第38回 てきすとぽい杯
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妻と僕と出刃包丁
投稿時刻 : 2017.04.16 00:04
字数 : 1033
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妻と僕と出刃包丁
ぴりからっと


「おにいちん、すき」

 そんな言葉を、鬼のいぬ間に聞いたのは、いつだろう。鬼とはもちろん、妻のことである。

 僕は間違いなく妻を愛してる。間違いない。

 だけど、サイズのあていない、肩ひもが落ちて、もう何もかも見えている彼女の口から、そんなことを言われたら、どんな男でもぐらつくというものだろう。

 何、このエロゲ展開。

 僕は、自分の運命を呪た。

 妻はもちろん魅力的だ。胸こそないものの、まるでモデルかと思うほどの背丈で、どんなジンルの服も着こなしてみせるのだ。

 僕と妻は、いわゆる『大恋愛』のもとに結ばれた。それは、今も忘れてはいない。

 そこに、幼いころの妻を思わせる風貌の彼女に、甘く肩に身を寄せてきて、うるんだ瞳で見つめられれば、もはや男してやることはひとつである。

 触れ合う肌。

近づく唇。

僕らを遮るものはなにもない——

「で?」

 なんとも端正な笑顔を顔に張り付けた妻が、仁王立ちで僕の前に立ている。手には出刃包丁を持て、今、まさに、僕のナニを切り落とさんとす。

「ちと、まて! 言い訳を聞いて!」

「あ、そう。どうぞ」

 笑顔を崩さずに、妻が出刃包丁を振り回す。

「確かに、そんな空気にはなた! だけど、手は出してない! これは本当だ!」

 本当である。

 近づく唇。

 熱い吐息が互いの頬にかかるくらいに接近したのは事実だ。だけど、すんでのところで、妻の笑顔を思い出したのだ。

 殺される。

 確かな恐怖とともに、僕は妹さんの身体を引き離したのだ。だが——

「ふうん。でも、あの子は、愛し合て頬を染めていてたけど」

「冤罪だ! 事実無根だ!」

 妻の出刃包丁が僕の首筋を撫でる。

「本当のこと、言て?」

「僕は、君を愛してる! それは紛れもない事実だ!」

「そう。じ、愛してる女に殺されても、あんたは文句はないわけだ」

「え!?」

「ふふふ。うれしい。これで、私たち、永遠になれるのね」

「ち、ちと待た!」

 だけど、妻は待たない。

 僕の首筋に立てた出刃包丁が、ひんと音を立てて、突き刺さる。
「ああ。あんたの血を浴びられるなんて、幸せ」

 そういて、妻は、顔にかかた僕の血を指で救い上げて、舌で丹念に舐め上げる。

 僕は声も上げられず、動くこともできないで、ただ妻の恍惚な表情を見つめるしかなかた。

 諸君。

 姉妹丼とか、わくわくしてるかもしれないけど、決してそんないいものではない。

 人間、一途であるべきだ。

 そう思たけれど、僕の意識はブラク・アウトし、そのあとのことは知らない。

 願わくは、妻の一途さを信じるのみだ。
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