てきすとぽい
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第30回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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その先の世界
(
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
)
投稿時刻 : 2015.12.12 23:51
字数 : 1309
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その先の世界
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
「こら、タマ。そこにいるのはわか
っ
てるんだよ」
押し入れの中。しなびた布団の隙間に身を潜めていたタマは、姉さまの、それはそれは優しい声に震え上が
っ
た。
狭い空間ではあ
っ
たが、気が塞ぎがちでここ最近はす
っ
かり元気をなくしていたタマだ
っ
たので、すぐにうとうとして意識を失
っ
た。おかげで、どれくらい時間が経
っ
たのかわからない。外がまだ明るいのか暗いのかも。襖一枚隔てたところに姉さまがいるということは、まだ日が沈む前なんだろう、と考える。
タマは自分の仕事には忠実だ
っ
た。誰よりも美しく、気高い姉さまの手伝いができることは、この上ない喜びだとも考えている。早くここから出て姉さまの手伝いをしなくては、という気持ちはもちろんある。でも、体が動かない。
そうこうしているうちに、姉さまによ
っ
て、押し入れの戸がピシ
ャ
リと開け放たれた。小さくな
っ
ていたタマの上に、姉さまの影が落ちる。橙色の鋭い夕日が、姉さまの影を濃く長く伸ばしている。明日はき
っ
といい天気になるだろう。
「ヨネが、鬼みたいな顔であんたのこと探してる」
姉さまは目を細めて笑んだ。その唇はまだ紅に染ま
っ
てなか
っ
た。紅を塗る、ピンと立
っ
た姉さまの小指を見るのがタマは好きだ
っ
た。紅を塗り終えると、姉さまの目はま
っ
たく別の生きものみたいに色を変え、妖艶さを湛えるのだ
っ
た。
「タマは、仕置きがホンに好きなんすな
ぁ
」
もちろん、姉さまがタマを仕置きすることはない。でも、ヨネがタマを縛り上げて冷水を浴びせて夜まで放置しても、助けることもしない。今みたいに、朗らかな笑みを浮かべてタマに言うのだ。
――
ホンに、タマはわちきによう似てますな
ぁ
。
姉さまに似ていると言われるのは、タマの自慢だ
っ
た。姉さまはタマの誇りで、憧れだ
っ
た。それはず
っ
と変わらないはずなのに。
何がどうして、す
っ
きりしない。何の稽古をしてても、拭いきれぬ違和感に手足が絡め取られる。いてもた
っ
てもいられなくて、だからタマは逃げ出して、身を隠すしかなくなる。
タマは物心ついた頃から漠然と考えていた。いつかは自分も姉さまのようになるのかと。なれるのかと。でも、成長したタマは気づいてしまう。知
っ
てしまう。考えずにはいられなくなる。
姉さまのようにな
っ
た先にあるのはなんなのかと。
天国のように美しく煌びやかな世界。でもその先に待ち構えているのは、ぽ
っ
かりと口を開けているのは、似ても似つかないものではないのかと。
タマと同い年の禿である、サクの姉さまが十日前に情死した。た
っ
たの十日前のこと。だけどもう、誰もそのことは口にしない。こんな話がここでは珍しいことではないのだと、タマは初めて理解した。
「あんたは、何がしたいん?」
体を縮こませたままのタマに、姉さまはなおも優しい声をかけ続ける。タマは聞きたか
っ
た。でもいまだに聞けないし、これからも聞かないかもしれない。姉さまに聞く前に、タマは自分の目でそれを確かめることになるんだろうと諦めてもいる。ここで生きるということは、そういうことなんだと。
「姉さまに言うてみ?」
美しく煌びやかな世界の象徴であ
っ
たはずの姉さまを見つめ、タマはただただ首を振る。何もかもを知るには、まだ勇気が足りない。
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