でもよく俺と話をしてくれた。俺たちはいわゆるリア充グループにいて、他にもサカー部の高崎――こいつは一番声がデカくて、よく他の生徒の席に勝手に座て大声で自慢話を始めるような奴だ――それに派手な化粧で交際が広いヤンキー女の雪野と、女子バレー部のキプテンで男好きな相沢でグループを組み、俺たちはクラスの頂点に君臨していた。べつに組みたくて組んだわけじなく、いわゆる強い奴らが徒党を組んで、他の弱い奴らよりも上位に立つために集まているに過ぎなかた。俺は赤城や雪野や相沢の事が好きなわけじないし、高崎に関しては嫌いでさえあた。高崎はクラスの隅こでオタク話をしているような奴らの背中を蹴たり、クラスでは二番目のグループにいる奴らの持てるCDやお菓子を勝手に奪て謝らなかたり、とても横暴な感じだたから軽蔑していた。そもそも俺が全国大会に行けるような奴だから、高崎たちも付き合てくれているだけじないか。本来ならこいつらと俺は友達になるような関係ではないんじないか。俺自身も、そういう奴といることでクラスの上位に立ているんだという気分に浸ていただけなんじないか。俺たちは地位を共有するだけのグループでしかなかたのだ。
 赤城はよく男子生徒がちらとでも自分の方を見ると「あ、キモ! アイツじろじろ私の方を見てんだけど」なんて自意識過剰なことを言たり、本人が教室にいる中で「〇〇君てキモいよね、なんかよく私の脚とか見てんの」と言て雪野が「うわ、それキモ、マジ死んでほしい」と合いの手を入れて、高崎が空になたジスパクを揶揄されている子に投げつけながら「お前見てんじねーよ」と怒鳴る。相沢はそんな高崎に腕を絡めながらけたたましく笑い、俺は赤城に体を寄せられながら苦笑いしている。俺たちはそんな嫌なグループだた。
 正直、赤城はすごく美人だし、絶対にわざとやているだろう、Yシツの第一ボタンを開けてぎりぎりブラジが覗けるか覗けないかくらいにしている感じとか、リプが微かについた食べかけの甘いクレープをお腹いぱいだからと言て俺の口に上目づかいで差し出してくる感じとか、夏場にこちらを向きながら下敷きでスカートを仰いで中の下着が見えそうになる感じとか、そういう男心をくすぐるあざとさに最初はドキドキしていたけれど、次第に彼女は俺という人間が好きなんじなくて、ただ強くて自慢できるような奴が好きなんじないかと思て、もやもやしたのも事実だ。俺たちは校内で噂されているみたいに男女関係として付き合ているわけではなかたし、相沢と高崎がするようなキスやペングをするわけでもなかた。こいつは俺が全国大会に行けるような奴だから側にいるだけなんだ。
 今もこうやて抱き着いてくれているけれど、俺が二番であることを彼女はどう思ているんだろう。
 離れたところでキと華やいだ声を出している吹奏楽部のグループの声を聞きつつ、「おま、まだ講評終わてないんだから離れろや」と言て赤城を引ぺがした。赤城は「も、修吾つめたーい」と言いながら、可愛らしい笑顔を見せる。これも計算なんじないかと勘ぐてしまう。自分が可愛く見えるようにすべて計算してやているんじないか。彼女は村田に向かて「あ、村田くん顔真赤にしてー、かわいー」と指を差して笑いかける。スカートは太ももが見えるくらいに短くされていて、ちんと男子の目を奪うように計算されている。その白くて艶やかな太ももは、思わず男子として目を向けてしまう。だてそれは彼女の美しい武器だから。村田は一瞬だけ、そのスカートの短さに目を向けてから、恥ずかしそうに、「赤城さん、いじらないでよ」と弱々しい声で言た。村田はメンタルが強いくせに純朴で、女子に対してはすごく弱気だ。鼻をくすぐるような甘たるい制汗剤だか香水だかのストロベリーの香りを振りまきながら、彼女は俺に向かて「修吾、一緒に帰ろう」と言て手を触れてくる。さきまで俺を憐れんでいた連中はすごく羨ましそうに俺を見つめている。村田も俯きがちにこちらを見ている。少しだけ優越感に浸たが、同時にすごく情けない気分にも陥る。俺が求めているのはこういう優越感ではない。
 そこで顧問がわざとらしく、「ん」と大きく咳払いをした。けれど赤城はひるむことなくあけらかんと笑いながら、「ごめんなさーい、高樹先生。おじましましたー」と言て、離れていく。けれどすぐに、先生に向かて、「私の太ももばか見てたのバレてますよー」と言て笑いながら女子の群れに入ていた。遠くの方で、きと笑う声が響いて、顧問も俺らも呆気にとられていた。まるで嵐のような女だ。先生はその日、少しだけ恥ずかしそうに講評を始め、俺らを怒鳴ることはなかた。いい気味だ、と思えるほどに俺はメンタルが強くないので、ただ真面目な気持ちで居心地の悪さを感じているばかりだた。

 帰り道、自転車を引きながら赤城の隣を歩く。赤城は小悪魔のような笑みを浮かべて「いい気味だたでし。修吾怒られてばかりだたもんね。ちと仕返ししてやた」と言てこつんと肩に頭を乗せてくる。
後ろを歩いているだろう他の連中の視線が痛かたので、俺は「付き合てもないのに人前でそういうことすんなや。あと、すげえ居心地悪かたわ」と返す。
「だて修吾が晒されてるみたいで我慢できなかたんだもーん」
「ありがたいけど、余計なお世話。俺が強くならなければ意味ないんだし」
「ふーん、修吾はずと村田くんに負けてるもんねー。村田くんの方が格好いいかも」
 そう言て意味ありげに笑た。ほら、だからこいつはそういう奴なんだ。どうせ村田に乗り換えようと色々アピールしてたんだろう。

 俺は赤城に元気づけられたのか、煽られたのか。
 とにかく、俺はあの日からやけに気合が入るようになた。努力して練習に取り組むようになた。今までの何倍も真剣に取り組むようになた。
 練習では一番に大声を出し、とにかく気迫で負けないようにと気張た。取れなさそうな球でも全力で追いかけ、高さで届かないだろう球にも全力で飛びついた。そのおかげか、村田ともいい勝負が出来るようになた。
決して赤城のことが好きだから頑張ているわけじないが、あいつと釣り合うような男じないと恥ずかしいという気持ちも確かにあた。彼女は、男としての優越感を確かに与えてくれるような女子なのだ。好きと言うよりも、お互いに自慢できる関係としていられる感じ。ビジネスライクと言てもいいかもしれない。だからこの共存関係から、勝手に俺だけが転げ落ちるのは恥ずかしい事だし、彼女から軽蔑の目を向けられるのは、やはり嫌だたのだ。

 俺はそれから一か月後の練習試合で、ついにレギラーとしてシングルス3を任せられることになた。もちろん練習試合だから、俺の実力を試す意味で出してくれたのだろうが、チンスは絶対に掴まなければならない。そのために俺は頑張てきたのだから。顧問は珍しく、俺の頭に優しく手を置いて「お前が最近、すごく変わてきたのはわかててる。しかりと努力をするようになた。気持ちで負けないようにしてるのがスゲー伝わてきた。だから、これは俺からお前に与えるチンスだ。ここで結果をしかり示してみろ」俺はそう言われて燃えた。ここが大きな分岐点になるだろう。もちろん負けたところで腐らずやるのは当たり前だが、とにかく気持ちで負けない様に。強くあろうとすることが大事なのだ。気迫だ。赤城との共存関係を守るために。俺は負けてはいけない。
 複数の高校が集まて六試合して、そのうちの五試合で勝つ事が出来た。恐らく技術と気持ちがいい具合に自分の中で噛み合たのだろう。気迫に燃えながらもいい意味でリラクスして臨むことが出来た。プレに押しつぶされることはなかた。顧問も俺が良いプレイをすれば褒めるし、怒鳴ることはなかた。悪循環に陥ていた自分が、そこから抜け出せたのを感じた。あとで赤城にお礼しなきなと考えながら、俺はその日の試合を終えた。レギラーに選ばれるかは分からないが、決して悪くはない結果だた。

 夏の大会の地区予選。その二週間前に顧問からオーダーが発表された。シングルス3に俺の名前が呼ばれる。怪我がない限り、地区予選は全てこれで行くと発表される。俺は思わずガツポーズをとり、全身で喜びを表現する。他の奴らには、とくに村田には厭味に見えるかもしれないが、こうやて全身で感情を表現することも、テニスでは大切なことだ。悔しがらせたり、自分の気持ちを高めたり、苛立ちを消したりする。だから俺は、感情をそのままに表現して喜びを示す。
 仲間が褒めてくれる。
 厳しい顧問も期待の言葉をかけてくれる。
 俺はやと自分が這い上がれたような気持になて、少し涙が零れそうになた。
 
 その日の講評が終わた後、赤城が俺の元にやてきて、抱き着いた。
「修吾選ばれた? やたー!」
 彼女は短いスカートで飛び跳ねながら、甘い香りを撒き散らしている。シツを取るために近くに屈んでいた 男子は、ひらめくスカートの中の秘密を覗こうといやらしい目で見つめている。恐らく赤城はこういう視線に気づいている。そして、すごく軽蔑していると思う。後で仲間内で晒しあげて、メールで回したりするのだろう。赤城が言うには、男子の視線というのはたいてい女子にバレバレで、そこにいやらしい気持ちが込められていればいるほど、分かりやすいのだと言う。俺も思わず女子の胸元に目がいきそうな時があるが、それを何とか理性で押さえようと頑張ている。
「修吾、後でまたメールするね。今日はちと、残らないといけないから」
 そう言て赤城は申し訳なさそうに小さく手を振りながら、華やかさを残して校舎の方に向かた。

 自転車を引いて帰り道を歩きながら、教室にプリントを忘れてきたのを思い出した。六時間目の授業が長引いたため、急いで部活に向かい、そのせいで宿題のプリントを机に入れぱなしにしてしまたのだ。俺は慌てて学校に戻て、夜になてほとんど人のいなくなた職員室で鍵を借りた。階段を駆け上がりながら、三階の教室に向かう。生徒の姿のない校舎というのは、やけに不気味だと思いながら、俺は教室の鍵を開けた。あまりにも静かすぎるので、音が響き過ぎないようにそと鍵を開ける。スポーツをやているくせに、静かな場所で大きな音を立てるのがいまだに苦手だた。なぜかだか抜き足差し足で机に向かい、プリントを取る。別に誰がいるわけでもないが、見つかたらいけないみたいな雰囲気が、夜の学校には漂ている。
 急いで帰ろうとしたところで、鍵の閉またベランダの方から、微かに声が聞こえてきた。
 誰かいるのだろうか。
 各階には東側に五つの教室が並んでいて、ベランダも教室同士で繋がている。ベランダを通じて他のクラスに行き来する者も多い。だからほかのクラスの奴らが残ている可能性もある。が、何となく気になてこそりと覗いてみることにした。
 隣のクラスのベランダ側に、並んで座る二つの影があた。それは見知た姿だた。赤城と高樹先生が重なり合うようにしてキスをしている姿が見えた。ベランダの壁に並んで座り、軽く手を握り合いながら、長い時間のキスを交わしている。高樹先生の左手は彼女の脚に触れていて、赤城の腕は先生の背中に回されている。なぜだろう、と考える間もなく俺はその場から走て逃げた。途中で鍵を閉め忘れたことに気づいたが、あの場所に戻りたくはなかた。そうか、赤城は高樹先生の事が好きだたのか。でも、だたらなんで俺によく付きまとてくるのか。様々な考えがぐるぐると回て、イラついてきて、思わず俺は自転車を思いきり蹴た。なんだかとても馬鹿らしい気分に陥た。

 高樹先生は既婚者だ。まだ三十四歳で、先生の中じ結構若い方である。背が高くて、顔立ちも良い方だ。しかし先生と赤城が、なぜ隠れてキスをしてるんだろうか。男子の憧れである彼女が、どうして先生とキスをしているんだろう。先生もなんで女子生徒に手を出しているんだろう。浮気じないのか。PTAを揺るがす大きな問題じないのか。それにどうして赤城の方も嫌がらなかたのか。
 俺は誰も信用できないような気持ちになり、その日は眠れなかた。ベドの中で悶々としながら赤城の事を考えて、イラついたり、人恋しくなたり、先生を呪たり、自分が情けないと感じたりした。先生に甘える赤城のことを考えて自分を慰めたのは、その日が初めてだた。途轍もなく嫌な気分になた。情けなさばかりが自分の胸を覆ていた。

 それからの俺はまるで駄目だた。精神的にも不安定だたし、練習にも身が入らなかた。案の定、一回戦のシングルス3でボロ負けし、他の皆が勝てくれたから良かたものの、俺は顧問に怒鳴られて、次の試合ではレギラーを外された。
「おめーは相変わらず本番に弱いな。なんで試合に飲まれてんだよ。お前じだめだ。次からは応援席で叫んどけ」
 呆れたようにそう言う顧問に対して、女子生徒に手を出すクズ教師めと思いながら、俺は顧問を睨んでやた。顧問はさすがにイラついたのか、俺の方を見て、「なんだよその目は」と凄んでくる。
「変態野郎が」
 俺がそう言うと同時に、顧問は俺の腹を足の裏で蹴飛ばした。最低のクソ野郎だ。なんでこんなやつが偉そうにテニスを教えてやがるんだ。どうせ女子生徒とやる事ばかり考えて、俺たちには走らせておけばいいと思てるんだ。馬鹿みたいに努力する俺たちを怒鳴てストレスを解消してるだけなんだ。どうせ女子生徒の太ももとかをちらちら眺めて、どうやてたらし込めるかを考え続けてたんだろう。俺は高樹をぶん殴た。周りの奴らは何事だと戸惑いながら、俺を止めにかかた。恐らく俺が悔しさのあまり先生を殴たと思われているのだろうが、違うんだ、こいつは最低の奴なんだ。俺はそう喚いたが、誰も俺の話に耳を貸してくれなかた。高樹は俺を凄んだ目で見ながら、お前はもう試合に出るな、と言た。誰が出るもんか。クソ野郎め!

 俺が先生を殴たことで、本来なら数日程度の停学に処されるらしいのだが、夏休み中ということもあり、一週間の校内清掃をするだけで許された。俺は誰にもアイツらの秘め事を喋ていない。俺が惨めになるだけだからだ。けれど、赤城にだけはどうしても聞いておきたかた。
 面と向かて訊けないから、俺はメールで聞くことにする。

 ――お前、高樹と付き合てるの

 そう送てみたが、しかし返信がなかなかこなかた。
 変なことを訊いてしまたかと後悔していると、一時間後に返信が送られてきた。

 ――付き合てないよ

 俺はしかし、その件を追求するように返信を送た。

 ――でも、お前と高樹がベランダでキスしてるの見ちたんだけど

 ――ああ、そうなの。でもさ、そのおかげで修吾もレギラーに入れたんだよ。まあ、修吾のためにやたんじなくて、高樹先生がどれだけ私のお願いを聞いてくれるか試したかたんだけどねー。あ、何かひどいこと言たかも、ごめんー(笑)

 ――なあ、なんでそういうことするんだよ。

 ――別にいいじん。というか、もう修吾と一緒にいるのに優越感を感じなくなてきたし、新しい人に依存したかたんだよねー。高樹先生て、一緒にいてドキドキできるんだよ。奥さんがいる人と付き合て、生徒に手を出してるていう弱みを握て、高樹先生の上に立つのてすごい面白いじん(笑) もしかして、部活終りに私が抱き着いたのを勘違いしてた? あれ、先生にアピールしてたんだよね。先生たら、私の体を見てるのバレバレなのに、自分は女子生徒に性欲なんて感じませんて顔して怒鳴て、修吾に嫉妬心とか抱いてたの気づいちたからさ。私から誘たらすぐに乗てきてくれたよ(笑) 今じ何でもいうこと聞いてくれるし、胸とか触らせるだけで色々とお願いきいてくれるから、今じ私の一番好きな先生なの。ちなみに吹奏楽部の部長も、私のこと好きで言うこと聞いてくれるし、英語の湯原はこそり盗撮してるの気づいてるて言たら高いもの買てくれるようになたし、いろんな人の弱みを握て、私は生きてるだけなの。私に釣り合うような人なんて、今まで会たこともないからね。キモい男たちを跪かせて楽しむしかないじん。あー、でもさ、このメール皆に見られたらやばいかもー(笑) でも修吾なら誰にも見せないて信じてるよ。

 ――お前は最低だよ。赤城

 ――えー、もしかして修吾、私のこと好きだた? でも修吾じ無理かも。修吾、弱いし。村田くんの方が可愛いし。私さ、村田くんとキスだてしちたんだよー。まあ修吾には刺激が強いかもしれないけどー(笑)

 俺は携帯をベドにぶん投げながら、ただ訳の分からない言葉を叫び、腕をベドに何度も叩きつけた。なぜ俺はこんなにも怒りと悔しさを感じているのだろう。なぜ、もう何もかもが終わていたのだと感じてしまうんだろう。
 まるで美しいバラに触れて、思わず棘に刺されたみたいな気持だた。ちくりとした刺激を受けて、戸惑うことしかできない。傷はじくじくと長く痛んで、血を滲ませている。
 彼女のトゲトゲしいばかりの内面に触れてしまた。
 自分の美しさに釣り合うものを求める傲慢さは、棘を持た悪女だ。
 小さな世界で女王として生きるしかない、可哀想な彼女を思た。その浅ましい世界には同情を覚えた。が、俺はもう彼女と関係ない世界で、下位に見られながら生きるしかなかた。俺と彼女は、やはり違う世界に生きる人間だた。それぞれが、分相応に生きるしかなかた。
 俺はそれからテニス部をやめて、クラスメイトの地味な子と付き合うようになた。
 赤城はもう一言も俺と口を利いてはくれない。
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