てきすとぽい
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架空のスポーツ小説
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ヒモ引き
(
三和すい
)
投稿時刻 : 2016.06.05 12:50
字数 : 2145
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ヒモ引き
三和すい
学生の頃から月曜日が嫌いだ
っ
た。ず
っ
と夏休みが続けばいいと思
っ
ていた。
その想いは、社会人とな
っ
た今でも変わらない。それどころか年々強くな
っ
ていく。
――
働きたくない。
通勤電車に揺られながら、俺は毎日そう思
っ
ていた。
けれど、生活していく上で金は必要だ。少なくとも俺が望む生活を続けるにはある程度の金が必要であり、その金を手に入れるためには働かなくてはならない。
(ああ、誰か俺を養
っ
てくれないだろうか)
そんなことを考えていたら、俺を養いたいと言う女性が現れた。
ただし、同時に二人も。
「放しなさいよ、公子! 彼はあたしのものなんだからね!」
「星子こそ放しなさいよ! 私の方が先に見つけたのよ!」
「何を言
っ
ているの! あたしの方が早く彼と出会
っ
ていたわ!」
「付き合い始めたのは私の方が先よ!」
公園の片隅で、俺は二人の女性に左右から腕を引
っ
張られていた。
俺の足元には一メー
トルくらいの円が描かれていて、その円から俺を引きずり出そうと公子は俺の右腕を、星子は俺の左腕を引
っ
ぱ
っ
ている。
そして、俺たち三人のまわりでは観客たちが公子と星子に声援を送
っ
ていた。
恋愛関係のもつれを観戦するなど一昔前なら考えられなか
っ
たが、今ではち
ゃ
んとしたスポー
ツだ。こうして公園の片隅にも専用の場所が設けられるほどである。
ルー
ルは簡単。
好きなの男の腕を綱引きのように引
っ
張
っ
て、円から自分の方に引きずり出した者が勝ち。男と交際する権利を得る。
付き合う相手を腕力で決めるのかと今でも顔をしかめる者もいるが、実を言えばこれは儀式のようなものだ。は
っ
きり言
っ
てしまえば、ほとんどの場合、最初から結果がわか
っ
ている競争なのである。
まず、引
っ
ぱられるのは男と決ま
っ
ている。男二人が女性の腕を引
っ
ぱ
っ
て女性がケガをしたら大変である。だから腕を引
っ
ぱられるのは必ず男だ。
そして、引
っ
ぱられる男は好きな女性に加勢できる。格闘技をや
っ
ている女性とか筋力のない男もいるが、たいていの男は、好きな女性の方にわざと引
っ
ぱられることができる。
なので、男の気持ちを確かめるために引
っ
張り合いをすることもあるし、女性の方で実は別れたいと思
っ
ている場合はわざと負けることもできる。まあ、たま
ぁ
に引
っ
張り合いが始ま
っ
た途端に女性が二人とも手を放すこともあるらしいが。
幸いなことに、公子も星子も本気で俺の腕を引
っ
ぱ
っ
ていた。
だが、俺はど
っ
ちでもよか
っ
た。俺を養
っ
てくれるのなら、公子でも星子でも構わなか
っ
た。
俺は公子にも星子にも加勢することもなく、ただ引
っ
ぱられるまま。
長引く勝負に、周囲からの歓声が減
っ
ていく。そして、観客が何人か帰り始めた時だ
っ
た。星子の手がわずかに緩んだ。俺の腕は星子の手からするりと抜け、体は一気に公子の方へと倒れ込んだ。
「や
っ
たわ!
これで彼は私のものよ!」
勝利の声を、公子があげる。
ようやく決ま
っ
た、俺はもう働かなくていい、これからは公子に養われるんだ、とホ
ッ
とした時だ
っ
た。
「ち
ょ
っ
と待
っ
た
ぁ
ぁ
っ
!」
公園に、男の声が響き渡
っ
た。観客をかき分けて、浅黒い顔の男が現れる。
「関?」
現れたのは、俺の同僚であり友人の関諭央だ
っ
た。ひどく思い詰めたようなような表情で関が口を開く。
「俺も参加したいんだが」
「諭央、どういうつもりなの?」
関に冷たい声が飛ぶ。公子だ。俺の腕にしがみついたまま、関を睨み付ける。
「私の気持ち、知
っ
ているでし
ょ
う?」
「ああ。だから、あきらめようとした。でも、できなか
っ
た。どうしてもあきらめられないんだ!」
関の叫びに、俺はそういうことかと納得した。
公子と関は幼なじみだ。公子と知り合
っ
たのも関を通じてだ。
「諭央」「公子」と名前を呼び捨てにする間柄に、最初は二人は付き合
っ
ていると思
っ
ていたが、公子は「ただの幼なじみよ。友達同士で名前を呼び捨てにすることなんて、よくあるでし
ょ
う」と言
っ
ていた。しかし、それは公子だけの認識だけだ
っ
たようだ。
たぶん、関は公子が好きなのだ。
「いいぞ」
俺は二人に言
っ
た。
「二回戦、やろうじ
ゃ
ないか」
関は俺の同僚で友人だ。
だからとい
っ
て公子を譲る気はないが、好きな相手に気持ちを告げられず引きずるよりも、ダメでも想いをぶつけた方がき
っ
と本人にと
っ
てはいいはずだ。それに、もし関と公子が付き合うことにな
っ
ても、俺には星子がいる。
だが、どうや
っ
て勝負をすればいいんだ? 気が強くても公子は女性だ。俺と関で公子の腕を引
っ
張り合うわけにはいかないし、公子と星子で関の腕を引
っ
張り合うのも何か違う。
さて、どうしたものかと俺が考え込んだ時だ
っ
た。
「いいわよ。勝負しようじ
ゃ
ないの!」
公子が俺の右腕をつかんだ。
「負けるものか!」
関が俺の左腕をつかむ。
「へ?」
わけがわからず茫然とする中、引
っ
張り合い第二回戦が開始。
「彼は私のものよ! さ
っ
さとあきらめなさいよ!」
「俺だ
っ
て何年も想い続けていたんだ! そう簡単にあきらめられるか!」
「あんたと違
っ
て彼はノー
マルなのよ!」
公子と関の会話に、遅ればせながら状況を把握。
いや、あの、俺が付き合いたいのは、俺を養
っ
てくれる「女性」ですよ?
気付けば俺の体は関の方に引
っ
張られていく。これではいかんと踏ん張ろうとした足が滑り
……
。
その後、俺がどうな
っ
たのか
……
正直なところ話したくない。
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