夕焼け色のワンピース
「ヨオちびすけ、今日もしけた面してやがんな」
塀の上でうとうとしていたらブチさんの声がした。耳が反射的に動いてしま
ったけど、僕は振り返らなかった。
「カァーッ 無視かよ、無視。よくもまあ毎日飽きずにおんなじものばっか見てられるな。そんなに消えたご主人さまが恋しいか?」
「別にそういうんじゃないけど」
僕は生返事をして、寝返りを打つ。
宇宙から侵略者がやってきて、ある日突然地球から人間がいなくなってしまった。僕らには何が起こったのかさっぱりわからなかった。後からもの知りな犬のハカセが色々教えてくれたけど、理解が難しい。
宇宙人は地球に磁場だとか、重力操作だとかなんだかそんな、謎の目に見えない力を沢山かけて、時空を歪ませた。あちらこちらにワープゾーンとかいうのが出来て、人間たちはそれに飲み込まれていったとかなんとか。だが宇宙人は極度の犬猫アレルギーで、ここを本格的にテラフォーミングする前に撤退していってしまった。
「なんか、幻覚が見えるんだよね」
「カーッ お前、ご主人様が恋しくてそんな二本足みたいなもんが見えるようになっちまったのか」
「うん。あのワープゾーン、赤みがかって見えるんだあ」
捨て猫だった赤ん坊の頃の僕を拾ってくれたミカちゃんは、ご主人様というより、僕の大親友だった。彼女がワープゾーンに飲み込まれていったときのことをよく覚えている。何が起こったのかわからないと言う風に空に目をやった次の瞬間、その体は消滅していた。
赤色っていうのは、僕ら猫には見えない色だ。そしてミカちゃんの憧れの色だ。お兄ちゃんのおさがりばかり着せられていたミカちゃんは時々、近所のマミちゃんみたいに赤のワンピースが着たいと泣いて、お母さんに怒られていた。ぐずぐず鼻を言わせながらボクを抱きかかえて公園のブランコに乗っていると、ワンピースを着たマミちゃんが通りかかって、ようやく泣き止みそうになっていたのにまたしゃっくりをする。僕の目には、マミちゃんのワンピースとミカちゃんの黄のTシャツが同じ色に見えるから、彼女が何を悲しんでいるのかよくわからなかった。
ワープゾーンは夕方の空の色に似ていた。青みがかった薄い灰色。それをじっと見ていると、ミカちゃんの姿がぼんやりと浮かび上がって、その背後に、僕の知らない色が見える気がする。本当は赤色なのかわからないけど、とてもそれが綺麗だから、あれが赤色だったらいいなと僕は思っているのだ。