てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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…
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〔 作品12 〕
幻の少女
(
ほげおちゃん
)
投稿時刻 : 2014.09.06 23:59
字数 : 5202
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幻の少女
ほげおちゃん
一真くんが書いた歌詞にび
っ
くりして、思わず電話をかけてしま
っ
た。
「なにこれ?」
少し怒り気味で言
っ
たかもしれない。
「なに
っ
て
……
駄目?」
「駄目とかそういうんじ
ゃ
なくて!」
訂正。かなり怒
っ
ていた。というより、自分で自分が怒
っ
ていることがわかると、もう怒りを抑えられなか
っ
た。
「考えていることが、暗いよ」
じ
っ
と彼のことを睨んで、ようやく出した結論がそれ。
「そう
……
暗いかな」
「暗い! も
っ
と明るい詞を書いてよ」
私が一真くんの詞にケチをつけたのは、このときが初めてだ
っ
た。
彼はいつも自信無さげに書いた詞をメー
ルで送
っ
てくるのだけど、「まあいいんじ
ゃ
ない?」と私が返すと、次の日学校で会
っ
たとき満足げな表情をしている。表面上は平静を装
っ
ているけれど、心は浮き足立
っ
ていることがなんとなく分かるのだ。彼は彼なりの哲学で詞を書いているのだろう。
それを真
っ
向から否定されたのだから、心中穏やかであるはずがなか
っ
た。
電話越しでは戸惑
っ
たふうを装
っ
ているけれど、内心はひどく落ち込んでいる。彼は何かと態度に出やすいタイプなのだ。
「まあ、こういうのも悪い
っ
てわけじ
ゃ
ないけどさ」
少しクー
ルダウンして私は言
っ
て、
「一真くんが書く詞
っ
ていつも暗いじ
ゃ
ない? たまにはそれを破
っ
てもいいと思うんだよね」
「破る
……
」
一真くんが私の言葉を繰り返す。
彼は頭の中の整理が必要なときに、よくその手を使うのだ。
「もうち
ょ
っ
と違う感じで書けないか、少し考えてみてよ」
冷静にな
っ
てどんどん後ろめたくな
っ
たけど、結局私は言いたいことを全部言
っ
てしま
っ
た。
一真くんとの会話を終え電話を切
っ
た後、彼が書いた詞をあらためて読んでみた。
——赤い糸は空に繋がれたまま
君は何番目に並んでいるの?
待ち続けることに意味なんてない
初めから身の回りがくすんだ世界
絶えず降り積もる塵に埋れて
この灯火さえ消えてしまうのか——
赤い糸は空に繋がれたまま
……
私はそのフレー
ズを頭の中で何度も繰り返す。
そうか、君の恋人はそんなところにいたのか。
—*—*—*—
中学生で軽音楽部に入るまで誰にも明かしたことがなか
っ
たけれど、気がつけば歌が好きだ
っ
た。
意識するようにな
っ
たのは、小学校高学年にな
っ
てからだと思う。お風呂に入
っ
ているときとか、トイレにい
っ
ている間、頭の中に浮かんだ朧げなメロデ
ィ
ー
を何気なく鼻歌でふんふんと歌
っ
てしまう。
歌詞なんてものはなか
っ
た。正確には、それは音としては存在しているのだけど、文としての意味を持たなか
っ
た。空耳の日本語、知
っ
ている単語だけを並べた英語詞。だけど耳障りの良い音。それを聴いているだけで、私は満足だ
っ
たのだ。き
っ
と大切なことを歌
っ
ている、その響きだけで。
だから軽音楽部で友達にな
っ
た子達と初めてカラオケに行き、テレビ画面に流れる歌詞に意識を本格的に傾けたとき、私が抱いていた幻想は見事にぶち壊されてしま
っ
た。
私はそれまで歌というものは、も
っ
と慎ましいというか、幻想的なものだと思
っ
ていたのだ。しかし実際世の中に存在する歌、その歌詞のほとんどは感情過多で直接的で、それでいて瑞々しくて
……
あんなに大
っ
ぴらに思いを叫んで、恥ずかしくないのだろうか。
何よりも耐え難いのは、その歌詞を自分で書かなければならないということだ。
あなたが好き、あなたとも
っ
とず
っ
と一緒にいたい
……
ペンで綴る先からサブイボが出そうだ
っ
た。だいたい私は恋なんてしたことがない! みんな小学生時代は男子なんて敵だ
っ
て言
っ
ていたくせに、いつの間に変わ
っ
てしま
っ
たのか。
早々に作詞家+ボー
カルを断念してしま
っ
た私は、それまで全く興味がなか
っ
たギター
をやるようにな
っ
た。最初は有名曲の楽譜をコピー
していただけだ
っ
たけど、少しずつ自分で作曲していくようになる。そのようにして分か
っ
たことだけど、ボー
カル無しの曲は私が思
っ
ているよりず
っ
と音楽だ
っ
た。言い方が難しいのだけど、クラシ
ッ
ク音楽を聴いたときの感覚に似ている。これにどうしてあのような歌詞が付くのだろう
……
初めてバンドを一緒に組んだ女の子は、読んでいるほうが思わず顔を赤らめてしまいそうなぐらい鮮烈な詞を、私の曲に付けてい
っ
た。
どうやら私は、根本的に想像力に欠ける人間だ
っ
たようだ。
彼女の詞で、私の世界が彩られていく。
—*—*—*—
学生食堂で昼食を食べ終わ
っ
た後、美里が唐突に尋ねてきた。
「ねえ、琴音ち
ゃ
んと武藤くん
っ
てさ。本当は付き合
っ
ているんでし
ょ
?」
思わず緑茶を吹き出しそうになる私。
「何言
っ
てるのよ、突然!」
むせながら抗議する私に美里は平然とした顔をして、
「だ
っ
て琴音ち
ゃ
んさ、この前も武藤くんの家に行
っ
ていたでし
ょ
う」
「あれは先輩に呼ばれたから
……
というか美里がどうしてそれを知
っ
ているのよ!」
「鎌をかけただけだよ」
う
っ
、と思わず唸
っ
てしまう。
美里は誰にもメリ
ッ
トがないのに時々こういうことをしてくる、少し意地悪な子だ
っ
た。
美里がジト目で見てきて、何故か気後れした気分にな
っ
てくる。
「別に私が何をした
っ
て構わないじ
ゃ
ない!」
私が我慢できずにそういうと、美里は野菜ジ
ュ
ー
スを片手に頬杖をつき、は
ぁ
ー
っ
、とあからさまにため息をつく。
「その状態で付き合
っ
てない
っ
ていうのが問題なんだよねえ」
「
……
どういう意味?」
ち
ょ
っ
と怒気を孕んだ声にな
っ
てしまう。
私は短気なのだ。
仕方ないなあ、と美里はレクチ
ャ
ー
する感じで、
「武藤くん
っ
てさ、最近人気あるみたいなんだよね」
「へ
っ
?」
思わずき
ょ
とんとする。
「あのさ、この前の文化祭大成功だ
っ
たじ
ゃ
ん」
「ああ、うん」
一
ヶ
月前の文化祭で、一真くんと私はユニ
ッ
トとして初めて全校生徒の前に立
っ
た。私は去年もステー
ジに出たから多少落ち着いていたけれど、一真くんはそわそわするばかりで。だけどそんな状態で彼は歌
っ
たにもかかわらず、ステー
ジ後の評判は良か
っ
た。ア
ッ
プテンポな曲が一つも無く、ち
ょ
っ
と重い感じの曲目だ
っ
たのが功を奏したのだと思う。
「あれからね、武藤くんに対するみんなの印象がだいぶ変わ
っ
たみたいなんだ」
それは私も感じていた、のかもしれない。彼と一緒に部室に向か
っ
ているとき、後輩の女の子の目線がじ
っ
とこちらを向いていることがあ
っ
た。彼は元から顔は良いのだから、ち
ょ
っ
と良いところを見せればモテるのかもしれない。
「武藤くんのことを名前で呼ぶの
っ
て琴音ち
ゃ
んだけでし
ょ
? あのふたりどういう関係なの
っ
て結構噂にな
っ
ているみたいだよ」