架空のスポーツ小説
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合唱部(物理)
投稿時刻 : 2016.05.16 19:05
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合唱部(物理)
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


「貴様、入部希望者と言たか」
 腕を組み仁王立ちした長身の2年生女子二人が、般若みたいな顔をして私を見下ろした。
 歌の上手い人ていうのは、地声の響き方からして普通の人とは違うものだ。体育館に入るなり怖い顔をして睨みつけられたときは縮みあがりそうになたけど、先輩の声を聴いてすぐに、私のテンシンは一気に上がた。やぱりこの高校は合唱部の名門だ! こんな素敵な声の先輩がいるなんて!
「はい、私、忍田さと子といいます! 6月に、N県から、父の仕事の都合で転校してきました。中学からずと合唱をやてて、転校しても続けたくて! 2年前、中2の時に全国大会でこの高校の合唱部の演奏聞いて憧れてて! この県に来るなら絶対にこの高校に来たいて思てたんです! パートはメゾソプラノです、好きな作曲家は武満徹です! よろしくお願いしまグハアッ」
 先輩の一人が私の腹に拳をねじ込んできた。突然のことに対処ができず、私はバランスを崩しよろける。倒れかけたところで、殴りかかて来たのとは別の先輩が私の左腕を掴み立たせた。大きな手のひらと強い力のこもた腕だ。
「全くひ弱な体だ。この程度の力で倒れるとは、戦力にもならん」
「い、いきなり何するんですか」
「いいか、1年」
  乱暴につかまれていた腕が解放された。今度はしかり踏ん張ていたからみともなくよろけることはなかたが、私の背中には冷や汗が流れた。
「我々はよくある普通の合唱部とは違う。山台の上にお行儀よく並んで若い女性教諭のピアノに合わせ木下牧子を歌う活動を想定してここに来たのなら今すぐ帰るんだな」
「こちらの合唱部が、色んなコンクールに出たり、海外公演もしていて沢山のレパートリーがあるのは知ています! でも木下牧子も歌たことありますよね?」
「そうではない、貴様はさきから、ここをどこだと思ているんだ」
 私は辺りを見回してから、2人の先輩に視線を戻した。
「体育館……ですよね。ここで本番の練習でもしているのかと――
「そうではない。我々は、運動部なのだ」
「え
 想定外の言葉に素頓狂な声を上げてしまた。でもすぐに思い直した。合唱部はどこの高校でもだいたいは文化系部に分類されているが、かなり体力や筋力を使う。私も中学の頃から走り込みや腹筋背筋のトレーニングを日常的にやてきた。さき腹を殴られたときは不覚をとたけど体幹は一般の女の子よりしかりしている方だと思う。だが先輩はさらに驚きの事実を語りだした。
「貴様の知る合唱部は、去年の秋に1度廃部となた」
「ええどうして?! 実績もあるし部員も沢山いる合唱の名門じなかたんですか?」
「今は実質我々2人だけだ。残りの67人の部員は、去年の秋、吹奏楽部との抗争で死傷し強制退部となた」
 曰く。
 この高校には、文化系部の部室が集められている部室棟があたのだが、去年の秋、老朽化により一度取り壊して建て直すことになた。そのせいで活動場所を奪われた吹奏楽部が合唱部と本校舎の音楽室を争うことになた。血で血を洗う戦いは約1か月続き、ついに吹奏楽部が勝利を収める。敗戦の責任をとり生き残た当時の2年生(つまり、今の3年生)は全員退部し、残りの部員の多くも再起不能になて活動が続けられなくなたのだという。
「だが我々としても敗者の汚名を着せられたまま引き下がるわけにはいかなかた。文化系部は活動場所が限られているが、体育会系部ならまだ望みはある。そういうわけで今年度、新設の体育会系部として生徒会に申請したのだ」
「それで、空いていた体育館で合唱の練習をしているてことですか?」
「この第三体育館を使用していたバドミントン部は賭博所へ誘い込み廃部へ追い込んだ。今は体育会系部として正式に認めてもらえるよう活動内容を考案しているところだ」
「ここでこれまでみたいに合唱の練習をするのではだめなんですか? ちと響き過ぎて環境はよくないかもですけど……
「貴様はアホなのか。そんなことをすれば、今度こそ完全な敗北、恥の上塗りだ。既存の合唱という文化活動ではない、新しいスポーツを編み出して活動内容としなければ、我々の新たなる出発にはなりえない」
「えー……で、新しい活動内容ていうのはなんなんですか?」
「今練習を始めるところだ、見ていくか」
 私はうなづいた。何に使うんだろうと最初から思ていたのだが、体育館の真ん中にパイプ机が置いてあて、その上に風船が10個とワイングラスが1つ、並べてあた。二人の先輩はそこへ歩いていく。
 長方形型の机の端こにワイングラスが置いてある。風船は全てワイングラスと同じぐらいの高さに膨らませてあり、110の番号がマジクで書きこまれていた。ボーリングのピンのように三角形になるように並べてあり、1番の風船はワイングラスに接するか接さないかぐらいのすれすれの距離に置かれている。
 私の腹を殴た方の先輩が、眼鏡を装着し、パイプ机の前で腰を落とし、目線がワイングラスの高さになるようにした。深く深呼吸をしてから、軽くワイングラスを指ではじく。dの音が体育館に響いた。先輩は懐からストローを取り出しグラスの中に投げ入れる。それと同時に、体育館に声が響き渡た。
「Ah...
 美しいボカリーゼ。それは、針に糸を通して貫くような繊細さと、しかしそれと同時に力強さとやわらかさを孕んだ絶妙な響きだた。驚くことに、先輩の声にはビブラートがほとんどかからず、安定したピチはほとんどずれることがない。緊張感に包まれる中、私はおもわず息を止めていた。暫くするとグラスの中のストローがくるくると狂たように動き出した。合唱生活で鍛えられた私の耳が、微かな音の変化を捉える。先輩の声から生まれた「バイオン」とは別の、あるはずのない音。グラスが共鳴して、振動音を生み出している。まさか、これは……
 私が先輩のしようとしていることに気付いたときには、ノーブレスで30秒は経ていた。それほどの間ブレることのない声の大きさとピチに感心したと同時に、突然、汚い音が体育館に鳴り響いた。

 パリン

 パン! パン! パン! パン!
 パン! パン!
 ……パン!

 パイプ机からは多少の距離があたにも関わらずその予期していなかた大きな音に反射的に身を引いて耳を抑えてしまた。隣にいた先輩は平然とした表情をしている。
「3、7、10が残たか……クリスマスツリーだな」
「今の割れ方ならストライクになるかと思たが、惜しかたな」
「まあいい、これならスペアを狙うのもたやすい」
 そう言うと、懐からもう一つ新しいグラスを取り出し、落ちたストローを拾て中に入れると、先輩は残た3の番号が書き込んである風船の隣にそれを置いた。
 ブレス。
「Ah...
 再び美しい声が体育館中に響き渡た。本当に美しい声だたが、先ほどまでの感動はもはや私の中にはなかた。
(馬鹿じないのかこの人たち……
 私は黙てその場を後にした。
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