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朝の情景コンペ
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〔 作品9 〕
縁側にて月を喫す
(
太友 豪
)
投稿時刻 : 2013.05.16 23:52
字数 : 1205
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縁側にて月を喫す
太友 豪
NHKの紅白歌合戦を見ながらそばをすす
っ
て、テレビを消して。
まんじりともせず夜明けを迎えるのが習い性にな
っ
てしま
っ
た。
新しい年の最初の青空は、晴れ渡
っ
ているのに妙にしらけて見える。
眼球に海水をすり込まれたようにしくしくと痛む。
祖母が庭に植えたという八重桜の枝振りの向こうに白い月が浮かんでいる。月の大きさが変わ
っ
て見えるのは人間の目が焦点を合わせる時に起こる錯覚によるものだということだが、元旦の空の白い月はまるで瞬きしたら消えてしまうそうだ。あの月は、何かの拍子に窓ガラスに張り付いた桜の花びらのようだ。
縁側に腰掛け、駅前のアー
ケー
ドの酒屋で求めた酒を呑む。毎年のように、年の瀬になると売られる無濾過生原酒というものなのだが、毎年毎年味が変わ
っ
て大変におもしろい。もしかしたら酒を飲む俺の舌の方が変わ
っ
ているだけなのかもしれないが、それはそれでおもしろい。
淡い月は、節くれ立
っ
てやせた老婆の指を思わせる桜の枝に引
っ
かかるようにして浮かんでいる。
手の中でぐい呑みを揺らせば、酒の上に月が踊る。
「なかなか風流だね」
寝床から抜け出してきた妻が縁側に座る。頭にかぶ
っ
たニ
ッ
ト帽は今日は赤色だ。新年と言うことでおめでたい色を選んできたのだろうか。
「あけましておめでとうございます」
新年の挨拶を交わし合う。妻は酒が飲めない。深緑のぐい飲みと茶色の酒瓶をかたそうとする俺の袖を妻が引く。
「お正月くらいゆ
っ
くり呑みなよ
――
わたしは酔仁見物するから」
妻は小脇に抱えていた座布団を縁側に放り投げると、それを枕代わりにして身体を横たえた。入滅する佛陀のようで、俺は思わずぞ
っ
とする。
「来年もこんなふうに、過ごせたらいいね
ぇ
」
あくびを隠そうともせず、独り言のように妻はいう。俺は何も言葉を返すことができない。ときどき、妻に何を言えばよいのかわからなくな
っ
て、黙り込むことしかできなくな
っ
てしまう。まだ俺たちが十代だ
っ
た頃、貧乏人ばかりのあつま
っ
た食事処で打ち明け話をするのに、生焼けのホ
ッ
トケー
キを二皿も食べてしま
っ
たときからすこしも進歩していない。
俺に限
っ
ていえば、かえ
っ
て子供のようにな
っ
てしま
っ
た。生き物に限られた命があるということがあきらめきれない。
未練たらしくぐい呑みをあおる。芳醇でありながらも名残惜しいほどに消えてしまう滴が、身体の中を流れていくのを感じる。ぐい呑みの底に残
っ
た酒がほんのわずかな間に、朝の月光によ
っ
て磨かれたようだ。
もう一度空を見上げる。
遠くの方に飛んでいくのはカラスだろうか。まぶたをしばたたかせているうちに見えなくな
っ
てしま
っ
た。
妻はいつの間にか寝てしま
っ
たようだ。まだ冬だというのに縁側などでで寝ていたら身体に障る。寝ている妻をそ
っ
と抱き上げると、昔よりもず
っ
と軽か
っ
た。
庭の八重桜は、ソメイヨシノと比べると開花が遅い。
祖母の代から我が家を見守
っ
てきたはずの桜の精は、間に合
っ
てくれるだろうか。
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