第27回 てきすとぽい杯
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アーカーシャ
投稿時刻 : 2015.06.20 23:23
字数 : 1670
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アーカーシャ
犬子蓮木


 いらいらしていた。だから水をかけた。水濡れ厳禁、と書かれた紙が貼られていたからだ。
 水をかけたら何が起きるのかと思た。紙が滲んでいた。インクも滲んでいた。文字が読みにくくなていた。
 さらに水をかけた。ペトボトルから注いだ。夏は暑い。だから持ていた飲み水だた。それをかけていた。
 紙が黒くなた。文字はもう読めなくなた。水流で紙がやぶれた。破片が流された。
 何も起きはしなかた。
 期待はずれだた。
 どこからか人もやてこない。怒られるようなこともなかた。
 誰かのいたずらだたのか。それとも見えないところで問題が起きているのか。
 つまらないな、と思た。
 水がなくなた。水に濡れた紙の前を離れた。自販機の前へ立た。新しい水を買た。
 水を飲んだ。暑いと思ていた。体が汗ばんでいた。
 ケータイにメセージがあた。彼だた。少し遅れるとのことだた。
 本屋さんへ入た。エアコンが効いていた。涼しいと感じた。
 彼が来るまで本を立ち読みすることにした。恋愛の特集だた。彼の気を惹く方法が書いてあた。ランキング形式だた。フンシンについても写真が載ていた。どれも好みではなかた。
 電話がなた。電話にでた。
「今どこ?」
「駅の向かいの本屋さん。三階にいるよ」
「わかた行くわ」
 本を閉じた。棚にもどした。人の波をさけて出口へ進んだ。彼が見えた。彼が店に入る前に店を出た。
「ちと涼みたいんだけど」
「遅れたのが悪くない? いこう」
 ふたりで街を歩いた。ウンドウシピング。高いものを買うほどのお金はない。彼もわたしも。
「さき、水濡れ厳禁て紙が貼てあてさ」
「水かけたの? どうなた?」
「なんでわかるの?」
「わかるよ」
 なぜなのかの答えにはなていなかた。会話なんてそういうものだとも思た。
「なにもなかたよ。怒られたりもしなかたし、なにか壊れたりもしてないみたいだし、ブザーやサイレンも鳴らなかた」
「なてほしかたんだ」
「まあね。彼氏が待ち合わせに来ないからイライラしてたんだよ」
「かわいそうに。見に行てみよか。今頃、問題になてるかも」
 二人で最初の待ち合わせ場所に行た。紙は元通りになていた。乾いたのではない。古い紙はまるめて捨てられていた。新しい紙が貼られたのだ。
「あれがわたしがかけたやつ」
 まるまてるゴミを指さした。彼がそれを見た。そして言た。
「誰かがなおしたんだ」
「誰が?」
「さあ? 今も監視してるかも」
 わたしはカバンからペトボトルを出した。さき買たものだ。一口だけ飲んだ。そしてまた紙にかけた。紙が黒く滲んでいた。文字がだんだん読めなくなた。そして破れて流された。それでもやめずにかけ続けた。
「目的はなに?」
「水をかけること」
「賽の河原みたいだね」
「犀? 水浴び?」
「そうそう」
 彼は噛み合てない話を肯定した。彼の時折の癖だ。わたしもそのような彼を受け入れていた。めんどうだからだ。
「楽しいね」
「暑い」
「昼にしよか。エアコンの効いてる店で」
 パトカーがサイレンを鳴らしながら近づいて来るのが聞こえた。そして目の前を横切て、遠ざかていくのが見えた。聞こえた。
「お前を捕まえに来たわけではないらしい」
 彼が笑た。わたしも笑た。
「うそ、共犯でし
「二人で捕まると面会がいなくてさみしいだろ。だから一人でいてらい」
 空のペトボトルをゴミ箱に捨てた。ランチのお店歩いて行た。すいていた。メニを渡された。透明な水の入たコプも渡された。
「やめなよ」
 彼が言た。
「なんでわかたの?」
 わたしが言た。
「わかるよ」
 コプに入た水を彼にかけようかと思ていた。イライラしていたのだ。
「水濡れ厳禁の注意書きがないからよくない?」
「あたらかけるんでしう?」
「まあ、そういうものだよね」
 コプを手に持た。彼に微笑んだ。水を半分ほど飲んだ。そして、コプを置いた。食事を選択した。注文した。笑いながら食べた。おいしかた。会計を済ませた。店を出た。
 そして彼と別れた。
「さようなら」
                                      <了>
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