てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 10
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桜のおさとう
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2015.02.28 22:32
字数 : 10000
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桜のおさとう
大沢愛
〇
あれは幼稚園の年長組のときだ
っ
た。私の家の近くに新しい家が建
っ
た。農家の平屋が多い一帯に三階建ての洋風建築は異彩を放
っ
ていた。「間部」という大理石風の表札が門柱に嵌め込まれ、銀色のレクサスに乗
っ
た一家が引
っ
越してきた。休日でもネクタイを締めたパパに背中まで届くウ
ェ
ー
ビー
ヘアのママ。そして、さらさらの髪で屈託なく笑う男の子。引
っ
越しの挨拶回りで私の家を訪れたとき、「じ
ゃ
あ桜ち
ゃ
ん、うちの悠斗と同い年なんだ」と言われてなんだか申し訳ない気がした。
私の母親は彼我の格差をものともせずに「間部さん」との間柄を深めてい
っ
た。幼稚園から帰
っ
てくると、母親に連れられて間部さんのお家によくお邪魔した。一階はフロー
リングの吹き抜けにな
っ
ていて、螺旋階段が二階へと上
っ
ていた。ダイニングでお茶になる。ママ同士がお話している間、私と悠斗はテー
ブルに向かい合
っ
ておやつを食べる。私にはいつも紅茶を出してくれた。向かいの悠斗を見るとマグカ
ッ
プを飲みにくそうに傾けている。中身はホ
ッ
トミルクだ
っ
た。食べ終わると、ふたりで螺旋階段を上
っ
て二階の悠斗の部屋へ行く。ベ
ッ
ドのある子ども部屋には背の高さの倍ほどの本棚と、おもち
ゃ
の入
っ
たカラー
ボ
ッ
クスがあ
っ
た。ベ
ッ
ドに座ると、悠斗はミルクくさい溜め息をついた。
「いいなあ桜ち
ゃ
ん、紅茶飲ませて貰
っ
て」
椅子に座
っ
た私は天井の高さが落ち着かなか
っ
た。
「悠斗くんも欲しい
っ
て言えばいいのに」
言
っ
たことあるよ、と頰杖をついて目を伏せる。長い睫毛が反り返
っ
ている。
「体に悪いからだめだ
っ
て」
・・・何か言い返すべきだけれど、そのときの私はなるほど、とうなずいただけだ
っ
た。
「いいにおいだよね、紅茶。飲んでみたいな
ぁ
」
悠斗はいつもいい香りがした。他の男の子たちは泥や埃、涎の臭いをさせていたのに。や
っ
てはいけないのは分か
っ
ていたけれど、ぎ
ゅ
っ
と抱きしめてにおいを嗅いでいたい気がした。
「お店で売
っ
てるよ。パ
ッ
クとかペ
ッ
トボトルとかで」
「そういうの
っ
て体によくない、それに香りもよくない
っ
てママが言
っ
てた」
幼稚園に通
っ
ていなか
っ
た悠斗は、私と一緒に地元の小学校に入学した。サ
ッ
カー
が得意だ
っ
たおかげで男の子たちの間ですぐに人気者にな
っ
た。放課後、サ
ッ
カー
をや
っ
たあと男の子の友だちと別れて家に帰る途中でよく一緒にな
っ
た。幼稚園のころとは違
っ
て汗のにおいをさせていたけれど、不思議と嫌ではなか
っ
た。
「なんか、疲れるなー
。いいやつらば
っ
かだけど」
ランドセルを背負
っ
た悠斗は額に貼りついた髪をつまんで言う。膝小僧には血が滲んでいた。
「今日、うち来る?」
「うん」
鞄をうちに置いて、顔を洗
っ
て歯磨きして着替える。髪を整えてから悠斗の家に行
っ
た。
「お邪魔します」
悠斗のママは、いら
っ
し
ゃ
い、と言
っ
て迎えてくれる。幼稚園のころとは違
っ
て、お盆に乗せたおやつを子供部屋まで持
っ
て来てくれるようにな
っ
ていた。部屋の中にはテニスラケ
ッ
トとボー
ル、それにロジ
ャ
ー
・フ
ェ
デラー
のポスター
が貼られていた。部屋の真ん中に小さなテー
ブルが置かれ、向かい合
っ
て座る。悠斗は帰宅してすぐシ
ャ
ワー
を浴びる。濡れた髪のまま、ホ
ッ
トミルクを飲む。週に三日、夕方からテニススクー
ルに通
っ
ている。パパが学生時代、テニスをや
っ
ていたそうで、勧められて始めたそうだ。
「ぼく、や
っ
ぱサ
ッ
カー
とか好きじ
ゃ
ない。友だちとやるのは嫌じ
ゃ
ないけど、テニスコー
トに入るとほ
っ
とする」
ク
ッ
キー
を齧りながら、だよね、とうなずく。
「悠斗、あんまりサ
ッ
カー
向いてない気がするよ」
グラウンドで男の子同士ぶつか
っ
たり押し倒されたりしているのを見ると落ち着かなくな
っ
た。怪我が心配、というのもあるけれど、いまにして思えば羨ましか
っ
たのだ。
ときどき悠斗を誘
っ
て上鳥山のて
っ
ぺんにある公園まで行
っ
た。悠斗の練習用ラケ
ッ
トと、母親にせがんで地元の文房具店でや
っ
と買
っ
てもら
っ
たラケ
ッ
トで擦り切れた硬式球を打ち合
っ
た。バウンドの大きな硬式球はすぐに頭上を越えて、フ
ェ
ンスの向こうへと飛んでいく。最初は訳が分からずに何度もホー
ムランしてしまい、悠斗と一緒に崖を滑り降りてボー
ル探しをした。悠斗が小枝や蜘蛛の巣まみれになるのを見て、私は本気にな
っ
た。家でも素振りを繰り返して、何度もマメをつぶしてはテー
ピングを巻いた。ト
ッ
プスピンで悠斗の足元を狙えるようにな
っ
たのは一週間後だ
っ
た。右腕にも太腿にも脹脛にも張りや筋肉痛が来ていたけれど、悠斗が本気にな
っ
て球に食らい付いてくれるのを見ていると胸が熱くな
っ
た。一時間ほど打ち合
っ
たあと、東屋で休憩した。ポ
ッ
トのお茶を飲みながら、これでいつでも練習できるね、と言うと、悠斗は答えなか
っ
た。しばらくして、桜ち
ゃ
んとはもう打たない、と呟く。
「本気の球だと、きちんとしたコー
トでないと練習にならない。変なくせがつきそうだし」
思わず悠斗を見る。悠斗の本当に悲しそうな顔を見ると、胸のあたりで弾けそうだ
っ
た怒りが瞬時に萎えた。
「そうか、じ
ゃ
あ仕方ないね」
汗でグリ
ッ
プテー
プが剝がれかか
っ
た私のラケ
ッ
トを見る。一週間前は新品だ
っ
たのに、何べんも地面をぶ
っ
叩いたおかげでフレー
ムは傷だらけで、ガ
ッ
トは泥で黒ずんでいた。
それからも悠斗の部屋に通
っ
た。昔のテニスプレー
ヤー
の話を調べて話すと、悠斗は身を乗り出して聞いてくれた。ケン・ロー
ズウ
ォ
ー
ルのウ