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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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守りがみ
 投稿時刻 : 2015.04.12 14:51
 字数 : 7483
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守りがみ
朝比奈 和咲


 私の過去の少し奇妙な話である。どうか少しばかりお付き合い願いたい。



 二月の土曜日の朝、優秀な小学一年生だた私は布団から起き上がるとパジマから私服に着替えて、階段を下りて行きリビングで父と母におはようございますを告げて、トイレで用を済ませた後に洗面所で手を洗い、そしてやや冷たい水で顔を洗た。
 リビングで牛乳をかけた甘い朝食シリアルを良く噛んで食べ、食べ終わると歯を磨きにまた洗面所へ向かう。歯を磨き終わると、決して走らずにリビングを抜けて廊下に出て階段を上て行き、そしてさきほど私が目覚めた部屋とは違う、私の机が置いてある部屋に向かた。
 当時、私は寝る場所と勉強する場所が別々だた。その理由は、一人で寝るのが恐いからだた。お化けという存在を信じていた当時の私は、夜中に一人で寝ることなど恐ろしくて恐くて震えて絶対に出来なかた。だから夜は父と母の寝室に布団を二枚引き、二人の間に挟まれて川の字になて寝ていた。
 私の机が置いてある部屋は南側と西側に窓があた。朝はまだ南側のシターが閉められており、西側のカーテンも閉められていたので、私が部屋に着いた時は天井や足元が見える程度のうす暗さだた。南側のシターも西側のカーテンも、私の身長ではぎりぎり届かない高さだたので、私はそのうす暗い部屋を歩いてランドセルが置いてある机の所まで向かた。電気を点けないのは、母によく言われた節約のためであた。
 学校に行く支度は前日の夜に済ましてあたので、いつもは机の上に置かれたランドセルを持てリビングに行き、そこで数分の時間を潰して(テレビ番組でやる占いを見て)登校班の集合場所に向かうだけだたのだが、その日は何故か机の引き出しが気になた。
 何故か気になた。何か心に引かかたというのだろうか、ランドセルに何か入れ忘れたのか、それとも別のことだろうか。いつもは躊躇せずに部屋から抜け出し、リビングで時間を潰すはずなのに、その日だけは右側の最上部の引き出しを開けたくなた。いや、開けなければいけないという何かに心が捕らわれた。
 うす暗い部屋の中で私は机の引き出しに手を掛けた。引き出しを開けるだけなのに、息を潜めていた。経験のない緊張が私に絡みついていた。
 私は普段のように引き出しを開けたつもりだた。だが、その引き出しは少し、2センチぐらいしか開かず、そして私はそこで手が止また。
 開いた引き出しのすき間からぼうと光る物がこちを見ていた。ムンクの叫びのようなあの悲しそうで気味の悪い顔だけが顔を発光しさせてこちを向いていた。
 私は勢いよく引き出しを閉めた。見てはいけない物を見た気がして冷や汗がぶわと出た。ランドセルを握りしめ、私は駆け足でその部屋を出て行た。
 リビングに着くと、いつも小学校に出かける時刻になていたので、私は行てきますとだけ言て、そのまま玄関に向かた。靴を履くときに自分の手が少し震えていることに気がついた。背後から母が私を呼ぶ声が聞こえた。黄色い帽子を忘れていることを知らされた私は、玄関でそれを受け取た。黄色い帽子を受け取た時、帽子の布が手汗で滲んだ。心臓の鼓動は相変わらず静まりそうになく、私の中で強く響いていたのだた。

 私は授業中にその恐怖感を何度も思い出してしまていた。あのムンクの顔が頭から離れなかた。蛍の光ほどしか大きさがないはずなのに、虫めがねで覗き込んだように大きく感じられた。先生の話していることはほとんど耳に入らず、そのまま二時間目までが終了した。こんな経験も初めてで、私はどうか気が狂いそうで、今にも泣きそうだた。
 だが30分の長い休み時間が始まり、私は友達に誘われて校庭でドジボールをやり始めると、その間は目まぐるしく飛んでいくボールの行方にしか集中できず、そうしているうちに自然と朝の恐怖感は頭の中から消えていた。そして休み時間が終わり、まだ息が整わないまま教室に戻て机に着いた。私は爽快な気分で三時間目を迎えることが出来た。朝から重く心にのしかかていた不思議な経験など、今は大したことのないことだたように軽く感じられた。

 四時間目は「せいかつ」だた。先生の指示に従い、私たちは教室から外に出て花壇の場所まで行た。二月ということもあり、花壇には何の花も咲いていなく、肥やされた焦げ茶色の土が一面に広がているだけの寂しい花壇だた。先ほどから太陽に雲がかかり、日差しが弱く少し空がうす暗くなて、上着をはおらずに外に出てきた私は少し肌寒く感じた。
 先生はこの花壇の土の中で生きている生物 ―ミミズやダンゴ虫といた誰でも知ているもの― について話し始め、そしてその生物が花壇の土を肥やしてくれることまでを言うと、スコプで土を掘りおこし、私たちの目の前でその生物を見せつけたのだた。男子の歓声と女子の悲鳴が入り混り、先生は私たちの反応を笑いながら掘りおこした生物を花壇の土の中に戻していた。
 そして、それから鶏小屋に行ては説明、ウサギ小屋に行ては説明、そして最初の花壇の所まで戻て来ると、今日の授業の全てが終わたらしく、残た時間は自由に遊んで良いとのことだた。
 ただし、この花壇には踏み入れてはいけないとのことだた。柔らかい土を踏み固めてはいけないとの話だたが、やんちな男子児童がさきのミミズやらダンゴ虫を見てそんなことを聞き入れるだろうか? というより、そんな話をされても僕と仲の良い数人の友達は理解が出来なかたのかもしれない。
 先生が何処かへ去て行たのを確認して、私はその友達と共に花壇に足を踏み入れた。本当はこんなことをしてはいけないと思ていたのだが、友達も一緒にやているのだからという安心感もあり、これぐらいだたら怒られないだろうという曖昧な基準を私の中で勝手に決めて、土を手で掘りおこし始めたのだた。となりの友達はそれこそ犬のように掘りおこして、ミミズやダンゴ虫を発見しては私や友達に見せつけて喜んでいた。
 土を三回ぐらい掘りおこした時、私は土の中からピンク色の紙の端が土から覗いているのを発見した。それを傷つけないように私は回りの土をどかしながらその紙を掘りだしたのだた。
 四つ折りにされて地中に埋まていたそのピンク色の紙を、私はそれを真先に友達に見せて自慢をしようとした。ほら、見て。こんなのが埋まてたよ、宝の地図だよ。そのメモ用紙に書かれていることも確認せずに、私はとなりにいた友達に手渡したのだた。
 数人の友達と共にその四つ折りの紙を広げると、それはメモ用紙ぐらいの大きさになた。メモの下の部分がちぎられて離されており、折りたたまれた方に字がこう書かれていた。
 ― あなたは、ワタシと、したがいます? 
  シヌ? しね? ―
 誰もがその手紙を口で読み上げることはしなかた。私はその不気味な手紙から何か異様な空気を受け取た。それは友達も同じだたらしく、私も友達も誰も笑わなかたし、騒ぎもしなかた。土の上でしがみながら私たちはその場で固またのだた。
 「おい、これどこで見つけたんだよ」「そうだよ、これマジでヤバい物だぜ」「おれ、触て無いから!」「どうすんだよ、これ」
 私は掘り起こした小さな穴を指差すと、そこから沸き立つようにミミズやダンゴ虫がぬるぬると這い上がて来たのが見えた。一度に大量の細長い生物がそこから出てくるのを見て、私は背筋が震える思いをした。
 「ささと埋めた方が良いんじね?」「そうだな、呪いとか」「やだよ、呪われたら死んじうよ」
 私は友達からその手紙を埋め戻すように言われたのだが、私も嫌だた。まさかこんなことになるとは思てもいなかた。
 だが、多数決で私がその穴に埋め戻すことに決められた。
 「穴に入れて、土をかぶせれば終わりだて」友達は身を引きながら、でも安心しきた笑いを浮かべながら私のことをその穴のとこまで追いやろうとした。「がんばれ」という無責任な応援、「はやく」という自分の身を守ろうとする要求、そんな声を背に受けながら私はその小さな穴まで行た。ふと後ろを振り向くと友達はすでに花壇から離れて、走て校庭のトラクの中心部分まで向かていた。
 そして、なぜ彼らが走り去たのかが同時に分かた。先生の怒鳴り声を私は横から受け、私もすかさず逃げようとしたのだが、しかしもう遅かた。私だけが花壇に踏み入れた所を見付かたのだた。私は穴にピンクの紙を投げ捨て、恐怖感を伴いながら背中を丸めて花壇から下りたのだた。

 帰りの会が終わてから私は一人で職員室に出向かうことになた。友達はみんな先に帰り、あとで駄菓子屋に集合して遊ぶということになたのだが、いまの私にはそんな気分ではなかた。
 今日はそんな気分ではないはずだた。私はさきの花壇であた事件のせいで、朝に経験したあのムンク顔のことまで思い出していた。あのムンクは、ちうどダンゴ虫と同じぐらいの大きさだたことまで思い出したのだた。考えれば考えるほど、さきのピンクの紙もムンクも、私は何かに呪われたような気がしてならないという恐ろしさに結びついていた。呪いに昼も夜も関係ないことは、テレビで知てしまていた私はどうすれば良いのか分からず、職員室で先生に言われたことなどさぱり耳に入らず、先生の前で呪いを解く方法を思索していた。
 気がつけば、私はいつの間にか先生から解放されており、教室に戻てランドセルを背負い、校門をくぐて通学路を歩いていた。
 考えたくもないのに、忘れたいのに思い浮かぶ。ムンク顔、ピンクの紙、したがう、死。考えても考えても、私は何かに呪われたのではないか、私は殺されるのではないか、そんなことを思い、周辺に注意を払いながら私は早足で家に帰ろうとした。

 いつも通る横断歩道についた。片側一車線の道路を跨ぐこの横断歩道は小学生の通学路ということもあり歩行者用押しボタン式信号機が設置されているのだが、普段は車通りが少ないため、歩行者用ボタンを押して信号が変わるのを待つよりも、信号無視した方が早く渡れるのが日常だた。交通ルールを守らせるために緑のおばちんが登下校時にいるような横断歩道だた。
 横断歩道の向かい側に緑のおばちんが黄色い旗を持て立ていた。私がボタンを押し、左右を確認した。どちら側からも車の姿は見えず、渡ても問題は無さそうだた。ささと家に帰りたかたので横断歩道を渡てしまいたかたのだが、赤信号を渡る瞬間を誰かに見られるのは何か後ろめたい気がして嫌だた。
 私は周辺を警戒しながらも、信号が青になるのを待ちわびていた。信号が青になた瞬間に駆け足でその横断歩道を渡りきり、そうすれば家までもうすぐだた。
 まだ青にはならない。車の方の信号はまだ黄色にもならない。まだかまだか。
 そしてやと黄色になた。左右を確認する。左側から来る車が減速していき、停車線の位置で止まろうとしていた。右側からは何も来ていない。遠くにトラクが見えるぐらい。
 そして信号が赤になた。私は目の前にある歩行者用信号のある方を向いた。まだ赤だた。
 緑のおばちんが黄色い旗を地面と水平に振りかざした。だが、笛は吹かず、黄色い旗の振りかざす方向も体の向きも赤信号の道路の方に向いていた。
 何かがおかしい。私はそう思た時、信号が青になた。私は走ろうとした。
 だが、足が止また。緑のおばちんがまたく動かない。
 そして顔だけがぐるりとこちを向いた時、私は全身が引きつた。
 ムンクのあの顔。机の中で目に焼き付けられた顔が、笑ているような感じでこちを見ていた。ケラケラと笑いだしそうな顔のおばちんが、体をそのままにして足をもたつかせながらこちにゆくりと近づいてきたのである。
 私は後ろに逃げ出そうとした。捕またら殺される。
 その瞬間、目の前をとてつもないスピードで大型トラクが横切たのだた。一瞬だた。トラクに目を奪われ、そのトラクはブレーキをすることもなくそのまま走り去て行た。
 そして向かい側の道路に目をやると、そこにはさきのおばちんはもう消えていた。あのトラクに引かれたようにも見えず、不気味な笑みを私の脳裏に焼き付けたまま消えた。私は頭が真白だた。
 信号が点滅し始め、私は左右を急いで確認して駆け足で横断歩道を渡りきると、減速せずに家まで帰て行た。何が何だかもう分からなくなていて、私は泣きじくりながら周りも気にせずに走ていた。

 家に帰り私はこの一連の事件を母にすぐに伝えた。母は笑て「大丈夫だから」と言うだけだた。父に言うと「そんなに気になるのなら、今すぐ机の中を調べてごらん」とだけ言い、新聞の続きを読み始めるのだた。真面目な様子は感じられなかた。
 私は不愉快と恐怖が入り混じた感情を抑えながら、机のある部屋に向かた。
 部屋はシターもカーテンも開け放たれており、日差しが差し込みとても明るかた。机の上にランドセルを置き、私は朝に見たあの光るムンクの叫びのあの顔のお化けがいた引き出しを開けようかどうか迷た。迷て、今日は開けないことにした。今度、母のいる前で開けることに決めたのだた。もしくは父の前だとも。
 その後、駄菓子屋に友達が集まり、あのピンクの紙のことは二度と話題にしない『封印』という形で決着がついた。私もそれで今日のことが解決するのならそれで良いし、それに今日の出来事はすぐにでも忘れたかた。その日、友達と遊んでいる間もたまにふと思い出してしまい気味の悪い思いをしたが『封印』となたために誰にも打ち明ける事が出来ず、それで少し悩ましい思いをしたのだた。


 それから一カ月以上、その机の右側最上部の引き出しを開けることは無かたのだが、終業式が終わり春休みに入たある日、母と私の部屋を大掃除することになた。私は机の中身を整理しなければならず、あの引き出しを開けなければならなくなた。
 だが、あまり恐怖感は無かた。昼間であるということ、それに後ろに母がいたためである。何かあた時、母は助けてくれると信じていたからであた。
 それでも私は開けるのが嫌だたので、母にお願いをして開けてもらた。母は不思議そうな顔をして引き出しを開けた。特に何も起こらなかた。私はほと胸をおろした。
 引き出しの中にはプリントがたくさん詰め込まれていた。私は引き出しをそのまま引き抜いて取り外し、プリントの内容を確認もせずに一枚ずつ破いてはゴミ袋に捨てていた。
 引き出しの中が徐々に空になていくと、引き出しの奥の方から紫色のお守りがプリントに隠れて見付かた。私はそのお守りを拾い上げた。
 交通安全と書かれたそのお守りは紐が解かれ、口が開いていた。私は口が開いていたことなど気にせず、そのままそのお守りをとりあえず机の上に置き、そしてプリントを破き捨てる作業を再開し始めたのだた。
 そして時間は過ぎ、大掃除も机の引き出しの中も何事もなく終えたのだた。



 そんな出来事があてから二十年が過ぎた。その時の交通安全のお守りは先ほど、この部屋の荷物を整理していた時に机の裏側から埃まみれになて発見された。私がこんな不思議な思い出を書き綴たのもこのお守りが見付かたからなのだが、今になて思い返してみると子どもの頃の私は臆病だたのだと思う。
 花壇から見付かたピンクの紙は誰かがイタズラで埋めたと思えばそれで解決する。机の中のお化けはたぶん見間違いだろう。それで済む話をわざわざ悩んでしまうとは、幼かたとはいえ恥ずかしい。
 だが……、横断歩道の件だけはどう考えても説明がつかない。顔は見間違いだとしても、歩き方は異様なものだた。あの動きを見間違うはずがない。
 さらに赤信号を猛スピードで走り抜けたトラク。もし、あの気味の悪い異様な緑のおばちんがいなかたら、私はあのトラクにはねられていたのかもしれない。そうすると、あの緑のおばちんは私を助けたのだろうか?
 いや、それはない。なぜなら青になた瞬間に私が走り出せば、あの横断歩道は余裕で渡れたのだから。緑のおばちんは私を確かに足止めしたのである。
 では、あの最後に消えたおばちんは何処に行たのだろうか。いま思い返してみても解明できない不思議なことである。
 例えばの話だが、もしあの机の中で見たお化けが、このお守りの化身だとして、私をあのトラクから助けてくれたと考えてみるのはどうだろうか。いまもそうだが、あの時に見つけたこのお守りの口は何故か開いていた。お守りの口は本来開かないようにきつく縛られているのに、開いていたのだからそれも奇妙なことだ。
 私はそう思い、この紫色のお守りの口を指でこじ開けた。
 中には一枚の小さくちぎられた紙切れが入ていた。少しずつ引き出すと色はピンク色だた。見覚えのあるピンク色だた。
 おそるおそる私はそのピンク色の紙を取り出した。それに書かれていた字を見て私は絶句した。
 ― シヌモンカ ―
 こんな馬鹿なことがあるだろうか。本当にあの緑のおばちんはこのお守りの化身だたというのだろうか。
 だが、私はその紙の裏に描かれた絵を見て、言葉を失い凍りついたのだた。
 描がかれていた絵はトラクに跳ねられる瞬間のムンク顔のお化け。そのムンク顔のお化けの右手には黄色い旗ではなく鋭い鎌のようなものが描かれていたのだた。

 トラクが化身だたのか? 私にはもう何が何だか分からなくなり、そしてこの思い出を『封印』することにしたのであるが、生涯においてこんなに興味をそそる話もなかなか出会えないので、いつか忘れる前に書き綴た所存である。その紫のお守りも誰から貰たのだろうか、いやそれこそわからないままである方が良いのかもしれないし、もうこの話はこれで止める事にしたいと思う。
 だが、私は明後日からこの家から巣立ち、駅前のアパートで一人暮らしを始めるのだが、果たして大丈夫なのだろうか。どうやら未だに私は臆病だたらしい。お化けなどこの世にはいない、それで済ませられるはずなのに、それすら済ませられなくなてしまた。
 考えた結果、私は一人暮らしを延期することにして、もう少し実家で暮らすことにした。その間にこの紫のお守りの処分についても考えなければいけないのかもしれない。
 考えすぎだろうか?
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