キムワイフ ゜
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そして散る紙、それは少し高い。
(茶屋)
投稿時刻 : 2017.05.01 20:47
字数 : 2006
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そして散る紙、それは少し高い。
茶屋


 舞っている。
 純白で方形のそれは風と戯れているかのようにひらりひらりと踊っている。
 不思議ではあった。
「美しいな」
 横にいた弟が目を輝かせながら感嘆を漏らす。
 母は違う。そのせいか、顔立ちも才覚も違う。まるで似ていない兄弟だ。
 草壁はそんな弟の言葉に改めて風に舞うそれを見直したが、それが美しいとは思えなかった。
 確かに不可思議ではある。だが、美しくはない。
 やはり違う。
 そう改めて思うのだ。
 この弟をいつか殺すことになるやもしれぬ、そんな予感が草壁の胸中によぎった。
 何故だかはわからない。しかし、その予感は強烈なものだった。

「助手くん、ついに完成したぞ。タイムマシーンだ」
「博士、助手ではありません。助教です。それに職位でくんづけで呼ぶのは適当とは思えません」
「何だね、君だって私の事を博士と呼んでいるだろうに。院生やポスドクはみな先生と私の事を呼んでいる。君だけだぞ」
 いつもと違う博士の鋭さに一瞬たじろぐ。普段ならばこんな指摘はうやむやにして流すのが博士流だ。油断していたのかもしれない。
「そんなことよりタイムマシーンだ」
「はあ、タイムマシーンですか」
「そう、タイムマシーンだ」
 博士がそう誇らしげに指している先にあるのは、ぱっと見電子レンジだ。しかし博士が言うからには間違いないだろう。
「まさしくタイムマシーンだ」
 満足気である。
 博士は天才だ。天才ゆえに突拍子もなく、天才ゆえに奇天烈だ。しかし、天才ゆえに正しい。
 だから、目の前にあるのはタイムマシーンなのだ。たとえ電子レンジに見えたとしても。
「早速試そうではないか」
 扉が開かれると中には耐熱皿っぽいターンテーブルが置かれている。
「もしかして、回ります? それ」
「無論回る」
 それに何の意味があるかは今回は問わない。少なくともタイムマシーンは専門外だ。
 博士の研究室は本来バイオミメティクスを専門と掲げていて学生やポスドク、そして私の専門もそれに準ずるものであるのだが、博士はとうの昔に飽きてしまっている。そして今、タイムマシーンを作った。事務仕事やら補助金申請やらの実務をやっているのは無論私である。
 溜息が出る。
 博士は目を輝かせながら、何をいつの時代に送ろうか考えているようだ。
 やはり違う。
 そう改めて思うのだ。
 この博士をいつか殺すことになるやもしれぬ、そんな殺意は日に一度は訪れる。
「それでいいんじゃないですか?」
 若干投げやりに私が指さしたのは
 
 ◆ケバ立ちや紙粉が少なく、拭き取り後も繊維が目立たない
 ◆水分や油分をすばやく吸収
 ◆独自のクレープ加工により高い拭き取り性を実現
 ◆蛍光染料不使用なので安心
 ◆その他3サイズのラインアップ

 なあれである。
 博士はすこし考える様子だったが、やがて大きくうなずいた。
「いいな。なんか理系っぽいし、その、かっこつけていない感じが気に入った」
 そういいながらもKimwipes®を電子レンジの中に突っ込むとダイヤルをひねってスイッチを入れる。
 独特のウィーンという音とともにワイプはダンスを踊り始めた。

「まことか……」
 近習の報告は途中から耳に入っていなかった。
 浄大参の密告により大津宮の謀叛が露見、捕縛されたという。
 大津が捕縛されたという事実よりも、それが密告によるものということに頭が行く。
 己が殺すはずであった。
 このままでは殺せない。
 嫉妬にも似た浄大参への怒り。
 そんなことを考えるべきではないことはわかっていても思考は常にそれに辿り着く。
 あの時、あの景色の中で大津の顔を見たときから、弟を殺すという予感は付きまとって離れず、どこか定めのようにすら感じていたのだ。
 一人の女をめぐって争ったときもあったが、仲の悪い兄弟というわけでもなかった。
 ともに競い、ともに笑うこともあった。
 だが、その予感だけは忘れることはできなかったのだ。
 しかし、もう殺せない。
 この手で殺すことはできない。
 それが何より悲しかった。
 瞼を閉じると浮かぶのはあの景色だ。
 キムワイプ。
 何故そんな言葉が浮かんだのか、草壁にはわかりようがなかった。

「で、いつの時代に送ったんですか?」
 博士はハッとした様子で電子レンジのダイヤルに目を凝らす。
「平安……いや、奈良時代くらいかな?」
「で、どうやってうまくいったか確かめるんですか?」
「なんで確かめる必要がある?」
 博士はもうすでにタイムマシーンには飽き始めている様子である。
 いつもこうだ。できてしまったものに、あまりこだわりを持たない。そのせいでエビデンスも中途半端にしか揃えない。
 きっと、博士は歴史に名を残せないだろう。
 そして多分、送り出したキムワイプは歴史を変えたりはしないだろう。
 そんなものなのだ。
 もしかしたら誰かの人生を狂わせるぐらいのことはしたかもしれないが。
 私の人生のように。
 この時の私はまだ知らない。
 過去に送り出したちっぽけでどこの研究室にでもある紙のせいで大津教授と私・草壁がとんでもない事件に巻き込まれるのはそれから間もなくであることを。
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