第28回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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真摯に願うこと
大沢愛
投稿時刻 : 2015.08.15 15:30
字数 : 1000
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真摯に願うこと
大沢愛


 ある日、アパートの部屋に戻ると、机に黒革の見慣れないノートが置かれていた。表紙をめくるとこう書いてある。

〈このノートに書いたことは必ず実現する。真摯に願うこと〉

 僕は狂喜した。さそく1ページ目にあることを書きつけた。

 翌朝、大学に行くと、同じクラスの相沢美希を探して近づいた。いつものように女友達と一緒だた。僕の顔を見るとにこりと笑い、おはよう、と言う。
 僕は冷静を装いながら「これから二人で抜けない?」と囁いた。
 彼女は怪訝そうな顔で「でも講義があるし」と口籠る。こうなたら、と思い、彼女の肩に手をかけて引き寄せた。そのまま唇を近づける。側頭部に衝撃が走た。拳法部の女が一撃を喰らわせたのだ。彼女は僕の腕から逃れ、追いかけようとした僕は女たちのサンドバグになた。

 口の中を切た僕はよろけながらアパートに帰り着いた。明日から針の筵だ。机の上にはあのノートがある。僕の姿を見て、笑たような気がした。
 抑えつけていた怒りが爆発して、ノートと取組み合いになた。イメージが湧かないひとは手近なノートと取組み合てみてくれ。ノートは意外にも強く、僕は羽交い絞めにされた。
「このインチキ野郎が!願い事なんて叶わないぞ」
 痛みを堪えながら言うと、ノートはぽつりと言た。
「それがひとにお願いする態度か?」
 気がつくと僕は床に倒れていた。ノートは元通りに机上にある。
 敬意を示せ、か。僕は本棚から高校時代の古語辞典を取り出してノートのページを開く。

〈相沢美希と床を伴にしたく侍りけれ〉

 ノートが、はきり聞こえるほどの声で嗤た。顔に血が上るのを感じながら続ける。

〈相沢美希と睦びをかはさむ〉

〈相沢美希と供寝がしてみたい〉

 似非古文の姿を纏た邪念が並んでゆく。彼女の笑顔を思い出す。こんな僕にあんなことをされて、さぞ怖かただろう。情けなくて涙が出てきた。もうどうなてもいいと思た。邪念で埋め尽くされたノートは最終ページになていた。僕は涙と洟を手のひらで拭うと、はきりと書きつけた。

〈相沢美希さんに謝て、元のように笑て欲しいです〉

 ボールペンをそと置いた。ノートはかさり、と音を立てた。最終ページ以外はいつの間にか消えていた。黒革の裏表紙がぱたんと閉じる。金箔押しのタイトルがついていた。

〈ですノート〉

 それでよかたのかよ。

 もう力が出なかた。
 床にへたり込む僕の前で、ノートがにやりと笑た気がした。
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