架空のスポーツ小説
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いつかゴールにたどりつくまで
投稿時刻 : 2016.06.26 18:52
字数 : 2958
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いつかゴールにたどりつくまで
三和すい


「あのさ、公彦。何か新しいスポーツを考えてみないか?」
 同居人の星一郎がそう言い出したのは、六月に入てしばらく経た頃だた。すでに梅雨に入たのか、ここ数日は雨が降り続いている。畑仕事ができず、僕は和室で机に向かていた。
 久しぶりに広げた問題集は受験勉強のために買たものだ。大学受験ができなくなた今となては数学の勉強などしても仕方がないはずなのに、時々こうして問題を解いてみたくなる。
 星一郎は僕の後ろで寝ころんでマンガを読んでいた。
 僕の家には大量のマンガがある。兄が好きでいろいろと買ていたからだ。けれど、星一郎は僕の家に来てからの半年ちとで一通り読んでしまたらしく、今は僕の部屋の片隅でホコリをかぶていた「マンガ偉人伝シリーズ」を引張り出して読んでいた。
 雨音と扇風機の音を耳にしながら一時間ほど経た頃だ。
 星一郎がアホなことを言い出したのは。


……は?」
 星一郎が何を言ているのかわからなかた。蒸し暑いのに長袖のパーカーを羽織ているので暑さで頭がやられたのか、もしくは最近の長雨で脳みそにカビが生えたかと思た。まあ、もともと変わた奴ではあたけれど。
「お前、何を言てるんだ?」
「だから、新しいスポーツを考えようて言ているんだよ。俺たち二人でさ」
 星一郎は目を輝かせて言う。
「例えばさ、雨の日でも晴れの日でも楽しめてさ、一人でも二人でも大人数でも遊べるような、今までにないおもしろいスポーツがあたらいいと思わないか?」
「無茶苦茶な。そんな都合のいいスポーツなんて、あるわけないだろう?」
「ないから考えるんだよ」
「暇なら学校の体育館に行てこいよ。今なら貸し切りだぞ」
「公彦だて暇だろう? 大学なんて行けないのに勉強なんてやてるんだからさ」
 何も言い返せず、僕は数学の問題集を閉じた。


「やぱサカーぽいのがいいんじないか? 男ならサカーが好きな奴も多いし、女子サカーもこの間まで結構盛り上がていたしさ」
「サカーは新しいスポーツじないだろう?」
「だからサカーをアレンジするんだよ。例えばサカーボールに火を着けて蹴り合うてのはどうだ? 何か熱い感じで良くないか?」
「良くない! やけどするし、だいたい火なんか着けたらボールがダメになるだろうが!」
「じあ、惑星サカーてのはどうだ? 火星とか木星とか惑星の配列にコーンを置いてだな、それを避けながらブラクホールに見立てたゴールに向かてシトして……
「お前、太陽系からブラクホールまでどれぐらい距離があるのか知ているのか?」
「いや、知らね
「知らなかたらできないだろうが!」
「それなら知識がいらない単純なスポーツを……そうだ! 大声を張り上げてコプを割る! たくさんコプを割た方が勝ちだ!」
「そんなの普通の人間にできるか! それにコプがないとできないし、割るだけなんてコプがもたいない!」
「じあ、一人の人間の腕を左右から引張り合うていうのはどうだ! これなら道具もいらねぞ!」
「人が三人いないとできないだろうが!」


 アホな会話は二時間ほど続いた。


「やぱ新しいスポーツを考えるて難しいな
「当たり前だ」
「そ……そうだよな……
 ひどく落ち込んだ声に、俺は驚いた。いつものように暇つぶしの遊びだと思て付き合ていたが、ひとして星一郎は本気で今までにない新しいスポーツを考えようとしていたのか?
「どうかしたのか?」
「あのさ、新しい生き物とか星とか島とかをさ見つけるとさ、好きな名前を付けられるじんか。でさ、自分の名前を付けることもあるじん」
「そうだな」
 確か大昔話題になた彗星とか、調べてみればいろいろあるはずだ。
「新しいスポーツを考えたらさ、俺の名前を付けたかたんだよ」
 星一郎はそう言た。
「そうしたらさ、お前がそのスポーツをやる度に俺のことを思い出すだろう。それに、お前が他の奴にそのスポーツを教えてさ、そいつがこのスポーツは何でこんな名前なのか聞いてきたらさ、お前はきと俺のことを話すじんか。そうしたら俺ていう人間がいたことがさ、他の奴の記憶にも残るんじないかと思たんだ……
「お前、まさか村を出て行くつもりなのか?」
 星一郎が僕の村に来たのは半年ほど前だ。自転車で旅をしていて僕の村にたどりついたのだ。
 また旅に出るのか? もうここには戻らないつもりなのか?
 言葉にできない想いが頭の中でグルグルと回る。
 何か言わなくてはと口を開きかけた時。
 星一郎は無言でパーカーの長い袖をめくた。腕には赤い斑点がいくつもいくつも浮かんでいる。
 見覚えのあるそれに、僕は息を飲んだ。


 赤斑病。
 その病気を僕はそう呼んでいた。
 けれど、それが正しい名前がどうかわからない。医者とか研究者が名前をつける前に、ほとんどの人間がこの病気で死んでしまたからだ。僕の同級生の腕に赤い斑点があるのを見つけてから一週間ほどで、僕以外の村人は死んでしまた。
 テレビのニスでも取り上げられたが、翌日にはそのチンネルは映らなくなた。その次の日には別のチンネルが、また次の日にはまた別のチンネルが消え、あという間にテレビはただの箱と化した。
 それが一年前のことだ。
 情報が途絶え、世界がどうなているのかわからない。けれど、助けが来る気配は今までに一度もないから、きとみんな死んでしまたのだろう。
 村がソーラー発電や風力発電の施設を作ていたおかげで電気だけは以前のまま。缶詰や乾麺、飲料水やお菓子など日保ちする食料はたくさんあたが、いつかこれらも尽きる。
 僕は畑で作物を育てることにした。一人ではたいした量は作れないが、食べるのも一人だ。本で作り方を調べながら少しずつ種類を増やし、保存方法を考え、ひとりぼちの冬に備えていた頃だた。
 僕の村に、星一郎が自転車に乗てやて来た。
 星一郎は隣の県に住んでいたそうだ。誰もいなくなた店や家から食料を調達しながら、誰か他に生存者がいないかと探しているうちに僕の村にたどりついたのだ。
「夜に山の方を見てみたらさ、灯りが見えたから来てみたんだ」
 どうやら他の場所には電気が来ていないらしい。
「寒くなてきたしさ、これからどうしようかと思ていたんだよな
 冬の間ここにいてもいいかと星一郎に聞かれ、僕は「いいよ」と答えた。
 春になても星一郎は村を出て行こうとしなかた。
 かつてゴールデンウクと呼ばれた時期になても星一郎は僕の家にいた。
 このままずと彼はここにいるのだと僕は思ていた。
 そう思い込んでいた。




 長い梅雨が終わり、いつもより涼しい夏が来た。
 そして秋の気配を感じ始めた頃、僕は星一郎の自転車を納屋から出した。星一郎がちんと整備をしていたおかげで、まだ十分走れる。
 自転車に荷物を積み込み、サドルにまたがる。
 とりあえずは一月、他の町を見てまわろう。冬になたら村に戻てきて、春になたら再度出発。そうしたら今度は行ける所まで行てみよう。自転車がダメになたら歩いてでも先に進んでみよう。
 そうして誰かを見つけるまで旅を続けるんだ。
(誰かを見つけたら、絶対にお前のことを話すからな)
 庭の桜の根元にもう一度目を向けると、僕はペダルをこぎ出した。
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