【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 14
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哥倫比亜川の戦い
(茶屋)
投稿時刻 : 2015.09.30 21:59
字数 : 4100
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哥倫比亜川の戦い
茶屋


 月がやけに明るい。雲に隠れていてもその輪郭がはっきり見えるようだ。
 シャン、シャン、と鈴を鳴らすような音を聞いたような気がして、いささか酔いすぎたかと迎慈は思い、これで止めようと杯を空ける。
 しばらく月をぼんやり眺めていると、門が騒がしくなってきた。
 こんな夜分に何事かと思い、訝しんで門へと向かう。
 門兵と誰かが言い争っているようであった。
「ええい。立ち去れ。ぬしのような乞食僧の来るようなところではない」
「来るようなところか来ないようなところかは主人の判断するところ。故に、御主人を呼んでくだされい」
 乞食僧の言葉はあくまで穏やかで諭すようなところがある。ひどく懐かしい響きだ。
 とっさに迎慈は門に走り寄った。
「御屋形様。これは失礼いたしました。この乞食僧がどうしても御屋形様にお会いしたいといって座り込んでいるものでして」
 迎慈が見れば、門の前で襤褸衣を纏い、笠を深くかぶって顔を隠し座り込んでいる。
「良い。通せ」
「し、しかし」
「この坊主殿には以前の赴任地で色々と世話を受けたのだ。それがわざわざ訪ねて来てくださったのだ」
 迎慈は門兵の方に手を置き、緊張をほぐすように軽くもんでやる。
「阿田夢主殿も人が悪い。事前に言伝でも下さればよいものを」
「いやはや申し訳ない。何分、今やこんな身を窶してしまったもので」
 そういってボロボロの法衣を広げて見せる。
「ははは。構いは致しませぬ。ささ、上がって下され。おぬしも、すまぬな」
 門兵に労いをかけながらも、迎慈は屋敷へと僧を上げ、小間使いやら女中に食事やら酒の支度を急がせる。
 館の奥の座敷に二人は座って対峙する。
「久しいの。沙武重」
「変わらぬの。迎慈」
 僧は笠を取って満面の笑みを浮かべた。人懐っこい、どこか人を安心させる笑顔だ。
 その魔力に、思わずつられて笑ってしまう。
 やがて膳が運ばれてきて、酒が入る。
「子供の時分が懐かしくて仕方がない」
「左様だ。あの頃は楽しかったのう。食い物が無くとも、皆笑っていられた」
「わしはそれほど不自由ではなかったがな」
「ほりゃほうじゃ。御役人殿の御子息が何でわしらと遊んでおったのか不思議なくらいだ」
「何故だろうな」
 多分お主に惹かれたのだろう、とは迎慈は言わなかった。
「だが、楽しかった」
「ご子息殿のおかげでわしらもたまにはいいものを食えたしな」
 そこでお互いに笑いあう。
「ほら、今はもう御子息ではないぞ。己の力でのし上がった役どころで得た、飯に酒だ。さあ、たらふく食え」
「では、ありがたくいただくことにしよう。こんな立派な飯は久々じゃ。酒は、今まで飲んでいた酒が酒ではなかったのだと思わされるほどだ」
 しばらく故郷を懐かしみ合いながら、昔語りなどして笑いあう。
「して、今度は何用か」
 迎慈の目は鋭かった。本心を語れと、促している。
 沙武重は数年前、王朝打倒を唱えて、加州で反乱軍を起こした。
 元々は村の若者をまとめ上げて自警団を作り上げていたのだが、そのうち村を襲っていた盗賊すらも味方につけて一大勢力になっていたのだ。各地で頻発していた反乱の時流に乗っていくつかの反乱勢力と合流していくうちに、いつの間にか反乱軍の長に仕立て上げられていたのだ。
 その報せを受けた時は迎慈もさすがに驚いたが、だが、不思議ではないとも思った。
 沙武重には昔から人を惹きつける魅力があったのだ。容姿はそれほど良いわけではない。だが、人の心を解かすような笑顔を持っていたし、その大きな度量と、いざというときに頼りになるその腕っぷしの強さと判断力は、綻び始めたこの国の中では決して捨て置かれるようなものではないものだろうと、かねてから思っていたのだ。
 それに沙武重は理想を持っていた。この国を良くしたい。民が安心して暮らせる国にしたいという夢を。
 妙に人を惹きつける力をもった男だった。
 子供の頃、迎慈の羨望の的であった沙武重の魅力だ。
 それ故に、迎慈の努力の方向もそこへ向かった。何かと嫌われることを嫌い保身に走る父親が嫌いであった迎慈だったが、それでも学ぶべきところはあると思った。人を褒める、おべっかを使う。例え下の者でも軽く扱わない。働けば労う。
 やがて、王朝に出仕するようになり、様々な人を観察して、他にもいろいろと学んだ。信用を得るには、自分は信用されているとまず思い込ませる。簡単な秘密を共有する。相手の感情を読み取り、合わせる。八方美人と思われない程度に、付かず離れず派閥とは距離を置いた。縁談話も次々と舞い込み、飲み屋の女にも嫌にモテた。確かに、迎慈は眉目秀麗、黙っていても女は寄ってくるし、弁も立つ。宮廷の複雑さに比べれば一夜の供を探すのは簡単だった。
 だが、どこか違った。
 いつも孤独だった。
 宮廷の中で友と呼べるものはいなかった。
 所詮は、人付き合いは己の中の計算のうちでしかない。
 どこか、違う。
 あいつのようには、いかないのか。
 あいつ。
 迎慈の頭の中にはいつも「あいつ」の影が付きまとっていた。
 それが、沙武重である。
 いつからか、対抗心を燃やしていた。子供頃、沙武重はいつも大将で、迎慈は副官のような立ち回りだった。普通ならば、役人の子という特権から迎慈がわがままを効かせて大将になるのが道理だったが、そうはいかなかった。いつのまにか、迎慈は沙武重の後ろを歩いていた。
 副官と言ってもその後ろを歩くものは皆、沙武重に付き従っていたのだ。迎慈にではない。それを、迎慈は良しとしていた。沙武重の横に控え、その役に立つこと。それが楽しかった。沙武重が他の誰でもなく、迎慈を頼りにしてくれていることがどこか自慢でもあった。
 沙武重の魅力。
 到底、かないようもないものを、子供のころから沙武重はもっていたのだ。
 それがいつしか、対抗心に変わっていた。
 それはいつごろからだろうか。反乱軍の報せを聞いた時からかもしれない。
 いや、もしかしたらそれ以前からずっと、心の奥底でくすぶっていたのやもしれぬ。
 だから、沙武重の言った言葉には度肝を抜かれた。
「お前が欲しい」
 はじめ、その言葉の意味が分からなかった。危うく酒の入った杯を取り落すところであった。
「戯言を。わしは対して兵力を持っておらんよ」
 ようやく合点がいって言葉を言いつくろう。下手を打って、地方に左遷されたこの身に大した財力も兵力もない。
「お前の兵力ではない。お前の、身一つ、それが欲しいんだ」
 沙武重の反乱軍は官軍の大兵力の前に、あえなく瓦解していた。今では散り散りになって、再起を図っているという。僧形もその身を隠すためのものだ。
「お前は知恵が回る。どうしても、お前が欲しいのじゃ。お前がいてこそ、新しい世が作れる。新しい世のためには、お前が必要なのじゃ」
 沙武重の目は真剣だ。真の肚の内を割っている。それが、眼前に突き付けられるかのように迫ってくるのだ。
 迎慈は酒をあおると、一息ついた。目をそらしかけたが、やめた。
 沙武重の目をじっと見る。
 沙武重はすっと手を伸ばしてきた。
 迎慈は思わずその手に触れてしまったが、その手を握る前に手を落とす。
「わしもな。考えたのだ。今ではこんな田舎に押し込められているが、お前と同じようにこの世を変えたいと思っておる」
「なれば」
「まあ、待て。だが、わしはあくまで正道を進みたい。お主とは相容れぬ」
「どういうことだ」
「わしはあくまで現朝を中から変えていくつもりだ」
「それでは遅い」
「かもしれん。だが、わしはあくまで臣下。君を討つことはできんのだ」
 静寂が訪れる。
 数瞬か数刻か。二人はお互いの目を凝視したまま、止まっていた。
「お前らしい。頭でっかちだな」
 ふと、沙武重が笑った。
「嫌味か。お前が乱暴すぎるのだ」
 迎慈も笑った。
 心は通じ合った。
 真の友はやはり、この男しかいない。迎慈はその時思った。
 翌朝、沙武重は去っていった。
 その後ろ姿を、見送りながら迎慈は横についていた腹心の波宇に呟いた。
「斬っておくべきだったかな」
 主人の心を見透かすように波宇は少し笑って言った。
「御屋形様には斬れますまい。正々堂々と正面からぶつかりたいのでしょう」


 十年後。
「やはりあの時斬っておくべきだったか」
「御屋形様はこれをお望みだったのでしょう」
 波宇は小賢しくも笑ってそう言う。
 遠くに目をやると、沙武重率いる反乱軍が整然と布陣しているのが見える。加州から支城をいくつか落としここまでやってきたのだ。
 対するの官軍は迎慈が華盛頓から率いてきた。士気も反乱軍ほどではないが、悪くはない。
 あれから色々なことがあった。反乱の激化。反乱軍との戦いの中での昇進。
 そして、美貌のあった幼女を皇帝の妃に推すことができ、皇太子も生まれ外戚となった。
 宮廷での力は一層増した。弱気な者どもを粛清し、主戦派で宮廷を占めることも出来た。
 十年前に正道を語った自分を思い出すと笑えて来る。
 いまや、皇位簒奪もそれほど難しいことではない。
 だが、そんな中で反乱軍も大きくなった。
 そして、決戦は迫っている。
「夜襲への備えは?」
「沙武重はそんな事はしないだろうが、抜けがあるとも限らん。備えは万全にしておけ。各将にも注意を」
 普段言わなくとも波宇はその程度の備えはしてくれる。
 だが、緊張感から、言わずにおれないし、それをあえて聞く波宇もいささか緊張を持っているのだろう。
「あの晩も、こんな月であった」
「は?」
「いや、何でもない」
 おそらく、決戦は明日であろう。
 あるいは、と迎慈は思う。
 自分は夢を見ているのではないかと。
 本当の自分は沙武重の横で、軍略を述べているのではないかと。
 満足げに頷く沙武重に、笑いながら頷き返しているのではないかと。
 でも、それはありえない。
 沙武重が本当に求めているのは、迎慈ではない。
 迎慈は思うのだ。あの時、本当に俺を、俺だけを求めてくれれば、もしくは。
 だが、沙武重が真に必要としているのは沙武重自身なのだ。
 己さえいれば、他の代わりは幾らでもきく。本人は気づいていないだろうが、そういう性分なのだ、天分なのだ。本人が望もうが、望むまいが。
 だから、せめて、あいつと同じ景色が見てみたい。
 それが、唯一、対等の友となる道だと、悟ったのだ。
 後ろについていくのではない、横に並ぶのだ。
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