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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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ホロウ・ストーリー
 投稿時刻 : 2015.04.18 19:03 最終更新 : 2015.04.18 20:27
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ホロウ・ストーリー
木下季花


 僕が住んでいる町には空洞が存在している。どうして空洞が町にあるのか。それがいつ現れたものなのか。それを気にする人は、この町には誰もいなかた。時折、町の外から空洞を調査しに現れる人物もいる。空洞がどのような性質のものかを調査する学者たちだ。しかし、ほとんどの住人は空洞にも学者にも無関心だた。


                 ☎ฺ

「もしあなたが空洞を怖れていて、自分の中に空洞が出来るのが嫌だとしたら、それはまだ自分の中に失うべきものがあるて事なのよ。それはとても幸運な事だわ」
 バスルームの中に黒色の電話機を置いている売春婦の彼女はそう言た。彼女は世界の外側から電話がかかてくることを期待している。しかし、彼女にかかてくる電話は全て男の欲望に直結したものだけだた。
なぜ、バスルームに電話機を置いているかは知らない。ゴミ箱と便器と洗濯機と浴槽と暖炉の中に電話機を置いて試してみたところ、バスルームの浴槽の中に電話機を置いた時が一番稼ぎが良かたらしい。
「一番声が響くから」
とも言ていた。彼女は世界の外側からの声を待ている。
「まるきり体の中が空洞な奴なんて居るのかよ」
 彼女と繋がりながら僕は言た。ベドに横になている彼女の空洞に僕は入り込む。コカ・コーラを頭からかぶて体中がベトベトになた僕を彼女は拒まない。コカ・コーラのコカはコカインのコカだからあなたはコカインを止めてコカ・コーラを飲むべきよ、と彼女は言て、僕は彼女と会ている時だけはコカ・コーラを用いる習慣を続けている。コカ・コーラ社にすすんで金を提供するのは嫌だたが、コカ・コーラはコカ・コーラで体に悪影響を及ぼすから、僕はコカインでもコカ・コーラでも自分の中に取り入れるのならば、どちらでも良かた。ただ昔から体が炭酸を受け付けず、コカ・コーラを飲めなかたので、僕はコカ・コーラをワクス代わりに使ている。コカ・コーラを髪にかけると、髪がいい具合にベトベトして毛がしおれる感覚が好きだた。
 肌が嘘くさい甘さでベトベトになると僕は感傷に浸る。昔、好きな子の写真を散々にベトベトにしたことを思い出す。僕はいつだて汚れた手で、その子の写真を触ていた。その子は、僕がどのような気持ちの時に眺めても綺麗だたのに、どんどん汚れていく僕の手が、切り取られたある時点の彼女の姿を修復不可能なぐらいに汚していた。写真の中ではいつまでも綺麗だた彼女を見るのが僕は好きだた。もちろん時間が経てば経つほど、過去の様々なものが美しく見えるということは、そしてそれがくだらない感傷と慰めにしかならないことは、十分すぎるほど解ていたけれど。
 

                 ☎ฺ

 僕の仕事はゴミ捨て場に捨てられた廃材を使て、芸術作品を作る事だた。しかし誰もその作業のことを僕の仕事だとは思ていない。
 人々はただ僕の頭が狂ていて、ゴミを使て新たなゴミを作るキチガイだと思ていた。
 僕にこの仕事を教えてくれたのは、近くの公園で帝国を築き上げるアウラさんだた。彼は三十七年間、ずと薬缶を作る仕事をしていたが、薬缶が全く売れず、妻にも見放されてホームレスになり、公園内に段ボールで帝国を作り始めたのだ。彼は孤独だた。彼に協力する人物は皆無だた。それどころか、街の人々は彼が帝国を作ろうとすると、率先して邪魔をした。彼が公園内の土地を使て、段ボールで城を作り始めると、スーツを着た男と髭を生やした恰幅のいい男が現れた。
「あまり目立つ物を作るのは困るんですなあ。せかく我々が、あなたのような惨めな男を公園に置くことに目を瞑ているというのに。こんな景観を壊すような勝手な真似をされたら困るんです。あなたはいつだて我々に迷惑をかけてばかりだ。あんたのような人種は、たいした物を生み出さないくせに、孤独であるという免罪符を楯に言い訳ばかりをして、自分勝手な行動をして人々に迷惑をかける。訳のわからん思想を持て、それを正義として、くだらんことばかりをやる。いいですか? あなたが今すぐに、このみすぼらしい段ボールの山を片付けるか、それとも今すぐここから出ていくか、どちらかを選んでいただきたい」
 しかしアウラさんはどちらも選ばなかた。彼はどんなに邪魔をされようが己の帝国を作り上げることに注力した。彼は決して屈しなかた。世間から見れば彼はおかしい人物かもしれなかたが、しかし彼は信念を持てそれを作り上げようとしたのだ。それを果たして、常識だからという理由で、邪魔だからという理由で、景観が崩れるからという理由で、僕らが暮らしやすくなるために築かれていた約束事のせいで崩されていいものなのか、僕には分からなかた。だから、僕は売春婦の彼女を連れて、アウラさんに会たのだ。アウラさんに会て、自分の考えを決めようと思たのだ。


「この世には意味のある物が多すぎる」
 アウラさんはそう答えた。
「私もそう思ていたところなの」
 彼女はそう言た。
 彼女は自分がそう思ていなくても、他人の考えに賛同を示す癖があた。
 アウラさんは頷きながら言た。
「もと無意味なものを増やすべきだ。そうだろう? 無意味なものは、人に考える力を与える。これは何だろう。なんのためにあるんだろう、と色々な想像を膨らませるんだ。例えば合成ゴムで作られたマントヒヒの置物があるとする。これは無意味だろう。でも、何となくこれが気になてしまい、欲しいと思うような人は存在するんだ。そしてそれを見て、何となく救われたり、何となく馬鹿らしくなて笑たりする人がいる。無意味なものには無限の可能性があるんだ。それなのに人はすぐに意味を求めたがる。意味を与えたがる。意味のある物ばかりを買いたがる。意味がある物は危険だ。何かを定義してしまうことは、想像力の欠如だ。固定観念は、限りある可能性を狭める。例えばとても巨大な塩水の溜まりに『海』と名付けた瞬間から、我々の想像力は狭また。それにどんな名前を与えるのか、そしてそれをどんなふうに利用するのか、その楽しみを奪た。我々は様々なものに名前を与えたり、意味を与えたり、成分を解析したり、使い道を解明したり、商品価値を与えたり、便利なものを生み出したり、そうすることで生きやすい世界を作るロボトのようになてしまたんだ。俺はな、もと無意味なものを作りたいんだ。これは何だろう。これてなんか面白いな。そんな風に思える物を作りたいんだよ。まあ、別に意味のある物はいぱい存在したて、別にいいとは思うよ。否定的なことを言たけれど、便利なものは世の中に普及していくべきだと思う。人の命を救たりできるしな。ただ、無意味な物もたくさんあていいだろう? もと無意味なものを作るべきなんだよ。それは、人の空洞を埋めるものなんだよ。そして、その無意味なものを作る人を軽蔑しない社会を作るべきだ」
 そんな考え方をする人は、僕の町にはあまり存在しなかた。少なくとも僕は、今までにそのような考え方をする人に出会たことなかた。僕はアウラさんの言てることがなんとなく解るような気がした。共感できるような気がした。
「ねえ、そういうのて芸術て言うのよ」
「ほら、お前らはそうやてすぐに、誰かが名づけた既成の名称を使いたがる」
アウラさんは憤慨してそう言た。
「いいじない。分かりやすくて。カテゴライズや命名はデメリトばかりじないのよ」
「ふん、くだらない。試しに、お前ら。これからいろいろな物の名前を自分たちの想像で名づけてみろ」
 そう言われてから僕たちは、日常で使う様々なものに、そして目にした様々な現象に、自分たちで名前を付けていた。そのゲームのような遊びは僕たちのお気に入りとなた。暇さえあればその遊びが行われるようになた。
 例えば、午後四時十七分に振り始めた雨には『太陽と夕暮れの破局』、路地裏のコンクリートに書かれた何のために存在するか分からない白線の横断歩道には、『誰も奏でることの無かた十六鍵ピアノ』。可愛い少女だけにキラメルをあげることで有名なトウモロコシ畑で働く中年男には『キラメルコーンおじさんの種まき講座』、彼女が堕胎手術を受けるために訪れた病院にいた看護婦には『返り血を浴びるために真白でいることを選んだ天使』。広場で踊りの練習をしている少女の上の電線にカラスがとまている光景には『境界線上のあなたのために捧げる祈り』。僕らの付けた名前をアウラさんが気に入てくれることは、一度としてなかたけれど、それでもアウラさんは僕らと仲よくしてくれた。
 そして彼もまた、僕らを独特に表現してみせる。
 僕の事を『損なわれるコカ・コーラ(フリースタイル)』と名付けた。
 彼女の事を『不思議の国のバスルームより連絡を待つ兎を亡くしたアリス』と名付けた。
 もちろんそんな名前で僕らを呼ぶことは、滅多になかたけれど。


                ☎ฺ

 彼が一度だけ、僕に言た事がある。
「無意味なものは、見る者の想像力の死角からハンマーでぶん殴るようなものでなければいけない。そして見る者の頭の中で想像力の爆発を起こすようなものでなければならない。そして見る者の心の傷と共鳴して涙を流させるものでなければいけない、自分でも何が起こたのか分からないまま、立ち尽くして、あまりの爆発の強さにどうしていいか分からずに涙を流させるようなもの。それが無意味な物の持つパワーだ」と。
 それが彼なりの芸術の定義なのかもしれないと思た。が、もちろんそれを口には出すことはしなかた。彼は芸術という言葉が嫌いだた。そして定義という言葉も。

 アウラさんは結局、公園を追い出されてそのまま僕らの前からの姿を消した。今から一年前の事だ。結局、彼の段ボール帝国は完成前に崩壊し、彼の作り出す無意味なものはただの空洞となた。僕とアウラさんは一年ほどしか一緒にいられなかた。でも彼は最期の一月で、僕に仕事を教えてくれた。
「お前は、無意味なものを作るべきだ」
「どうしてですか」
「俺がいつか空洞になるからだよ」
「空洞……ですか」
「俺が空洞になるか、俺が空洞に呑み込まれて消えるのか。それは分からないけれど、俺は近いうちに、街の空洞となて消えるだろう」
「寂しいですね」
「だから、気が向いたら、無意味なものを作れよ。別に強制はしねえけどよ」
 それから彼は一か月間で、様々な無意味な物の作り方を教えてくれた。
 ユニオンジク柄に塗られた、注ぎ口のない薬缶。テを摘まむための二本の棒。フ・アンド・チプスが川に流されてしまた時のために食べる、フ・アンド・チプス味のガム。洗濯機の中を掻きまわすためのフク。床にばら撒いてしまたキトフードやポプコーンを入れておくための箱。
 どれも無意味ではあたけれど、その無意味さを求める人の為に、意味があるものばかりの社会に疲れてしまた人の為に、僕らは次々と意味のない物を作り出した。そしてその作業は傍から見ればキチガイじみ作業だたろうけれど、作ている本人たちからすれば、とても楽しいものだた。

 アウラさんは消えてしまう日の前日、僕を公園に呼び出した。
 段ボールで作られた城は、五階部分までが出来上がり、中には十三部屋ほどが作られていた。部屋の中には、段ボールで作られたベド。段ボールで作られたクロート。段ボールで作られた恋人。段ボールで作られた妹。それらが飾られていた。彼はそれらを使て、百平方メートルの敷地に帝国を作ろうとしていた。
 それらを悲しそうな目で見ながら、彼はまるで別れを告げるように、弟子に何かを伝えようとするかのように、言葉を残した。
「現実が、無意味だとも思えるありえない空想に救われてきたことを忘れてはいけない」
 翌日、彼は空洞となた。


 それ以来、僕は無意味なものを作り続けている。彼女が売春で稼ぐ金だけで暮らしている。


                 ☎ฺ

 バスルームに電話機を置く売春婦の彼女は、色々な物に自分で名前を付けていた。家にある物は全て、彼女の言葉で彩られていた。テレビを見ている時にも、タレントや俳優に新たな名前を与えていた。いつしか彼女は、恐らく世界で唯一の、詩的な感性で世界を表現する売春婦となた。


                 ☎ฺ

 街の空洞は、どんどんその範囲を広めているらしい。僕らが生まれた時にはまだ小さかたものが、今では一つの住宅街を飲み込むほどの大きさにまで成長している。僕の住むアパートに回てきた回覧板にはそう書かれていた。僕はその回覧板にコカ・コーラをかけて、隣の部屋に投げ込んだ。隣の部屋の男は回覧板の存在にも気づかないだろう。
 最近では子供たちがその空洞を通り抜けて、消えてしまう事件が相次いでいる。そして社会から外れようとする大人たちや老人たちも、次々と空洞を通り抜けていく。そして人が通り抜ける度に、空洞は大きくなていく。空洞を抜けた人々がどこへ消えたのかは誰も知らない。空洞を通り抜けた人にしかわからない。あるいは空洞になてしまたアウラさんにしかわからない。


                 ☎ฺ

 ある日、バスルームに篭ていた彼女は「世界の外側から電話がかかてきた」と、まるで宝くじが当たたかのような勢いで叫んだ。全身をずぶ濡れにしたまま、生まれたままの姿でリビングに駆け込んでくる。
「ついに世界の外側から電話がかかて来たのよ! これは奇跡だわ! ようやく私も接触を許されたのよ!」
「へえー、そいつは良かた。で、その世界の外側とはなんだ?」
「世界の外側は、世界の外側よ。それは世界の外側であて、あなたたちが持つ既成の言葉では表現しようがないわ。そして世界の外側の言葉は、それが聴こえた者にしかわからないの」
 精神をやられてしまた詩人である彼女は、もはや僕の理解の外側に行てしまたような気がした。

 それから彼女は、世界の外側に行かなければいけない、世界の外側が私を呼んでいる、と呟くようになた。食べている時も、トイレの時も、セクスしている時も、寝ている時も、そして仕事中にまで呟いているらしい。おかげで浴槽の中に入れられた黒い電話機には、世界の外側からしか通話がかかて来なくなた。彼女は一日中バスルームに閉じこもるようになた。そこで食事をし、そこで排泄をし、そこで眠るようになた。
 彼女はいつしか僕の前から消え去た。恐らく空洞を通り抜けて、『外側』とやらに行たのだと思う。本当にそんなものが存在するのか、空洞の向こうに彼女の望むものがあるのか、僕には分からなかたけれど、彼女がそれを選んだのなら、仕方が無かた。僕には相談さえなかたのだから。


                 ☎ฺ

 町の空洞はその範囲をどんどん広めている。もはやこの町が空洞と化してしまうのも時間の問題だろう。そうなれば僕だて空洞と化さねばならない。あるいは空洞に呑み込まれるか、通り抜けるか。そして、どこか別の空間へと行かなければならない。あるいはこの世から消滅しなければならない。
 もはや人々は耐えきれず、多くの人が自ら空洞を通り抜けて行た。町から人々の姿は消え、残ている人々も、もはや何かを諦めていた。悟ていた。理解していた。もはや空洞に呑み込まれる以外の道は残されていない。他の町に行けばいいという考え方もあるが、しかしそこに空洞がないなどと、そこが空洞に呑み込まれないなどと、誰が断言できるだろう。だとすれば、生まれた町で空洞に呑み込まれることを選ぶのは、自然であるような気がした。もはや町に残ているのは、他の町へ移ることを望まない人たちのみだた。そして僕も、最後まで無意味なものを作り続けながら、空洞に呑み込まれるのを待ち続けている。


                 ☎ฺ

 僕はたくさんのコカ・コーラを消費している。瓶に入たコカ・コーラ、缶に入たコカ・コーラ、ペトボトルに入たコカ・コーラ。そして後に残るのは空ぽになたコカ・コーラだけだ。空洞と化したコカ・コーラ。
 僕は空き瓶と、空き缶と、空きペトボトルを使て、無意味な物を生み出していく。


                 ☎ฺ

 無意味なものを作り出す作業中にふと、かつて僕らが若かた頃を思い出した。
 今から何十年前だろうか。
 僕と売春婦の彼女が出会たころの話だ。
 僕らは月夜に照らされながらベドに寝ていた。

 僕がコカ・コーラを頭から被り始めた瞬間、売春婦の彼女は目を丸くした。
 彼女は怒たように告げる。
「あなたみたいなイカれた男は初めてよ」
 そう言いながらバージニア・スリムの灰を、シーツに落とした。
 バージニア・スリムはまるで女性の象徴のような煙草だた。僕らが小さかた頃、そのスリムな形状の煙草は、とある宣伝文句と共に市場に出回たのだ。『ここまで長い道のりを来たわね、ベイビー』。たくさんの女性がそれを手に取て、時間をかけて灰にしていた。
 僕は彼女の言葉に笑いながら、冷蔵庫から新たなコカ・コーラの缶を取り出す。
「知てるか? コーラの中に入ているのは宇宙なんだぜ」
「あなた馬鹿なんじないの。コーラに入ているのは麻薬と砂糖水よ」
「これだから売春婦て言うのは頭が悪いんだ。コーラにはクラクラするような無重力の宇宙が広がているのさ。そしてそれが人を虜にするんだな。宇宙て言うのは魅力的だろ? 何も解らねえから魅力的なのさ。それと一緒でコーラの原料もよく分かてねえから魅力的なのさ。いいか? コーラは宇宙だ。そして宇宙はラブで出来ているんだぜ。コーラの原材料は愛なのさ」
「ねえそのクソ寒い決め台詞を、私意外に言わない方が良いわよ。笑われるから」
「またくお前には呆れさせられるぜ。ミミズの糞みたいなセンスしかねえんだものな。いいか、ほら、見てみろ。コークの空き缶をハートマークに切り取てやたぜ。そこから宇宙がドバドバ溢れて来るのさ」
「ねえ、そんなガキみたいなことはやめてよ」
 ……今から数十年前、僕が深夜営業のレコード屋で、ステフ・リトル・フンガーズのレコードを眺めていた時に、彼女から話しかけてきて僕らは出逢た。そしてその日のうちにアパートでセクスをしてから、一か月後くらいに今のような会話をしていたと思う。どちらもまだ幼かた。孤独であれば世界と戦えると思ていた。
 それでもあの時は楽しかた。
 まだ僕にも希望はあたし、彼女にだて希望はあた。
 でも大人になていくにつれて、僕らはどうしようもない状況へと追い込まれていく。やりたくもない役割を引き受けなければならなかた。生きていくために自分の体を差し出さねばならなかた。そして時には、理不尽な都合で首を飛ばされたりもした。

 ステフ・リトル・フンガーズもこう歌ている。

 引き金を引くやつが悪いわけじない
 そいつは連中のゲームに加わているだけ
 どうすることもできないとわかている
 彼がやらなければ 誰かがやることになる

 僕にはその歌詞がまるで自分の事を歌ているように聞こえたものだ。
 誰かが辛い役割を引き受けなければならない。そして、それぞれがそれぞれの理不尽を引き受けなければならない。
 僕には確かにそう聞こえたんだ。


                 ☎ฺ

 とうとう空洞は僕の家までやてきた。
 今では窓を開ければ目の前に空洞を臨むことが出来る。あと数分で、いや、あと数秒で僕は呑み込まれてしまうだろう。空洞が僕に迫る。圧倒的な存在として僕を呑み込もうとしている。空洞が僕に触れようとする。誰も止めることのできない空洞が僕を侵食していく。轟音が近づいてくる。建物の壁が引きはがされていく。空洞の持つ引力にすべてが呑み込まれていく。引きはがされる壁、引きはがされる屋根、建物は崩れていく、僕の部屋の本棚から吸い込まれていく本たちが、まるで自ら羽を持たかのように宙を舞いながら空洞に吸い込まれていく。僕の作た無意味なものも意志を持たかのように軽やかに飛びながら吸い込まれていく。空ぽになたコカ・コーラも吸い込まれていく。空洞は抵抗も出来ない圧倒的な力で僕を呑み込もうとしている。僕は引き寄せられる。宙を舞いながら巨大な空洞に引き寄せられる。僕は近くにあた柱を掴む。柱が折れる。僕は空を見上げる。そこには青い空がある。僕は空洞に呑み込まれ、空洞を通り抜けようとしている、何もかもが空洞を通り過ぎようとしている、空洞を通り過ぎればもう私は一人ぼちじない、と彼女は言た、消え去る一週間前に売春婦の彼女は言ていた、忘れたい思い出も忘れたくない思い出も呑み込まれていく、それは一つの救いだ、とアウラさんは言た。僕はそこにどんな言葉を残すべきだろうか。
 空洞の中はオレンジ色の光で満たされている、長い長い空洞の先には真白な光が溢れていて、そこに何があるのかを僕は確かめられない、僕は光の中へ吸い込まれていく、長いような短いような時間をかけて吸い込まれていく、奥へ行けば行くほど轟音はひどくなる、僕の鼓膜を破壊しようとしている、だが轟音は決して嫌なものではなかた、まるで大勢の叫び声が、甘いデストーンに掛けられたように僕の耳に響いている、なんて喧しくて奇麗なんだろう、空洞の中に響き渡る自分の叫び声をもかき消すような轟音は、僕とともに空洞の奥へ奥へと運ばれていく、大きな穴の中を通り過ぎていく、穴の中を通り過ぎながら僕は彼女のノートに書かれていた言葉を思い出す、街は完成されすぎてしまた、完成された存在はいずれ終わりを迎えなければならない、空洞は何かの感情を抱えたようにして全てを壊そうとしている、僕は空洞の一部となる、完成されすぎてしまた、僕らはここで終わりを迎えなければならない、ここまで長い道のりだたわね、ベイビー

「グドバイ」

 それが僕の最後の言葉になるだろう。
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