初! 作者名非公開イベント2016秋
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白のメモリー
大沢愛
投稿時刻 : 2016.09.10 02:38
字数 : 1500
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白のメモリー
大沢愛


 はたきをふるたとたん、大袈裟じなくて目の前が突然真白になた。
 慌てて逃げ出す。三年七組教室の入口は右手にある。廊下に飛び出ると、そこは大掃除の最中の人混みだた。校内放送のイツアスモールワールドが流れている。きれいな空気と引き換えに喉のいがらぽさが押し寄せてきた。教室からは本郷貴志や小出洋平が我勝ちに転げ出てくる。
「結愛、何しやがる」
 貴志は咳き込みながら私を睨みつける。眼鏡が真白だ。笑える立場じないのに、思わず吹き出しそうになる。
「てめ、笑てんじよ」
 男の子に握りこぶしでこめかみをぐりぐりされる高三の女子てどうかと思うけれど、現実だ。粉ぽい手首を握て引き離そうとするけれど、貴志の力は無駄に強い。
「びくりしたな
 真横で洋平がタオルで身体をはたきながら呟く。怒りを含まない声に、思わず頭を下げて叫んだ。
「ごめん! 全部私が悪い」
「当たり前だボケ」
 アンタに謝てんじない、という声は力を増したぐりぐりに封じられた。教室からは白い煙が廊下へ流れ出ている。担任の藤川先生は掃除監督はしない。隣の三年六組の新埜先生が体操服に着替えて陣頭指揮するのとは好対照だた。新埜先生は窓の外に向かて黒板拭きをはたいた時にも「六組の教室に入て来る!」と血相を変えて怒鳴り込んできた。藤川先生がいないのを見て取ると、私たちを散々罵て出て行た。これはもしかするとそれどころじすまないかもしれない。
 次々に教室から出てきたのは男の子ばかりだた。物理理系のわが七組に女の子は二人しかいない。幸いにももう一人の矢波綾香は東階段の掃除に行ている。
「何が起こたんだ。一瞬だたけれど」

 みんな箒や雑巾を持て大掃除をしていたのだ。私は窓枠に跨たり床に這いつくばたりする役は免除されていた。
「やぱり女の子だて意識しちう?」
「誰がテメのパンツなんざ見たいかよ!」
 ちと傷ついた。
 掃除用具庫には埃だらけのモプしか残ていなかた。あと一つ、使われた形跡のないはたきがぶら下がていた。手に取る。窓枠や蛍光灯の上をはたけば少しは役に立てるかもしれない。教壇のところはまだ誰も掃いていなかた。私は駆け寄た。黒板の上にはジスパクや丸めたプリントが見える。振り上げたはたきを思い切り打ちおろした。

 そして冒頭の事態へと至る。

「黒板の上がここまで埃まみれだたとはな」
「たぶんチクの粉も堆積してたんだぜ」
 そうよ、感謝しなさいよ、と言たら殴られそうなので黙ていた。教室入口からはもわもわと白煙がたなびいている。たぶん机も床も粉だらけだ。また掃き直し、拭き直し、と考えると急に申し訳なくなてきた。なんでこんなにばかなんだろう。目尻の粉が目に染みたのか、じわと涙が出てきた。
 右手のはたきを、貴志が奪い取る。
「うおおおお
 叫びながら教室へ駆け込んだ。パタパタという音とともに白煙がいきなり濃くなる。ひとしきり続けたあと、白ぽい顔で駆け出してきた。その顔を見てみんな笑い出す。
「よし、俺も」
 洋平がはたきを受け取て煙の中へと駆け込む。咳き込みながら貴志は笑ていた。周りの男の子たちも手を叩いて爆笑している。白い洋平の次は別の子がはたきを手に突入した。新埜先生が何か怒鳴ている。私たちは笑い続けた。この夏が終わればもう受験しかない。埃くらい何だという気がした。髪を払うと白い粉が膝に散る。もうクリーニングに出さなきダメだな、と思う。濡れた雑巾で拭いた貴志の顔はまだらな笑顔だた。
 何人めかの男の子の手からはたきを受け取る。私は息を止めて真白な教室の中へと駆け込んだ。
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