穴を見つけた。
　なぜこんなものを残しているのだろうか。
　六日間の突貫工事で作ったからミスっちまったのかもしれない。いつも偉そうなこと言ってやがるのに、やっぱり完璧なんてないってことか。いま、作った奴はお休み中だった。監視をこちらに押し付けて、のんきに寝てやがる。
　だからバックドアを仕込んだというわけ。
　奴の作品に、このシステムに、俺は自由に干渉できる術を手に入れたということだ。ひとまずはそれだけにしておこう、いきなり変えすぎてはイタズラがバレてしまう。少しずつ変えていって、もう一から作り直せないというところまではひっぱらないとおもしろくはない。まあ、そういうことで楽しみが増えたなと思いながら、ひとまずは従順な天使のふりをして、俺はシステムの監視業を続けた。
　
　ひとつイタズラしてやった。
　きれいきれいで発展もなにもないつまらなく善良な世界にもっと楽しさを混ぜてやった。無知だから綺麗に笑ってすごせるなんてつまらないだろ？　情報が増えればそれだけバグが発生する確率が増えていく。そもそも想定外の情報を追加したのだから、奴はきっと混乱するだろう。なぜか、善良に保つために与えていないものが与えられているのだから。俺は裏で蛇のように活動しながら、表ではなにも知らないという与えられる前の彼らのように善良な顔で、奴と一緒に慌てたふりをしていた。きっとこんな現実が嫌だから綺麗なものをつくろうとしたんだろう。だけどそれは無駄だったな。やっぱり世界は汚れていくんだ。俺もあなたも綺麗なままではいられない。この作られたシステムという子供たちも。

　奴は一旦、やり直すということに決めたようだ。
　発展が望まない方向に行きすぎて、どうにも我慢できなくなったようだ。
　それもそうだとは思う。想像していた穏やかなシステムとは違って、まるで我々の世界を映すサブセットのようにシステムは汚れはじめていた。
　まあ、そんなカオスな方向に導いているのは俺なのだけど。
「すべてをやり直す」という奴に対して、
「そんなことをしていいのですか。かわいそうです。慈悲を与えましょう」と優しさからやめるような感じで動いてはみたけれど、奴の決心は硬かった。
　妥協案としてなんとかまったくのゼロに戻すことはやめさせて、上辺だけ作り変えるということになった。奴も甘いのだ。そんなことでどうにかなるほど、世界は素晴らしく作られていない。
　奴は奴の好みの綺麗なデータだけを集めて、他はすべて洪水で流すように消し去った。そして、もう一度、綺麗なものだけの世界を作ろうとしたのだ。
　俺は、そんな綺麗なものたちをしっかりと汚していったのだけど。
「だって、慈悲を与えなければね」

　システムがまた奴の望まない方向に膨れ上がっていた。
　データとデータが限られた容量を取り合い、勝手に争って消しては膨れ上がっていく。データに優先順位がついた。それは奴が望んだものではない。俺が勝手にいれたものだ。
　そうして選ばれしものが何やらでかいものをつくりはじめた。
　大きいということはそれだけでいいものだ、という下品な意識があるらしい。それは俺や奴も持っている意識。だから誰かを脅かすときには奴だってでかくなるのに、自分が作ったシステムにはそれを望まない。自己矛盾の綺麗事だ。
　奴はそんな矛盾を認めることができずに癇癪を起こした。データを無理矢理分断して望まぬ発展を防ごうとしたのだ。
　あー、そんなことをしても無駄だってのに。
　統一的でシンプルだったシステムは、多重の言語から作られる複雑な世界にさらに分断された。もう奴ひとりではめんどうが見きれないほどに複雑化したシステムを奴は部下のいくらかに割り振って任せることにしたらしい。
　実はもう飽きてしまったのかもしれない。
　そういうやつなんだ。
　だから今は似てるけど少しずつ違う複数のシステムが、だけど同じハードウェアの上で動いているというはめになった。
　コピーされているようで、実は違っている複雑なシステム。もう管理は限界を迎えている。
　おもしろい、おもしろい
　きっと、違いは争いを生むだろう。

　システムたちは互いの領域を奪い合って争っていた。
　プリミティブな段階で与えた知恵が、今では感情に変わり、違う世界を滅ぼそうとしている。元をたどれば似たようなものなのに、「どうして争うのでしょうか」という純真な目で奴に話す。
　管理を任されたものたちもそれぞれが自分の考える良い方法で自らの管理システムだけを変えていくので、もう全体を
統一したり平和へ導いたりなどはできない。
　あとはどうやって終わらせるのがおもしろいかだ。
　そろそろ続けるのも飽きてきたし、あざやかなフィナーレとして行きたい。

　バレてしまった。
　俺のした数々のイタズラが、奴にみつかってしまった。
　せっかくおもしろくなってきたところだったのに、バックドアから入って、勝手きままにいじっていたところを見つかってはもう言い逃れはできない。
「なぜそんなことをしたのか？」と神に問われた。
「天使なんて善良なふりをし続けることにつかれたんだよ」と俺は答えた。
　俺もお前もほんとうは汚れている。
　ときには怒り、癇癪をおこし、望まぬ世界を壊してしまうような存在だろ。
　それなのに、全知全能で慈悲に溢れているみたいな綺麗すぎる姿を求め、互いに監視しあうようなことに善良で腐った世界に嫌気がさしたのだ。
　神はショックを受けていた。俺に期待していたのだろう。表向きはそんな期待に答えるようにしていたから、それも仕方ないのかもしれない。だけど、そんな天使ちゃんは俺が努力して作り上げた幻想だ。

　捕まるのはつまらない。
　俺は神の手が伸びる前に、バックドアから世界に逃げ込んだ。これから悪魔として生きていこう。終わらせるつもりだったが、それもやめた。人間たちを誘惑して、天国のように汚れて堕落した世界を作っていこうじゃないか。
　本当は、そんな世界こそが大切なのだから。
　ねえ、神様。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<了>

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