てきすとぽい
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【BNSK】2016年11月品評会
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金色の波を渡る
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2016.11.20 22:41
字数 : 7168
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金色の波を渡る
大沢愛
目の前に拓斗のカ
ッ
ター
シ
ャ
ツがある。
むわ
っ
とする、汗のにおい。しばらく蒸れた末の、おえ
っ
、てなる感じ。
朝だよ、いま?
起き抜けにシ
ャ
ワー
くらい浴びて来い
っ
ての。
「どうせ朝練で汗まみれになるんだし」
私の額の真上から拓斗の声が降
っ
てくる。それはそうだけど。
電車の中で密着するとか、考えなか
っ
たのか。それとも私にどう思われようが気にならない
っ
てか。あ
っ
、もしかしてフ
ェ
ロモンが出ているとか思
っ
てないか。言
っ
とくけどな、それ
っ
て都市伝説だから。よー
っ
ぽどサカ
ッ
てる年増女とかじ
ゃ
ない限り関係ないから。
ふつふつとこみ上げる怒りが途切れた。
耳元で、西高の制服を着た女の子がスマー
トフ
ォ
ンに向か
っ
て叫んでいる。
「だから
ぁ
、ど
っ
かのバカが自殺しやが
っ
たんだよ、そう。無理。間に合わない。冨田に言
っ
といて。一限のリー
デ
ィ
ングと二限の数B受けられない。なんでよ? 事故でし
ょ
。仕方ないじ
ゃ
ん」
もうち
ょ
っ
とオブラー
トにくるめよ、と思う。
声がいちいち耳障りだ。腹筋のない人間が喉だけで喋るとこうなる。喋るたびにストラ
ッ
プのじ
ゃ
らじ
ゃ
らが私の耳朶に触れる。身体をずらすと、この女、こ
っ
ちに寄
っ
てきやがる。消臭ウオー
ター
でごまかしているけれど、雑にごまかした体臭が漏れてくる。顔をこ
っ
ちに向けるな。そのき
っ
たない前歯を見たくない。
「ただいま、人身事故のため停車しております」
何度目かの車内アナウンスが入る。当惑顔でマイクを握る、車掌のおじさんの顔が浮かぶようだ。
こういうときには電車から降りて次の駅まで歩き、代替輸送に乗る、なんてやり方もあるんだろう。
これが赤字ロー
カル線の単線でなければ。
一両編成で乗客満載の車両でなければ。
止ま
っ
ているのが無人駅と無人駅の中間でなければ。
線路がぎりぎりの道床の上に乗
っ
か
っ
ていて、切り立
っ
た路盤が用水路に向か
っ
て急傾斜していなければ。
ま
っ
たくもう、冗談みたいな状況だ、と思う。それにしてもよくわからない。
なんでこんなところで人身事故があるんだろう。
「知らねえよ。一夜原と汲田の間。踏切とか分かんねえから。警報機? 鳴
っ
てない。ドアも窓も開かねえんだよ。開いた
っ
て見に行ける状況じ
ゃ
ねー
っ
て」
女の子はネイルの指で鼻の頭を掻く。放置した金魚鉢みたいなデザインだ。もしその通りなら、意外に冷静に自分を見ているのかもしれない。
こんなところで人身事故
っ
て、や
っ
ぱり自殺だろうか。
いろいろあ
っ
て、今朝、不意に思い立
っ
て一夜原駅か汲田駅の最寄踏切から単線の線路をひたすら歩く。枕木を踏んで、砕石に足を取られて、九月の炎天下を。もしかすると遠い畦道から目撃されるかもしれない。汗び
っ
し
ょ
りの服が身体にまとわりつくかもしれない。それでも足を踏ん張
っ
て、目的地まで歩く。最後のときを迎えるにあた
っ
て汗まみれのくたくたの服でも構わないのだろうか。額を、首筋を、顎を、汗が伝う。あちこちに汗染みを作
っ
て、息を荒げ、それでもこの場所を目指して。眩暈のする身体を奮い立たせて、ひたすら線路を辿る。
そんなイメー
ジがく
っ
きりと浮かんでしまうのは、冷房の止ま
っ
たすし詰めの車内にいるせいだ。
今朝、いつも通りの電車に乗
っ
た。駅で拓斗とい
っ
し
ょ
にな
っ
た。公立小学校から公立中学まで同じコー
スを辿
っ
て、高校は県庁所在地にある別々の県立高校に進んだ。
つまりは、田舎だということだ。
基本的に私立の学校は、県立に入れなか
っ
た子が行く。都会だとむしろ逆みたいだけれど、うちの県ではそうだ。ついでに浪人した子については県立なら補習科というのがあ
っ
て、格安で一年間、面倒を見てくれる。ありがたいのか情けないのか分からない。私は東雲高校、拓斗は紫陵高校だ
っ
た。東大合格者は東雲のほうが多いけれど、地元国立大合格者は紫陵のほうが多い。そして地元では紫陵のほうが評価されている。
つまり、そういう田舎だ。
黄色い稲穂が窓の外に広が
っ
ている。先々週の台風で、ところどころ倒れているけれど、なんだか波打つ海面を静止させたみたいだ。思わず和みかけた私の心は、左隣のOL
っ
ぽい女性の肘に脇腹を一撃されて止ま
っ
た。白いブラウスに藍色のベスト。どこかの会社の制服だ。
会社の制服
っ
て、社屋とかカウンター
内にいるぶんには「そういうものか」
っ
て思うけれど、会社から一歩離れたら正直あり得ない。だ
っ
て高卒から五十くらいまで同じデザインのものを着ているんだよ? ぜ
っ
たいに似合うわけないもの。干上が
っ
たみたいな顔に唇だけ真
っ
赤に塗
っ
たアダルトなおばさま、なにその襟元のふわふわスカー
フ? いや、私だ
っ
てそんなもの着こなす自信ないよ。社内にはたぶん似合わない人とものすごく似合わない人がいるんだろうな。でも、会社で過ごしているうちに気にならなくなる。許される。そんなとんでもない格好でも平気でいられるようになる。これ
っ
てすごいことだと思う。もう、会社を離れち
ゃ
生きていけないよね。
アダルトさんはスマホの画面にタ
ッ
チしている。フリ
ッ
クじ
ゃ
なくてタ
ッ
チ。会社でLINEに入らされたけれど、プライベー
トでは「メー
ル」しか使わない、と公言している感じ。ガラケー
時代の片手打ちから離れられないみたいにぎこちない。結局、PSPとかDSみたいな携帯ゲー
ム機で育
っ
た、両手打ちが当たり前の世代かどうかで、スマホをすんなり受け容れられるかどうかが決まると思う。遅刻の理由をLINEしているんだろう。ところどころミスがあ
っ
たほうがむしろ信憑性を生むんじ
ゃ
ないかな。
パトカー
のサイレンは聞こえない。
確か鉄道事故でも警察の現場検証が必要なはずだ。なんとかしてこの現場まで来てくれないと、私たち、ここでず
っ
と立往生? いやち
ょ
っ
とマジで勘弁して。この暑い中で、どんどん体臭の濃くなる中で、ぎ
っ
ちぎちに混んだ車内で立
っ
たままでいるとか。東京なら満員電車は普通でし
ょ
。人身事故だ
っ
てほいほい発生しているんだから対応だ
っ
てスムー
ズでし
ょ
。こちとらド田舎で、満員電車耐性なんてゼロなんですけど。しかも、よ? 東京ならどんなにひどい目に遭
っ
ても、到着すればおし
ゃ
れな街並みにきれいなお店が並んでるじ
ゃ
ん。こちとら、終点は県庁所在地駅だよ? ク
ッ
ソださい「グリー
ン広場」の舗石タイルには県産品のイチゴが描いてあるの。バスター
ミナルには「田畑権十郎」の銅像が立
っ
ている。この県の農業指導者で、イチゴの特産品化に尽力した
っ
て。小学校の郷土学習で憶えさせられるの。そのイチゴのブランド名は「レ
ッ
ドブル」だよ。カフ
ェ
イン飲料か
っ
ての。お願い、誰か殺して。もうい
っ
そ開き直
っ
て「権ち
ゃ
んイチゴ」にでもして。ハズしまく
っ
ているのに気づいていないドヤ顔が切ない。しかもいまさら「ゆるキ
ャ
ラ」なんて作
っ
てるの。公募で選ばれたのは張りぼての似合う雑なフ
ォ
ルムのイチゴで、名前は「い
っ
ちー
」。ゆるキ
ャ
ラ
っ
て、ゆるい頭で考える
っ
て意味じ
ゃ
ないと思うけれど。
「いやもう、暑いよなー
」
拓斗がシ
ャ
ツのボタンを外す。
三つめだ。
密着している私の頭を手首が掻き回す。シ
ャ
ツの裾はズボンに入