穴
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ニーチェの穴
(茶屋)
投稿時刻 : 2018.12.04 21:47
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ニーチェの穴
茶屋


 その穴を覗くと、ニーチェが覗き返してくる。
 近所の廃墟の塀にできたくっぽりと空いた穴。その穴を覗くとニーチェという何かが覗き返してくるというのだ。そんな噂が数年前に小学生の間で噂になった。小学生でもない僕が何でそんな噂を知ったのかというと、小学生の妹が夕の食卓でそんな噂をしたからだ。哲学者フリードリッヒ・ニーチェのことはどこかの本で読んだことがあったし、あの有名な言葉も知っていた。あのひげ面のほりの深い男が穴を覗き返してくるというのは滑稽な話に思えた。
 小学生でもなく、少し空気を読むことを覚えた年頃でもあったので、僕は苦笑しつつも否定をするようなこともなかった。妹を含めた小学生の幻想を破壊したくないというノスタルジーもあったかもしれない。その事は、特に後悔もしていない。
 と言えば嘘になるかもしれない。後悔はしているが、あの時どう対応すれば後悔せずにすんだかはわからないでいる。
 その夕げの出来事から数日経って、妹は消えた。
 妹の他にも二人が消え、その二人は少し離れた沼の底で発見された。
 男が逮捕された。
 ネットでニーチェと名乗っていたことが後に報道された。
 犯行現場はあの塀に穴の空いている廃墟だった。
 妹は発見されなかった。

 今でもその塀には穴が空いたままでいる。僕は、その穴をいまだに覗きこむことができない。その穴を覗けば妹が覗き返してくれるかもしれない。そんな希望が僕の中にあり、でもそんな微かな希望は覗きこんだ瞬間に壊れることも知っていて、それが怖いのだ。
 だが、何より覗き返してくるのが、妹でも犯人の男でもなく、本当にニーチェだったらと思うと、僕は恐ろしくて仕方がないのだ。
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