笑う男
その男はいつも笑顔を浮かべていた。
冷淡というのではないし、快活というのでもない。まるで笑顔という観念をそのまま貼りつけたかのような笑顔だ
った。神経質な彫刻家が、「笑う男」という題で彫り上げた彫像の顔が貼りついて取れない呪いにかかっていると言われても、僕はそれを信じただろう。
そんな笑顔を浮かべながら、その男は「興味深いです」とか「以前から気になっていました」などと言う。棒読みではないし、むしろ感情がこもっている。でも、いつもその調子なのだ。どんな話であっても、同じ調子でその男は応える。だから周りにいる人間は、彼の無関心を疑うことになった。相づちとはリズムなのだ。
あるとき僕は尋ねてみた。「いつも笑っておられますね。何か楽しいことでも?」
皮肉のつもりはなかったが、口調にはそれが混じっていたのかもしれない。それでも彼はいつものトーンで応えた。「ご興味がおありで?」
「興味というほどではありませんが、ちょっと気になって。心理学を専攻しているので」
「大学生さんでしたか」
「いえいえ、これでもれっきとした研究者ですよ。とは言え、教授の椅子ははるか遠方ですが」
僕は笑った。彼も笑った。いつものように。
「僕たちにとって好奇心はエンジンなんです。それがなくなったら止まってしまう、という意味で」
「なるほど」
彼は頷いた。そして同じトーンで言った。
「とはいえ、理由などないんです。あなたの好奇心は満たせそうにもありません。気がついたら、こうなっていたんです。笑みが顔に貼りついていたんです」
「じゃあ、意識してその表情を浮かべているわけではない?」
「私は、普通のつもりですよ。あなただって、ずっと表情を作り続けられるものではないでしょう」
それはそうだ。作り笑いは、普段そういう顔をしていないからこそ、作り笑いとなる。それが常態になってしまったら、それはもう作り笑いとは呼べない。
「でも、私は喜ばしく思っていますよ。こういう表情をするようになってから、生き心地がよくなりました」
「生き心地?」
「ええ。それまではね、ずっと居心地の悪さを感じていたんですよ。違和感といってもいい。自分が間違っているのか、それとも世界の方が間違っているのかはわかりませんが、どうしてもここにいるべきではない、という感覚が消えませんでした。それがね、少しずつ無くなっていったんですよ」
男は続けた。
「面白いことに、この笑顔は人を遠ざけるんです。最初のうちは違いますよ。むしろ無害な人間だと思われて、近づいてくる人がたくさんいます。簡単にコントロールできると思うんでしょうね。反吐が出そうになります。でも、時間が経つと皆一様に距離を置くようになるんです。不気味なんでしょうね、きっと。そうやって人が距離を置くたびに、私の生き心地の悪さが消えていくことに気づいたんです」
男は僕の方を一度だけ見た。
「それはね、人を殺すことなんですよ──いえいえ、そんな物騒な話ではありませんよ。距離を近づけてきた人がね、ふと、距離を置く瞬間に、私は感じるんですよ。ああ、この人を殺したな、と」
「飛躍が過ぎませんか」
「そうかもしれません。でも、私はこう思うんです。彼らが距離を置いた瞬間、彼らにとって私はどうでもいい存在になった。つまり、彼らから見て私が死んだわけです。それと同時に、私にとっても彼らは無用となりました。そんな風に離れていく人間に興味などありません。つまり、私にとっても彼らは死んだことになるのです。この笑顔が、殺してしまったんです」
そういう男は、いつものように笑っていた。