【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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あなたのことがみえなくて
投稿時刻 : 2015.04.18 20:13
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あなたのことがみえなくて
犬子蓮木


 昔、戦争があた。
 もう三十年ぐらい前のことらしい。僕が生まれる前の話だ。宇宙人が攻めてきて、地球連合と宇宙人との戦争が起こた。そのとき、宇宙人たちの乗るUFOの強さに一時期、本当に地球は危なくなていたらしいが、映画のプロモーンや記念事業と称して日本の各地に作成されていた等身大ガンダムやレイバーが実は日本国の秘密プロジクトにより作成されていた本物の兵器で、動き出したそれらが宇宙人を撃退し、地球は救われたという話だた。まことに信じられない話だが、歴史の教科書にも載ているので、大筋は本当のことなのだろう。
 まあ、それはどうでもいいとして、その戦争の結果、この世界には大きな傷跡が残されてしまた。これも教科書に載ていて、というよりも過去の歴史がそう書かれているので、昔はそうだたのか、と思うしかないことなのだけど、今は違うのでそんな昔のことが信じられない。
 今の僕たちは透明人間なのだ。
 宇宙人が地球にまいた毒のせいで、全人類が透明人間になてしまた。
 僕は生まれた時からそうなので、これがおかしいという感覚はない。ただ、僕の両親に聞くと昔は体が見えていたということなので、やぱりどうもおかしいらしい。今でも犬や猫は体が見えているので、やはり人間だけが透明になるのはおかしいようだし。
 そんなわけで、いろいろな学者さんやお医者さんが研究してもいまのところは治る見込みがないので、僕たち人類はみんなで透明人間として暮らしているのだ。

 僕は彼女と街を歩いている。
 デートと言ていいだろうか。いいと思うな。うん、いいだろう。これはデートだ。きとたぶん……。僕と彼女がどんな関係かと言えば、塾が一緒で、来年の大学受験に向けて、ともに精進する仲間と言えばいいだろうか。僕たちは高校二年生で、まだ手もつないだことがない。受験勉強が本格化するまえにという口実で、一緒に映画を見に行く約束をして今日に至るというわけだ。
 今から、映画館。
 今日はできれば手が握りたいなと思ている。
 できれば、できれば、もうちとその先ぐらいまで……
「じあ、入ろうか」
 僕は彼女の方を見て言う。もちろん表情というものは見えない。僕は明るい声で言たつもりだけど、どうだろう。彼女の服の上、顔のある位置を見る。透明だけど刺青が入ているので、顔があることはわかる。今の時代の人間は頬と背中、腕と脚にみんな刺青を入れていた。透明で好き勝手出歩けないようにするためだ。法律で決められているのは線一本だけど、おしれでそこに追加している人も多い。彼女の顔も法律基準の黒い線の下にもう一本赤い線が引かれていた。
 彼女がうなずいたので、僕と彼女は映画館へ入る。前売り券を入場券に変えて劇場へ。薄暗い劇場の中はそれほど人がいないようだた。
 前のほうの中央の席へ座る。
「ポプコーンとか飲み物とか買てくる?」
「ううん、いいよ。高いし」
「そう……
 どうも会話が続かない。映画はおしれなものを選んだけど、気に入てくれるだろうか。つまらなかたらどうしよう。そんな心配をしていたら、映画がはじまた。
 映画はどんどん進んでいく。けれど僕は集中して見てはいられなかた。となりにいる彼女のことが気になていたのだ。
 彼女の腕はどこにあるだろう。
 僕も彼女も夏なので半袖だた。
 だから袖で手の位置はわかりにくい。腕には刺青が入ているけど、暗い映画館の中ではよくみえず闇にまぎれてしまう。
 たとえば肘掛けに腕をおいていたら、彼女がそれに気づかず手を乗せてくるかもしれない。もしかしたらもう肘掛けに彼女の手が載ていて、僕の手とぶつかる可能性もある。
 僕は気づかれないようにそと斜めになて、彼女の方を向いた。
 息を潜める。呼吸からバレてしまうかもしれない。
 もう映画のストーリーなんてわからなかた。
 手を肘掛けにおいてみようか。
 ぶつかたら、すぐにひこめて謝ればいい。
 いや、彼女が嫌がらなければ、握てもいいかもしれない。
 どうしよう。
 やるか。
 やろう。
 僕は、そと手を動かし自然なしぐさのように肘掛けの上に手をおろした。
 なかた。
 彼女の腕はなかた。ただ冷たい肘掛けだた。よかたような残念なような、そんな安堵に包まれかけたそのとき、僕の口にあたるものがあた。それから遠ざかていく赤い線……
 やわらかな感触につづいて奥に硬いものがあたたような。気持ちのよさとわずかな痛み。
 え、え、今のなに?
 僕は突然のできごとに混乱して、だけどあの赤い線からなにが起こたのか理解した。心臓がとてもドキドキしている。
 映画が終わて、劇場に明かりがともた。僕と彼女は無言で出口へと向かう。何を話していいかわからなかた。さきのことを聞いてはいけないような気がした。
 透明な彼女が僕のとなりを歩いている。
 半袖から伸びるラインが、僕と彼女の間で、不安定に揺れていた。
 僕は勇気の返事を渡すように、僕と彼女の線をつないだ。       <了>
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