第27回 てきすとぽい杯
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歓喜の雨
茶屋
投稿時刻 : 2015.06.20 22:55
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歓喜の雨
茶屋


 水に濡らしてはならないよ。
 水濡れ厳禁だ。
 それが老人の忠告だた。
 だから、雨の日はずと部屋の中にいて、彼女と他愛もない話をしている。
「雨……
 彼女は外の様子が気になるようで、ずと窓の外を見つめている。
 陰鬱な雨。
 不吉な徴候とでも見て取ているのだろうか。
「大丈夫だよ。この家の屋根は頑丈だからね」
 彼女はふときとんとした顔をして、こちらを向く。やがて何事か合点が言た様子で笑顔を僕に向けてくる。
 彼女の笑顔はとても美しい。けれどもどこか儚げだ。
 それも彼女の魅力の一つだ。
 彼女とは長く暮らしてきたが、いまだよくわからないところがある。けれども、そう言たミステリアスな部分がなければ、僕はマンネリを感じていたかもしれない。
 彼女は再び視線を窓の外に移していた。
 どんよりとした雨雲から、雨は落ち続けている。
 雨だれや屋根から垂れる雫がどこか愉快な音楽を奏でている。
 蛙の合唱も、間もなく始まるだろうか。
 草木を潤す恵みの季節も、僕たちにとてはどこか気分の沈む時期だ。
「雨か……
 彼女はそう繰り返す。
 僕は黙て彼女の顔に見惚れていた。
 でもそれは暗示だた。
 そう、すべてが終わた。

 買い物から帰てくると、彼女は外に出ていた。
 傘もささずに、両手を広げ、降り注ぐ雨を全身に受けていた。
 彼女は笑ていた。
 僕は驚愕のあまり荷物を取り落した。
「雨、雨」
 彼女は楽しそうに笑ている。
「君は……何を……
 僕は顔をひきつらせながら彼女に近づいていく。
「雨てこんなに素晴らしいのね。水の潤い。恵みの雨。天の涙。ああ、本当に素晴らしい」
 まさか、彼女がこんな馬鹿な真似をするなんて思てもいなかた。
「君は……わかているか……
 思わず怒声を上げそうになるが、喉に何かが引掛かて登てこない。
 彼女は雨の中で踊ていた。
 歓喜の雨の中を舞ていた。
 彼女は本当に楽しそうだた。
 彼女のあんな笑顔を見たのは久しぶりだたかもしれない。
 僕のなかで何かがふつりと切れた。
 気づけば僕は彼女と踊ていた。
 気づけば僕は一人で踊ていた。
 彼女は雨の中で溶けて消えた。
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