てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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実直な男
(
ドーナツ
)
投稿時刻 : 2014.09.06 21:36
字数 : 3806
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実直な男
ドーナツ
「兄に恋人がいるらしいんです」
女は開口一番そう言
っ
た。
「『恋人』ですか?」
鈴木圭介は繰り返す。
ここは探偵事務所の一室だ。『興信所』という名称が一般的だが、圭介はこちらのほうが気に入
っ
ている。
「ええ。兄はすごくまじめな人で、き
っ
と騙されてるんです! お願いします! 兄を助けてください!」
残念ながら日本には、公的な探偵のライセンスは存在していなか
っ
た。そのため人脈や信頼関係がより重要である。同業者間の連携も欠かせないものだ。
圭吾は己の評判に気を配
っ
ている。それが次の仕事に繋がるからだ。今、目の前にいる依頼人も以前、引き受けた事件の関係者の伝手である。
「まあまあ、そう興奮なさらず。どうか落ち着いてください。お話を最初から整理しまし
ょ
うか。まず、お兄さんのお名前から教えていただけますか? それから、あなたのお名前も」
女は若いが、愚かではないようだ。自分の話の不備に気付き、顔を赤らめる。
「
……
すみません。緊張してしま
っ
て、つい。こういうところへ来るのは初めてで」
「たいていの方が、そうですよ。気になさることはありません」
女の名前は白石実加、兄は星野龍平とい
っ
た。
「星野は旧姓です。三カ月前に結婚したんです、私」
恥ずかしそうに結婚指輪を示している。
「それまでは、兄のマンシ
ョ
ンに二人で暮らしていました。両親が私の一人暮らしを許してくれなくて、それで」
「仲の良いご兄妹なんですね」
圭介の言葉に実加は頷いた。
「はい!
……
でも、最近、兄は私を避けるんです。それで私。不審に思
っ
て兄を尾けました」
「お兄さんを尾行された、ということですか?」
圭介は驚き、思わず尋ねる。
「はい。だ
っ
て兄が心配だ
っ
たんです。そうしたら女物の高価な服や下着を買
っ
てました。き
っ
と相手の女に貢がされてるんですよ!」
「
……
ところで先程から気にな
っ
ていたことがあります。お兄さんは独身ですね? 恋人がいら
っ
し
ゃ
っ
ても不都合はないように思えますが」
実加は身を乗り出した。
「それはそうですけど。兄のマンシ
ョ
ンから、あの女が出てくるところを一度だけ見たことがあるんです。全然、兄のタイプじ
ゃ
ないし、それに私を見て逃げ出したんですよ。変だと思いませんか!」
何ら事件性は感じられず、憶測ばかりである。
「白石さん。これは提案ですが、一度、お兄さんと話し合われてはいかがでし
ょ
う?」
「でも!」
圭介は実加に料金の内訳を説明した。
「本格的な調査に入
っ
てしまうと一日でこれだけの費用が掛かります。本日は相談料だけで結構です。よくお考えください」
料金プランを眺め、実加は目を丸くしている。ゼロの山を前にして現実に立ち返
っ
たのだろう。頭を下げてドアから出て行
っ
た。
翌日、実加は血相を変え、圭介のもとへ飛び込んでくる。
「兄がいなくなりました!」
実加は圭介を睨んでいた。
「あの女が兄に何かしたんだわ! あなたが私の話を真面目に聞いてくれないから」
憤慨頻りの実加をどうにか椅子へ座らせ、圭介は話を切り出す。
「まずは、落ち着いてください。お兄さんが『いなくな
っ
た』とお
っ
し
ゃ
いましたが、具体的にどういう状況でし
ょ
うか?」
実加は圭介の忠告を受け入れ、兄の龍平に連絡を取
っ
た。携帯にも自宅の電話にも応答がないためメー
ルで会合を持ちたいと言伝る。だが、龍平からは返信はなか
っ
た。業を煮やした実加は、本日早朝、龍平のマンシ
ョ
ンへ押しかける。会社の休日であるから当然、在宅であろうという腹積もりである。
「そしたら、あの女が出てきたんです。まるで自分の家みたいな感じで鍵まで閉めてました」
憎々しげに実加は眉を逆立てていた。
「それで、私。あの女を追おうかどうしようか迷
っ
たんですけど。兄さんと話したほうがいいと思
っ
て部屋に入りました。でも、兄は留守で」
「ち
ょ
っ
と待
っ
てください。お兄さんは留守だ
っ
たんですよね?」
頷いた実加に圭介は話を続ける。
「女性は施錠していたとお
っ
し
ゃ
っ
ていたようですが、どうや
っ
て部屋に入
っ
たんですか?」
「ああ。私、合鍵を持
っ
てるんです。結婚する時、兄から処分するよう言われたんですけど、何かあ
っ
たら困ると思
っ
てそのままにしてました」
圭介は愛想笑いを返した。
「中に入
っ
たら誰もいなくて、それ
っ
ておかしいと思いません? 絶対、変です」
「
……
これは私の考えですが、このままお帰りにな
っ
て、ご自宅で寛がれてはいかがでし
ょ
う? 明日か明後日になれば、問題のほとんどは解決していると思いますよ?」
椅子から立ち上がり、実加は首を横に振る。
「駄目です! 兄を探してください」
「
……
わかりました。事前に料金をお支払いいただけるなら調査しまし
ょ
う」
用意していたのだろう。実加はテー
ブルに封筒を叩きつけた。中身を確認し、半額を懐へ入れた圭介は領収証とともに実加へ封筒を戻す。
「これからですから、半日分で結構です。経費は別途、請求いたしますので、そのつもりでお願いします」
金をもらえれば、否も応もなか
っ
た。
龍平の住居は築十五年の市営住宅である。賃貸ではなく、建売の物件だ。
「お若いのに家持ちとはすごいですね?」
実加は抱えるようにして大き目のバ
ッ
グを探
っ
ている。
「ええ。中古で安く出ていたんです
っ
て。両親は反対してましたけど、兄はそのほうが落ち着くから
っ
て」
「お兄さんとご両親の関係は良好だ
っ
たんですか?」
ようやく鍵を探し当て、実加は微笑んでいる。
「もちろんです。兄は優等生で学校の成績も良か
っ
たし、両親も私も兄が自慢ですから。
……
どうしてそんなことを聞くんですか?」
「あくまで一般論ですが、早くから社会的な基盤を固めようとする方の中には、両親と不和な場合がままあります」
「それじ
ゃ
、兄には当てはまりませんね」
開錠の金属音とともに実加はノブを回した。
男の一人暮らしの部屋は、と
っ
散らか
っ
ているか埃ひとつないかのどちらかになる。有難いことに龍平は後者だ。
「通帳や印鑑もないんです。あの女が持ち出したに決ま
っ
てる!」
パソコンデスクの脇にある書類棚を実加は探
っ
ている。
「
……
これ
っ
て警察へ届けたほうが?」
「星野さんは成人されています。休日に部屋を留守にしているくらいでは取り合
っ
てもらえないでし
ょ
う」
圭介は本棚に置かれた写真立てを眺めていた。実加と若い男が並んで写
っ
ている。
「お兄さんですか?」
肩を落としていた実加は笑顔にな
っ
た。
「はい。私と兄です」
実加の身長は百六十前後であるから、星野龍平は百七十センチそこそことい
っ
たところか。男としては小柄だ。押入れの衣装ケー
スに女物の衣服、下着が納められている。服のサイズから察するに龍平の恋人は、かなり体格の良い女のようだ。
ロー
テー
ブルの上にブ
ッ
クマ
ッ
チが置かれている。店のレジなどに積まれているサー
ビス品だ。整理整頓された室内の中で無造作に放り出された艶のある紙片は、どことなく異質な印象である。
裏に喫茶店の店名と住所、電話番号が記載されていた。
「嫌だ、兄さん。また煙草を始めたのかな? 体に悪い
っ
ていつも言
っ
てるのに」
「状態が綺麗です。横薬に擦
っ
た跡もない。最近、持ち帰られたものじ
ゃ
ないでし
ょ
うか?」
カバー
にアジサイのイラストが描かれている。
その喫茶店は神田川に近い西新宿の一角に存在していた。昔ながらの純喫茶というやつで酒類を扱う現代的なカフ
ェ
ではない。
店内を見回し、実加の目撃した龍平の『恋人』と風体が一致している人物に当たりをつけた。
「同席してもよろしいですか?」
言葉は丁寧だが、圭介は返事も待たずに席に着く。水とおしぼりを持
っ
てきたウ
ェ
イトレスにコー
ヒー
を頼んだ。
「星野さんをご存知ですね? 私は、星野さんの妹の実加さんから依頼を受けた探偵です」
戸惑
っ
ていた相手は、圭介の名刺と実加の名前に目を丸くしている。
「彼女は、あなたと星野龍平さんの関係について危惧しています。具体的には、詐欺などの犯罪に巻き込まれているのではないかという懸念です。このままだと警察へ通報しかねません」
「
……
困ります。警察だなんて」
女は口籠
っ
ていた。
「面倒事は、こちらも望んでいません。そういうわけですから、速やかに星野さんの所在を明らかにしてください」
「
……
あの。おわかりなんですよね?
……
その」
頭髪を掴み、女はウ
ィ
ッ
グを取り去る。現れたのは、化粧した若い男だ。
「ええ、お目にかかるまで確信は持てませんでしたが。
……
妹さんに連絡しても構いませんか?」
星野龍平は渋々、頷いている。
「『自由』になれる気がするんです」
素人劇団の裏方を手伝
っ
たのが切欠だという。初日に役者が足りなくなり、女優の代役を務めたのだそうだ。
「ぼくは子供の時から、両親に期待されていました。受験する学校のレベルから就職する会社のランクまで」
「期待が重荷だ
っ
た?」
龍平は首を横に振る。
「いえ、そうは感じていませんでした。ぼくは、周囲の人より優れていた。両親が喜んだり、妹が頼
っ
てくれるのも嬉しか
っ
た。
……
しかし、この結果を見れば、そうじ
ゃ
なか
っ
たんでし
ょ
うね」
実加の結婚を機に本当の意味で自由にな
っ
た龍平が選んだのは『女装』だ
っ
た。
「実加さんが、部屋で待
っ
ています。着替えをされたいのであれば、どこかご用意しますが?」
龍平はウ
ィ
ッ
グを被り直し、立ち上がる。
「妹には、本当のぼくを見てもらおうと思います」
ウ
ェ
イトレスがテー
ブルにコー
ヒー
を運んできた。圭介は灰皿を頼み、懐から煙草を取り出す。ここから先は、探偵の領分外だ。(了)
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