小説、それは革命であーる 第1回犬吠埼一介杯
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私になる
茶屋
投稿時刻 : 2015.08.01 23:29
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茶屋


 街頭に群がる虫の影がちらついている。
 時折、鳥の珍奇な鳴き声が、夜陰に響き渡る。
 月は雲に隠れ、うすらと明かりが漏れてくるばかりだ。半月か三日月か、はたまた満月であろうか。
 夜が深まていく中、俺は缶チハイ片手に公園のベンチに座ていた。
 隣には、男がいる。
 世の中を平等にするとか世迷い事を言ている男だ。
「平等? 平等なんて土台無理な話ですよ。革命が起こて、力のある奴がまた別の力のあるやつに取て代わるだけだ。明治維新からしばらくなりますが、未だ薩長閥の子孫が政界にのさばている。あれは士族階級からの革命ですが、労働者の、あれも実際はインテリ層だたわけですが、プロレタリア革命の行き着いた先はどうです? 官僚主義で相互監視の窮屈な世界ですよ。ある意味皆針のむしろに入るような平等な不幸を味わたかもしれないが、それだて格差はあたわけでしう」
 そんな俺の言葉を男は穏やかな笑みを浮かべながら聞いている。
 男は一見すると浮浪者のようにも見えるが、どこか小奇麗で、包容力のような余裕にも似た雰囲気をまとていた。
 どこかネジの外れた狂人か、とも思う。
「そりね。資本主義が限界だてのもわかりますよ。でもそんなのは一世紀も前から言われてたわけだし、それより強いシステムは全然出てこない。そり、理想としては共産主義がいいでしうよ。でもね、資源は有限だし、世界には国や民族や宗教があて、隙あらば相手の上を行こうとする。もし仮にですよ、資源が十分にあたとしてですよ。みんなが十分な衣住食と余暇、エンターテイメントが用意されてたとしましう。でもね、そこでも格差てのは生まれるもんですよ。能力ね、才能ね。一部の人はその才能の成果でもて賞賛をあび、大半はそれなりに傷の舐め合いをして、その下には一顧だにされない連中ができる。いくら科学が進歩しても、個人が個人であるかぎり、偏りつーもんはできてしまうんですよ」
 そう言て俺はチハイを煽る。
 酔ぱらいの戯言だ。
 何を俺は熱く語ているんだと思いつつ、それも悪く無いと思う。
 男は相変わらず微笑んでいたが、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「そう。仰るとおりです。人間の本能なんでしうかね。競争はいつの世もありました。それは人間を社会的に進化させる原動力にもなたのでしう。競争に勝とうとするものが生き残る。大体の場合はそうですからね。それに、親が力を持ていれば、子は教育にも時間が割かれ、高い能力の子が育つ可能性が高い。格差は、そう、受け継がれていきます。時たま、革命や政変で力を持つ層が入れ替わることはありますが。だいぶ、よくはなてきてはいるのでしうが、やはり、完全な平等というのは難しい。個人が個人である限りは。差はそこに残り続ける」
「でしう?」
「ですが、個人が個人でなくなたとしたら?」
 一瞬、男の言葉の意味がわからなかた。
「私はね、真の平等を実現するためにはいかにすれば良いか、長年研究してきたのです。長い長い時間でした。宗教、哲学、科学、そして時折、怪しげな秘技や異世界のテクノロジーにも触れてきました。そこで私は、出会たのです。私と。そして悟りました。皆、私になればいいのだと」
 男の顔は、相変わらず微笑んでいるが、なぜだか背筋に悪寒が走た。
 私?
 私とは一体何だ。本当にこの男の一人称なのか?
「そうです。私です。みんな、私になれば差はなくなるのです。勿論、私がたくさんいるだけでは、いずれ私間で経験の差に依る齟齬が生じ、やはり個人が生まれてしまう。だから、知識や経験は思考を共有することに一定間隔ごとに並列化します。私は常に私としての同一性を保つのです」
「い、いたい何を言ているんです?」
 缶チハイを持つ手が震えているのがわかた。この男は狂ているのか?
 いや、違う。別の何かが、俺の脳内で警鐘を鳴らしている。
「そうですよね。なかなか理解し難いですよね。でも大丈夫ですよ。思考は直ぐに並列化されます」
 男はゆくりと立ち上がる。
 男の影が揺らめいている。
「私は、死の影のようなもの、私はウイルスのようなもの、私は、しかし、皆に平等をもたらすのです」
 私は逃げようとするが、直ぐに転んでしまう。
 足に何かが絡みついている。
 私の影だ。
 私は私にゆくりと微笑みかけている。
 私は、理解した。
 私は私になたのだと。
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