てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 10
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〔 作品6 〕
雪の世界を抜け出して
(
ほげおちゃん
)
投稿時刻 : 2015.02.28 23:38
字数 : 7334
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雪の世界を抜け出して
ほげおちゃん
静かだ
っ
た。
この街を一言で表すなら、き
っ
とそれ以上適切な言葉なんてないんじ
ゃ
ないかと思う。
別に全くの無音というわけじ
ゃ
ない。道路には自動車が通
っ
ているし、道の真ん中から凍結防止用の水がチ
ョ
ロチ
ョ
ロ湧き出る音がする。どれもこれも小さな音がしているはずなのに、感じるのは世界から切り離されたような静けさだ
っ
た。
雨樋のない屋根から、雪解け水の雫が垂れている。糊を混ぜたような粘着性があ
っ
て、き
っ
ともう少し気温が下がれば氷柱になるのだろう。
空は曇
っ
ていて、いつまた雪が降り出してもおかしくない。
僕は街の景色の何かを目にするたび、新たな感覚を得られた。まるで初めてここを訪れたかのように
――
しかしここに来たのは初めてじ
ゃ
ない。むしろ子供の頃はず
っ
とここで過ごしていて、今の僕の土台を作
っ
ている。そんな場所のはずなのに、記憶にない感覚が次々と身体に取り込まれてい
っ
た。冷えた空気が内側から体温を奪
っ
ていく、その一呼吸のたびに。
僕は思
っ
た。
もし生まれてから今までず
っ
とこの場所で過ごしていたら、僕は一体どんな人間にな
っ
たことだろう
――
? も
っ
と洗練されていた人間にな
っ
ていたか、それとも今以上に、世の中の物事に疎い人間にな
っ
ていたか。
右腕が不意に、柔らかさに包まれる。
隣でニ
ッ
ト帽を被
っ
た美弥子が、拗ねた目でこちらを見ていた。
「すぐ一人の世界に入り浸ろうとする
……
」
彼女のその拗ねた口調と、ダウンジ
ャ
ケ
ッ
トの羽毛越しに伝わる感触が、僕の心に混乱をもたらせる。冷静を努めつつも、そんなことを考えている時点で冷静でないことはわか
っ
ていて。
「悪か
っ
たよ」と言
っ
た。正面を向いて。
隣からじ
っ
と彼女が見つめているのは分か
っ
たのだが、目を合わせられなか
っ
た。無理なのだ。ここを出てから十年以上にも及ぶ出来事が、彼女に対して僕を臆病にさせていた。
僕は何もわからない。わからなくな
っ
てしま
っ
たのだ。彼女のことも、かつて自分がどのようなことを考えていたのかということも。
―*―*―*―
美弥子と再開したのは二年前のことだ。
僕はそのとき大学三年生で、同級生とともに研究室に毎日のように通
っ
ていた。電子回路を扱う研究室で、三年修了時までに、僕らはCPUの設計を完成させなければいけなか
っ
た。CPU
っ
て、命令された通りに演算を行う、いわゆるコンピ
ュ
ー
ター
の脳味噌に喩えられる部分のことだ。もちろん市販レベルのものなんて設計できるはずもなく初期の初期で、今思えば大して難しいものでもなか
っ
たはずなのだけど
――
当時の僕らにと
っ
ては、厳しい現実を突きつけられる作業だ
っ
た。
社会に出たら、定年になるまでこんな作業を毎日続けないといけないのだ。
コンピ
ュ
ー
ター
上で回路を生成するツー
ルが意味不明のエラー
を吐くたび、キー
ボー
ドに何度も拳を叩きつけたくな
っ
て
……
だけど僕の大学生活は、そのときが一番充実していただろう。初めて仲間というものをそこで得られたのだ。それまでも友達は何人かいたけれど、互いに励まし合い、同じ目標に向か
っ
ていける仲間。そういう存在を得られたのは、そのときが初めてだ
っ
た。
とくに仲が良か
っ
たのは、南井くんという子だ
っ
た。一年生の時から知
っ
ていたけど、金髪で、いかにも大学に遊びに来ていそうな子達と一緒にいる。典型的な不真面目に見えて、僕はそういうのが大嫌いだ
っ
たから、全く関わりを持たずにいた。唯一好感が持てたのは、廊下で講師とのやりとりを偶然見かけたときのこと。親戚のおばあち
ゃ
んが亡くな
っ
て、次の講義に出られません、と言
っ
ていて。講師の人に「欠席にするだけだけど、いいか」と聞かれて「別にかまいませんよ」と即答し、さ
っ
さと構内を出てい
っ
て。僕はそのとき、この子はそんなに悪い子じ
ゃ
ないんだなと感じたのだ
っ
た。
実際絡んでみて、南井くんはやはりそんなに悪い子ではなか
っ
た。残念ながら勉学に対する閃きはあまり感じられなか
っ
たのだけど。地頭が悪いわけじ
ゃ
なく、彼なりに真面目に物事に取り組んでいる人だ
っ
た。
ともに回路の設計に苦しんで、ストレス解消にゲー
ムをして遊んだ。将棋をしたり、麻雀したり
……
(ふたりとも漫画に影響されやすいミー
ハー
だ
っ
た) 彼は「苦しんだ分楽しまなき
ゃ
や
っ
てられないでし
ょ
」と言
っ
ていて、僕もそれに同調した。一番盛り上が
っ
たのはサ
ッ
カー
ゲー
ムだ
っ
た。家庭用ゲー
ム並みにグラフ
ィ
ッ
クの綺麗なのが無料で公開されているのを、彼が見つけてきた。さすがにこんな本格的なのを研究室のパソコンに入れるのはどうかと思
っ
たけれど、ち
ゃ
んと研究してれば怒られない、を免罪符にダウンロー
ドしてインストー
ルして。ふたりで同じチー
ムを操作するのだけど、馬鹿みたいにハマ
っ
た。文字通りのスター
選手を操作して、華麗なパス回しやゴー
ルを決めること。コンピ
ュ
ー
ター
ではなく、意思の通じる人間が味方にいてコンビネー
シ
ョ
ンすることがどれだけ楽しいか、身をも
っ
て体験したのだ。僕らはキー
ボー
ドでは操作性に満足できず、ゲー
ムパ
ッ
ドを購入した。さすがに教授は良い顔をせず、ゲー
ムを封印することにな
っ
たのだけど
……
とにかく僕の大学生活は充実していた。そんな時だ
っ
た。南井くんが僕を合コンに誘
っ
たのは。
―*―*―*―
雪だ。
夥しい量の雪が降
っ
ていた。
まるで神様が雪の塊を猛烈にふるいにかけているよう。
あ
っ
という間に街が白で染ま
っ
ていく。遠く向こうの空には灰色がか
っ
た靄が広が
っ
ている。
美弥子が僕の腕を抱き締める力が、一層強くなる。
「ち
ょ
っ
と、前が見えない
……
」
僕も全く同じ感想だ
っ
た。このままでは雪ダルマにな
っ
てしまう。
冗談じ
ゃ
ない。
僕らは近くの屋根の下に移動した。
「ここ、喫茶店だよ」
「入ろう。このままだと、死ぬ
……
」
僕らは体じ
ゅ
うにまとわりつく雪を夢中にな
っ
て叩き落としあい、喫茶店に入店した。喫茶店の人の良さような女主人が、あらあらという様子で出迎えてくれた。
「こんな雪の中、大変だ
っ
たでし
ょ
う」
僕がコー
ヒー
に美弥子はカフ
ェ
ラテ、それに一度落ち着くとお腹が空いてきたということでランチセ
ッ
トを注文する。コー
ンポター
ジ
ュ
スー
プが付いていて、口にした時は芯から生き返れそうな気がした。
何処から来たの? と女主人が言う。
美弥子が答えて、けど、小さい頃はふたりともこの近くに住んでいたんですよ、と笑顔で言う。
それからトントン拍子で話が弾んで、僕は会話についていけなくなる。
いつも思うのだけど、僕以外の人はどうしてこんなにも頭の回転が速いのか。「以前あそこに和菓子屋さんあ
っ
たでし
ょ
う」と言われて、そういえばあ
っ
たかなな
っ
て考えているうちに「そうそう、ありました! あそこのおばあち
ゃ
んが
……
」なんて具合に会話は次の段階に進んでしま
っ
ていて。
美弥子は一体、いつから僕以外の人にな
っ
てしま
っ
たのだろう。昔は僕と同じように人見知りで、というより僕以上に難しか
っ
たはずだ。習字や子供塾に一緒に通
っ
ていたけれど、ず
っ
と俯いていてすぐ泣こうとしたり気難しか
っ
たから、周りの大人たちも手を焼いていたのを覚えている。それを見て、本当にコイツ、どうしようもないなあ
っ
て。何故かなんとかしろと僕が言われるから、仕方なく宥めにい
っ
たりして。
そんな彼女が、一体どうや
っ